第3話

 うちはステップファミリーというやつ。

 パパは私が小さい時に亡くなっていて、長い間ママと二人きりだった。

 ママがシングルマザーでなくなったのは、ほんの半年前の事だった。

 大学生活にも慣れてきたある日、家で趣味の読書をしていると、ママが珍しく改まった様子で私に話しかけてきた。

「ひめちゃん、ちょっと時間ある?」

「うん、どうかした?」

 とても嬉しそうにママが話しはじめる。

「実はママ、今お付き合いしてる人がいるの。」

「ふうん、今度はいつまで続きそうなの?」

 ママは童顔で可愛らしく、よく彼氏が出来てはいたがあんまり長続きせずに別れていた。

 何かにつけパパと比べてしまい、上手くいかなくなるらしい。

 結局死んだ人には勝てないってことなのかな、といつも思ったものだ。

「違うの!今度は運命の出会いなの。」

「そうなの?」

「パパと出会った時みたいに、目と目が合った瞬間、頭の上で鐘が鳴り響いたの。」

 うっとりと話しをするママを見て、私は苦笑するしかなかった。

「わかったってば。」

「それで、ひめちゃんにも会って欲しいんだけど。」

 ママがそんなことを言うのは初めてだった。

「私が?なんで。」

「実は…プロポーズされたの。だからぜひ、ひめちゃんにも会いたいって。」

「ええっ!もうそんなに話が進んでるの?」

「お願い、少しでいいから。」

 手を合わせ上目遣いで小首をかしげ、甘えるように言う。

 私がママを無下にできないことは承知の上でお願いしていることは分かっていた。

「ひめちゃんが嫌ならちゃんとお断りするから。1回だけ、ねっ。」

 こうなると、嫌ということなどできない。

「…もう、仕方ないな。1回だけだからね。」

「ありがとう。じゃあ、早速連絡しなくっちゃ。」

 ママはご機嫌で、背中に羽でも生えたかのように軽やかな足取りで電話をかけに行ってしまった。

 一人になった私は、自分の進路を後悔してため息が出た。

 奨学金で通っているとはいえ、大学生は親のすねかじりには違いない。

 今就職していれば、自分で働いたお金で一人暮らしだってできたはず。

 ママが好きな人と一緒になるのに私が反対する筋合いはないし、ママには幸せになる権利がある。

 今まで一人でずっと私のために頑張って来てくれたのだから。

 でも、ママの彼氏に気兼ねしながら一緒に暮らすのは正直ごめんだった。

 今更新しいパパなんていらないんだけどな。

 面倒くさい家族ゲームに今更巻き込まれるのはごめんこうむりたいところだった。


 顔合わせはすぐにセッティングされた。

 待ち合わせの喫茶店で私は少し緊張しながら、ママはとても嬉しそうに彼氏の登場を待っていた。

「ねえ、どんな人なの?」

「すぐに分かるわよ。」

 ママはいたずらっ子のように笑って教えてくれなかった。

 注文したミルクティーが目の前に置かれるより早く背後から声がかかる。

「さくら。」

 ママが振り向いて小さく手を振る。

「ルカ。」

 グラスの水を吹き出しそうになる。

 ルカ?何?何人?

 思わず振り向くと、180cmはあろうかというスーツの男性がこちらに向かってにこやかに手を振っていた。

 雑誌から出てきたかのようなスラッとしたハンサムで、金色の髪を後ろで無造作にくくっている。

 そうだった…ママは面食いだったことを思い出す。

 驚きを隠せないでいる私の向かいに座ると、にっこりと微笑んだ。

「初めまして、ひめ花さんですね。ごきげんはいかがですか。」

「…初めまして。ルカさん?母とお付き合いしてる?」

「そうです、お付き合いしています。45歳です。どうぞよろしくお願いします。」

 私のミルクティーが運ばれてきたのを見て、ルカもエスプレッソを注文した。

「ええと、それで、どちらの国の方ですか?」

 名前にしたって、風貌にしたって、話し方にしたって、どう見ても日本人には見えない。

「僕はイタリアから来ました。20年になります。もう日本人みたいなものですね。」

 ルカはよく響くいい声をしていた。

「そうですか。あの、母にプロポーズしたって聞いたんですけど…」

「そうです。わたし、さくらさんにプロポ―ズしました。こんな気持ちになるのは初めてです。」

 ややオーバーリアクションでルカが言う。

 ママは隣で私とルカが話すのを楽しそうに聞いていた。

 パパとルカとは外見も中身もまるでかけ離れていて、比較など到底できはしなかった。

 物静かで優しかった思い出の中のパパとは対照的に、ルカは陽気な太陽のような人だというのが第一印象だった。

 それにしても、この人が新しい父親になるの? 無理があるなあ。

 私がそんな事を考えていると、まるで心の中を呼んだように急にルカは悲しそうな顔をする。

「でも何度プロポーズしても、さくらさんいい返事をくれないです。ひめ花さんが“イエス”と言わないとダメだと言います。」

 私をじっと見つめてルカが話しを続ける。

「ひめ花さん、僕は“イエス”ですか“ノー”ですか?」

 そんな、今初めて会ったばかりでいきなり“イエス”も“ノー”もないのだけれど。

 私はルカの真剣な眼差しに圧倒されていた。

「…ルカさん、お仕事は何を?」

「お仕事ですか?僕はモデル事務所の社長とモデルをしています。」

 そう言って名刺を差し出した。

 言われてみれば、確かにぴったりの職業だと思う。

 受け取って見ると、そこには確かに代表と書かれていた。

「母の事好きなんですか?」

「もちろん、心から愛しています。僕の人生の最後の女性です。」

「母のどこが?」

「全てです。さくらさんはパーフェクトです。」

 ルカの賛辞をママが恥ずかしそうに聞いているのを横目に私は話を続けた。

「こんなに大きな子供がもれなくついてきますよ。」

「ノープロブレムです。ひめ花さんはキュートだし家族が増えるのは大歓迎ですよ。」

「私、学費とか結構お金かかりますよ。」

「それなら、なおさら僕はそばでさくらさんを支えたいです。」

 ルカは私の不躾な質問に嫌な顔をすることなく笑顔で受け答えている。

 ものすごくいい人なのか、詐欺師なのか、迷うところだった。


 ミルクティーを飲みながら思いを巡らせていると、カランとドアのあく音がした。

「父さん。」

「レオナルド、こっちだよ。」

 ルカが手招きした男性を見て、ドキッとする。

 そこにいたのはルカより身長がさらに高く、立ち姿が綺麗な男の人だった。

 こちらに歩いてくる姿に、思わず見とれている自分に気付く。

 ルカが席を詰めたので、レオナルドと呼ばれた男性は私の正面に座る形になった。

 店員を呼び、カプチーノを注文すると、眼鏡をはずし無造作に色素の薄い髪をかき上げた。

 小さくて綺麗な顔がとても近距離で、迫力がすごい。

「それで、どっちが父さんの?」

「こちらです。さくらさんといいます。」

 ルカがママを紹介すると、レオは愛想よく手を差し出した。

「初めまして。レオナルドです。レオと呼んでください。」

「初めまして。嬉しいわ、こんなにカッコイイ息子が出来るなんて。」

 手を握り返しながら、ママは上機嫌だった。

「ちょっ、ちょっと待って。息子って?」

 レオは手を放しながら怪訝そうに私の方を向く。

「俺はルカの息子ってこと。そういう君は?」

「私はママの娘ですけど。」

「ふーん。さくらさん、こんな大きな子供がいるようには見えないな。君、名前は?いくつ?」

 レオは私を目踏みするように見つめた。

「…ひめ花です。19歳ですけど。」

「ひめ花ね、19歳なら俺がお兄ちゃんってことだな。これからよろしく。」

 明らかな営業スマイルで私に手を差し出そうとするレオを、私はけん制した。

「私はまだこの結婚に賛成してませんから。」

「へえ、なんで?」

 タイミングよく運ばれてきたカプチーノに口をつけながら面白そうにレオが聞く。

「なんでって、よく知りもしない人といきなり家族になんてなれないわ。」

「そんなの、お互いの事はこれから知っていけばいいんじゃない?大切なのは本人たちの気持ちだろ。」

「そもそもあなたは賛成なんですか?」

「もちろん。責任あるいい大人が決めたことに反対なんかしないよ。父さんもいつまでも一人じゃ寂しいだろうしね。」

 真正面で話すレオの瞳はエメラルドの様だ。

 光の加減で微妙に変化するグリーンの瞳に引き込まれそうになる。

「君だって、いつかは結婚してさくらさんのそばから離れてしまうだろ。そんな時に一緒にいてくれる人がいたら安心して羽ばたいていけると思うけど?」

 レオのいう事はいちいち正論で、私は言い返すことが出来なかった。

「それに君みたいなかわいい家族が出来るのなら、なおの事反対する理由がないね。」

 そう言ってレオは極上の笑みを私に向ける。

 私は、メデューサに石にされてしまったかのように固まってしまった。

「まあ、そういう訳で俺は大賛成だから。あとはそっちで調整してよ。」

 そう言ってカプチーノを飲み終わると、レオは席を立った。

「ちょっと、まだ話は終わってない…」

「これから仕事なんだ。」

「仕事って…」

「俺もモデルなの。見た事ない?」

 そう言うと立ち上がり、ターンする。

 バックにキラキラと光がこぼれ落ちたような錯覚を覚えた。

「話す機会はこれからたくさんありそうだし、またな。色々決まったら連絡ちょうだい。」

 レオは眼鏡をかけなおすと立ち上がり、風のように私の横を通り過ぎて行った。

 残された私を期待に満ちた眼差しで二人が見つめる。

“ノー”という選択肢が無くなったことは一目瞭然だった。

 こうして私には新しい家族が増えることになった。

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