第4話
私とママはアパートを引き払い、ルカたちの家に引っ越すことになった。
手狭なアパートとは違う洋風な外観のおしゃれな家に、沈みがちだった私の気分は少々上がった。
ルカは2階の一部屋を私のために空けてくれていて、そこに白を基調とした家具、ダブルベッドや大きな本棚が用意してくれていた。
「ひめ花さん、気に入ってくれましたか?」
「うん、とっても!ルカさん、ありがとうございます。」
ルカは人差し指を立て、私の顔の前で横に振った。
「ひめ花さん、僕たちはもう家族です。遠慮なくお話ししましょう。」
「それじゃあ…ルカさん、ありがとう。」
「“さん”もいりませんよ。」
「ええっと、じゃあ何て呼べば?」
「本当はパパと呼んで欲しいところですが…」
正直、それは無理な話だった。
「ルカと呼んでください。僕たちは友達から始めましょう。」
そう言って手を差し出してきた。
私はその手を握り返して言った。
「ルカ、ありがとう。ママの事、これからよろしくね。私の事もひめって呼んでくれる?仲のいい人たちはみんなそう呼ぶから。」
「オッケー、ひめ。こちらこそよろしくお願いします。」
まあ確かに、新しい友人だと思えば多少気は楽になった。
「気に入ってくれてよかった。家具は全部レオが選んだんです。」
「えっ、レオさんが?」
「“さん”はいらないですよ、家族ですから。」
「…レオが?忙しいんじゃないの?」
「家族のために時間を使うのは当たり前の事です。レオも妹が出来ると喜んでいました。」
初対面の様子から推察するに、とても喜んでいるとは思えなかったけど。
「レオっていくつ?」
「今年で22歳になります。」
「22歳?あの迫力で?」
ほんのわずかしか年が離れていないことに私は驚きを隠せなかった。
「レオはシャイですから。慣れるまで少し時間がかかるかもしれませんが、きっと仲良くなれますよ。」
「そうかなあ。」
「そうですよ。さあ、荷物を片付けましょう。手伝いますか?」
「大丈夫、大丈夫。ルカはママを手伝ってあげて。」
「そうですか?では何かあったら遠慮なく呼んでください。」
そう言って、ルカは階下に降りて行った。
一人になった私は、部屋をぐるりと見渡す。
レオが私のために選んでくれたと思うと、嬉しくもあり気恥ずかしくもあった。
なんだかんだ言っても優しい人なのかな。
仲良くなれることを願いながら、私は荷物の整理を始めた。
気が付くと窓の外は日が沈みかけ、部屋はうす暗くなっていた。
コンコンコン、ドアをノックする音が聞こえる。
「はあい、どうぞ。」
ママかルカだと思いドアを開けると、そこにいたのはレオだった。
「ようこそ、俺のアンジェロ。」
何だかご機嫌の様子で、私に微笑む。
それは初めて会った時の営業スマイルとは違っていた。
「アンジェ…なんですか?」
「敬語は良いよ。もう家族なんだし。」
そう言うとレオはスタスタと部屋に入ってきた。
一瞬にして部屋が撮影スタジオになったかのようだ。
レオを見ていると、私は自分が場違いのように思えて仕方がない。
「部屋は気に入った?」
「ありがとう。これみんなレオが選んでくれたって聞いて。」
「俺のひめ花のためならこれくらいなんてことないよ。」
「俺のって…どういう事?」
レオは相変わらずのご機嫌モードで、ベッドに腰かけ話をする。
「ひめ花がものすごく気に入ってるって事。」
「はい?」
「ねえ、ひめ花って彼氏とかいる?」
「えっ、いきなり何?」
思いがけない質問に、私は動揺を隠せなかった。
「いるの?いないの?」
「そんなのまだいないけど。」
「それは何より。」
レオは嬉しそうにそう言うと立ち上がり、私に近づいてくる。
「ひめ花は俺のことどう思う?」
「どうって言われても…私とは違う世界の人としか思えないけど。」
実際、ショーや雑誌のモデルをしているのを見たせいか、同じ空間にいるのが信じられなかった。
「そう言わないで。これからは一緒に住むんだし、仲良くしよう。」
「本当?私も仲良くしたいって思ってたの。」
「じゃあ、握手。」
レオが手を差し出したので、私はそれをつかもうとする。
手が触れた瞬間私は引っ張られ、レオの腕の中にすっぽりと納まってしまった。
「ふふっ、やっぱりひめ花は小さいな。周りの女たちとは違って。」
187cmのレオと比べたら、153cmの私など小人扱いだった。
「レオ?ちょっと、何するの!」
「親愛の証だよ。」
離れようと必死でもがくが、長い腕に包まれて身動きが取れなかった。
「くっつきすぎだってば!離してっ!」
「アンジェロというよりはガッティーナだな、ひめ花は。」
レオはそう言って、私を開放する。
私は心臓がドキドキしていたし、顔は真っ赤になっていたに違いない。
「意味の分かんない事ばっかり言わないで。」
「男に免疫ないんだな。このくらいで怒るなよ、ガッティーナ。」
「さっきからそれいったいどういう意味なの?」
「知りたい?まあ、続きはまた今度って事で。」
そう言うとレオはドアに向かって歩き出す。
「2階は俺たちの部屋だけだし、どうしても知りたくなったら、俺の部屋のドアは鍵がかかってないからいつでもどうぞ。」
にっこり笑顔を残して、私の部屋からいなくなった。
あんなきらびやかな顔とこれから生活していくのかと思うと、何だか先が思いやられた。
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