第9話
無事にお誕生会を終え、わたしが部屋に引き上げたのはもうすぐ今日が終わることだった。
部屋に入ってほとんど間を置かず、ドアがノックされる。
癖からして、向こうにいるのはレオに違いなかった。
寝たふりを決め込もうかとも思ったが、それはそれで大人げない。
仕方なくドアを開けると、レオが顔をのぞかせた。
「…何?」
「二人で飲もうって約束しただろ。」
そう言ってレオが挙げた左手にはグラスが2つ、右手には何やらボトルが握られていた。
「昨日の今日で、お酒は飲まないわよ。やっと体調も戻ったんだし。」
「そういわないで。ひめ花の為に準備してたんだからさ。これ見てよ。」
レオはボトルのラベルを私に見せた。
天使が描かれている。
「かわいい。天使のお酒?」
「アスティ・スプマンテだよ。俺のかわいいアンジェにぴったりだろ。」
「…そういうの、もうやめない?」
「俺はやめてもいいけど、俺の天使なんて言って、みんなに聞かれて嫌なのはひめ花だろ?」
確かにその通りだ。
「で、入れてくれないの?」
「…ちょっとだけだからね。」
天使のお酒への好奇心が勝ってしまって、私はレオを部屋へ招き入れた。
レオは慣れた手つきでボトルを開けると、グラスへと注いだ。
シュワシュワと音を立ててはじける泡を見ていると、まるでジュースのように思えてくる。
「一日遅れの誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
グラスを合わせると、私はゆっくり口に含んだ。
「…甘い。これ本当にお酒?」
「もちろん。気に入った?」
「うん、とってもおいしい。」
私はあっという間にグラスを空けてしまった。
そんな私を面白そうに見ながら、レオもグラスを傾けていた。
「おかわりは?」
「飲みたいな。でも、昨日みたいになったら困るし…」
「大丈夫だよ。今日は家だし、俺が見ててあげるし。」
レオと二人なのが不安要素なのだとは言い出せなかった。
「それにこれ、炭酸が抜けたらおいしくないから流さなくちゃ。」
「えー、もったいない…じゃあ、もう少しもらおうかな。」
「嬉しいな。」
レオは私のグラスに2杯目を注いだ。
まるでジュースのようなそれは、スルスルと喉を通っていってしまいそうになる。
少し気を紛らわすために、私はレオにずっと気になっていたことを問いかけた。
「ねえ…本当に私の事が好きなの?」
「もちろん、ガッティーナ。大好きだよ。」
「真面目に答えてよ。」
「俺はいつだって真剣さ。」
私はゆっくりとグラスに口をつけ、一口飲み込む。
「いったい私のどこがいいの?」
「全部だっていったじゃないか。」
「そんなの嘘くさい。」
「俺はひめ花には嘘はつかないよ。」
また私はグラスに口をつけ、もう一口含む。
「例えば、具体的にどこが好きなの?」
「そうだな…例えば俺の事あんまり好きじゃなさそうな所とか?」
思いがけない答えに私は動揺してしまい、思わずグラスを空けてしまう。
すかさずレオが私のグラスに3杯目を注ぎながら言う。
「俺みたいな仕事してると、好き好き光線浴びすぎて胸やけ気味なんだよね。」
「………」
「ひめ花からは初めて会った時からそういうの感じなくて、なんか新鮮だったんだ。」
何も言えなくて、その間を埋めるように私はまたグラスのシャンパンを飲んだ。
何だか頭がぼんやりしてきたような気がする。
「ひめ花、俺の声聞こえてる?」
私は首を縦に振る。頭の芯がクラクラとした。
「そろそろやめにしようか。また明日具合が悪かったら困るし。」
今度は首を横に振る。
何だかフワフワとして、それが気持ちよかった。
「まだ残ってるじゃないー。もっと飲みたーい。」
「やめといたほうがいいと思うけど。今晩も俺に介抱されたいの?」
「レオはわたしをまもってくれるんでしょ。」
私は自分のろれつが回らなくなってきていることに気付いていない。
何だかレオにくっつきたくなってきた。
「ねえ、もうちょっとだけー。」
私はグラスを置いてレオに抱きついた。
レオの匂いを胸いっぱい吸い込む。
「レオ、いいにおいー。レオのにおいすきー。」
思ったことが勝手に口をついて出てくる。
「本当に飲めないんだな…」
レオが少し困った調子で呟くのを私は聞き逃さなかった。
「のめますー。のんでるじゃない、レオといっしょにー。」
「はいはい、わかったから。もうベッドに行こうか?」
「いっしょに?いっしょにいてくれるの?」
「…何、今日も一緒に寝るの。勘弁してよ。」
「なんで。ひめかのことすきじゃないのー?」
「好きだから困るんでしょ。」
レオは私を軽々と持ち上げると、ベッドまで連れて行った。
私を横たえると、上から覆いかぶさりキスした。
お酒で酔っぱらっているせいか、何だかさっきとは違う感じがした。
唇が離れると淋しい。
「…ねえ、もう1回して…」
素面なら絶対恥ずかしくて言えないようなことを私は甘えるように言った。
レオは何も言わず私を見つめ、今度はさっきより激しくキスをする。
ああ、キスって気持ちいいんだなって頭の片隅で感じていた。
私はずっとこうしていて欲しいと思ったが、急激な睡魔に襲われてきていた。
長い口づけの後、耳元でレオが囁いた。
「俺のアンジェ、今日は一緒に天国に連れて行こうか?」
私はもう、何を言われたのかよくわからないまま深い眠りに落ちていた。
右手でレオの服を握りしめたまま。
「…嘘だろ。今日もお預けかよ。」
レオがそうつぶやいたのは、私の耳には届いていなかった。
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