第5話

 その後、私がレオの部屋に行くことはなかったが、レオはちょくちょく私の部屋に顔を出した。

 警戒していた私は不用意に近づかないようにしていたけど。

 そんな私を面白そうに眺めながら、レオはいつもご機嫌だった。

 綺麗なものも毎日のように見ていると慣れてくるもので、私はいつしか以前ほど緊張しなくなっていた。

「いつも楽しそうでいいわね。」

 皮肉交じりに私が言う。

「俺?そんなことないよ。そう見えるとしたら、ここにはかわいいひめ花がいるからさ。」

 こんな調子にも、もはや返答に困ることはなくなっていた。

「レオは誰にでもそんなこと言ってるんでしょ。」

「俺はそんな軽薄な男じゃないよ、ガッティーナ。」

 少なくとも私には充分女たらしに見える。

「だから、それ何なの?イタリア語でしょ。意味、教えてよ。」

「知りたければ俺の部屋においでって。何、俺の事嫌い?」

「嫌いではないけど…いい、自分で調べるから。」

 自分のテリトリー外でレオと二人になるのは、少々気が乗らなかった。

「どうせ調べるんなら、俺の名前の由来とか調べてみてよ。」

「えっ、なんで?」

「俺の事、気にならない?」

 はっきり言って全く気にならなかったが、ついでだと思いスマホで“レオナルド”と検索する。

「勇猛果敢なライオン…」

「どう?俺にぴったりだと思わない?」

 レオはいつの間にか私の隣に立っている。

 座っていると、見上げる首が辛かった。

「ひめ花は姫だから、俺はそれを守るライオンってところだな。」

 レオが嬉しそうに言う。

「私を守る?」

「そう、どんな事からも守ってみせるよ、ガッティーナ。」

 レオは私をひょいと持ち上げ、お姫様抱っこをした。

 あまりの高さに思わず私はしがみつく。

「きゃっ!」

「ひめ花、軽いな。もっと食べないと大きくなれないぞ。」

「もう大きくなんてなれないから!高いのは苦手なの、降ろして、早く!!」

 本気で怖がっている私を見ても、レオはすぐには降ろしてくれない。

「俺の事、信用してくれない?絶対落とすわけないでしょ。」

「怖いものは怖いの!いいから降ろしてってば、ねえ、お願い。」

「お願いされたら仕方がないな。じゃあ、怖くなくなるおまじない。」

 そう言うとレオは、私の額にキスをした。

 一瞬何が起こったのかわからない。

 ゆっくり顔をあげるとそこにはレオのグリーンの瞳が輝いていた。

「ほら、もう怖くないだろう。」

 レオは微笑みながらそう言うと、私をそっと椅子に戻し時計を見る。

「おっと、そろそろ出かける時間だ。ひめ花といるとあっという間だな。」

 私の頭をクシャクシャと撫でると、レオは部屋を出て行った。

 一人残された私は、自分の額をさわる。

 さっきレオがここにキスをした。

 思い返すと恥ずかしくなって、顔が赤くなる。

 レオにとって額のキスなんてきっと挨拶代わりじゃない。

 そう言い聞かせるが、私にとっては特別な事に変わりなかった。

 頭の中の情報処理がなかなか追い付かない。

 しばらくして何とか落ち着いたところで、そういえばと思い出す。

 スマホを手に取り“ガッティーナ”と検索してみる。

「…子猫ちゃん。」

 誰がレオの子猫ちゃんだっていうのだろうか?

 レオの相手をしているといつも、何だかぐったりと身体の力が抜けていく。

 こんなの調べなければよかったと、私は後悔した。


 レオは日を追うにつれ、ますます私に甘くなっていった。

 時間が合えば、私と一緒に居たがったし、何か欲しいと口を滑らせると次の週末までにはそれが家に届いているという具合だった。

 こんなにされたら困ると散々言っているのに、レオは一向にお構いなしだった。

「俺はひめ花のライオンだからな。何でもしてやりたいんだ。」

 レオは二言目にはこのセリフを言った。

 一緒にいると皆が振り返るようなレオからのお姫様扱いは悪い気はしなかったが、いかんせん度を過ぎている。

 ハグしたり、額や頬に軽くキスをしたりするのはもはや日常茶飯事になっていた。

 ママとルカは私たちが仲良くやっているように見えるらしく、安心しているようだった。

 そんな訳で、私は大学生活が息抜きの場所になりつつあった。

 今日も時間がある時から送ると言ってきかないレオを振り切って、何とか一人で来ていた。

 授業が終わり机に突っ伏していると、肩を叩かれる。

 振り向くと、さあやがいた。

「ひめ、なんかお疲れじゃない?」

「わかる?最近レオに付きまとわれて気が抜けないの。」

「なんてぜいたくな悩み。悩みじゃなくて嫌味とか?」

「冗談はやめてよ!本当に困ってるんだから。」

「レオ様なら私も付きまとわれてに見たいものだわ。」

「喜んで進呈するわ。」

 そう言うと、私たちは声を上げて笑いあった。

「それより、明日の事忘れてないでしょうね?」

「もちろん。忘れるわけないじゃない、私の誕生日なんだから。」

「そうそう。皆で盛大に祝ってあげるわよ。」

「すっごく楽しみにしてる。」

「明日、レオ様は大丈夫なの?」

「レオは明日、仕事のはずだから大丈夫。」

「オッケー、じゃあ明日ね。」

 さあやは手を振り教室から出て行った。


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