第6話
誕生日当日は清々しい天気だった。
ママとルカには出かけることを伝えていたが、レオには秘密にしておいた。
飲みに出かけるなんて言ったら、どんな行動に出るかわかったものじゃないから。
お昼にさあやと待ち合わせだったので準備を始めようとしていたら、部屋をノックされる。
ノックの癖で、開ける前からレオであることは分かっていた。
「おはよう、レオ。」
「おはよう、ひめ花。」
レオは深紅の薔薇の花束を私に差し出した。
「うわあ、綺麗。それにすごくいい香り。」
「ひめ花の方が綺麗だよ。二十歳の誕生日おめでとう。」
そう言って私をハグし、頬にキスをする。
以前より免疫がついたようで、動揺を顔に出すようなことはしなかった。
「俺が一番に祝福したかったんだ。」
「ありがと。レオは仕事でしょう?」
さりげなく確認する。
「そう、一緒にいられないけど寂しくない?」
「全然大丈夫。お仕事頑張って。」
あっさりとした私の言葉に、レオは少し拗ねた顔をした。
「全然って。何か俺に冷たいな、ガッディーナ。」
「それ、やめてくれない?私は子猫ちゃんじゃありません。」
「どう見たって子猫ちゃんだろ…やっぱり仕事パスして一緒にいようかな。」
私は内心すごく慌てた。
そんなことになったら今日一日が台無しになってしまう。
「お仕事さぼっちゃダメ。モデルしてるレオ、かっこよくて好きだなあ。」
「本当?」
「ほんとよ。だから、頑張ってお仕事してきて。」
「じゃあさ、スタジオに一緒に行かない?」
出かけることを言ってないので、私は何とかこの場をしのごうと必死だった。
「うん、今度ね。今日いきなりは色々ご迷惑だから、ちゃんと許可取ってきて。」
「わかった、今日の所は一人で頑張ってくるからご褒美が欲しいな。」
「何?」
「ひめ花からここにキスしてくれない?」
レオは頬を指さし、私の顔に近づけた。
今までされることはあってもする事は無かったので、内心ドキドキするが何でもない風を装う。
私はレオの整った顔に近づくと、頬にそっとキスをした。
すっかり機嫌が直ったレオはいつもの笑顔に戻る。
「俺がプレゼントもらったみたいだな。じゃあ、行ってきます。」
レオは鼻歌交じりで部屋を後にした。
私は胸に抱えた薔薇を机に置き、椅子に座った。
何気なく数を数えてみると、薔薇は24本あった。
二十歳なのに24本?
…あのレオが何の意味もなくこの数にしたとは考えられなかった。
スマホで薔薇の花言葉を検索する。
24本の意味は…一日中あなたを思っています…
うん、気付かなかったことにしよう。
私は気を取り直して、出かける準備に戻ることにした。
家を出発し、さあやと合流した後ショッピングやカラオケを楽しんだ。
夜、さあやが予約してくれたレストランには、仲の良い友人が数人お祝いに来てくれていた。
「ひめ、おめでとう。」
「二十歳のプレゼントにとっておきのワインを準備したから。」
「そうそう、今日から堂々と飲んでいいから。」
皆が口々にお祝いの言葉をかけてくれる中、茶化すようにそう言ったのは恵(めぐみ)だった。
「
「“ちゃん”って言うな。俺は男だ。まあ、飲んでるところを見ればわかるさ。」
恵はふてくされたような表情でワインをグラスに注いでくれた。
「ひめ、二十歳おめでとう。乾杯。」
さあやの声に合わせて皆とグラスを合わせる。
ゆっくりと喉に流し込むと、それはとても飲みやすく、スルリと喉を通り過ぎて行った。
「…おいしい。」
「やっぱり、いける口なんじゃない?」
恵がからかうように言った。
あっという間にグラスが空になる。
「そうね、案外飲みやすいんだ。」
「甘口ワイン、カステッロ・ディ・モンサント ヴィンサント・ラ・キメラでございます。」
さあやがまるで呪文を唱えるように言う。
「何?早口言葉?全然覚えられないんだけど。」
「イタリアのワインよ。おいしかったのならもう1杯どうぞ。」
さあやに勧められるままに2杯目に口をつけた。
イタリアか、レオの生まれたところじゃない。
こんな時にまでレオの事を思い出している自分に気付き、それを振り払うようにグラスを傾けた。
「おお、いい飲みっぷり!」
さあやが面白そうに言う。
「おい、大丈夫か?自分のペースも知らないのに。ちょっと早すぎるぞ。」
そういえば、何だか身体がポカポカしてきている。
「とりあえず水でも飲んで…」
さっきとは一転、恵は私を心配するかのように言った。
「大丈夫。水よりもワインが飲みたいな。恵、乾杯しよう。」
私は何だか気分がどんどん良くなっていく様だ。
3杯目が注がれる頃には、楽しくて仕方が無くなっていた。
「おい、もうやめとけよ。」
「いいじゃない、喜んでるんだから。」
「こんな飲み方、危ないだろう。」
恵とさあやが何か話してるが、頭にフィルターがかかったようでいまいち理解できなかった。
それから先の事は記憶になく、気が付けばレオとベッドという訳。
私は、抜け落ちた数時間の記憶のかけらをどうしても取り戻したかった。
キッチンから部屋へ戻ると、スマホにメッセージが届いていた。
開いてみると、それは恵からだった。
“大丈夫なのか”
一言だったけど、心配が伝わってくる。
私は急いでメッセージを返した。
“大丈夫 ちょっと頭が痛いけど”
“今日会えない?”
“昨日の話、聞きたいんだけど”
立て続けにメッセージを送るが、恵からはなかなか返事が返ってこない。
ふと目をやると、私の視線の先には薔薇の花束が無造作に机に置かれたままだった。
あれも何とかしなくちゃね。
ママに花瓶でも借りてこようと思った矢先、スマホが鳴った。
“別にいいけど”
“やっぱり覚えてないんだな”
“思い出さない方がいいことだってあるんだぜ”
こんなの送られてきたら、ますます昨日の事が気になって仕方ない。
“いいから”
“13時で大丈夫?”
私が送信すると、今度はすぐに恵からOKスタンプが送られてきた。
“じゃあ、いつものカフェで”
約束を取り付け、私は一仕事やり遂げたような気がした。
ホッとしたのもつかの間、またスマホが鳴る。
今度は電話だった。
相手は…レオだ。
訝しく思いながら電話に出る。
「もしもし?何で同じ屋根の下にいるのに電話なんかかけてくるのよ。」
「たまには新鮮でいいだろう。」
全然よくない。
「夕べの貸しを返してもらおうと思って。」
楽し気にレオが話す。
「…何。」
「とりあえず、俺の部屋に来てよ。」
「何で。いつもみたいにレオがこっちに来ればいいじゃない。」
「それじゃあいつも通りで面白くないだろ。ひめ花が来てくれなかったら、口が滑って夕べの事父さんに言っちゃいそうだな?」
それは困る。
ルカにいらぬ心配をかけたくなかった。
「わかった、わかったから。行けばいいんでしょ。すぐ行くから。」
「待ってるよ、ガッティーナ。」
スマホ越しにチュッとキスするような音が聞こえて電話は切れた。
弱みを握られてしまって、ため息しか出てこない。
レオの部屋はすぐ隣だったけど、近づかないようにしてたのに…
面倒なことになりそうな予感を抱えながら、私は足取りも重くレオの部屋へ向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます