第22話
「ひめ花、週末デートしない?」
レオがそんな事を言い出したのはそういう関係になってしばらくしてからだった。
私たちはママやルカにばれないように、お互いの部屋を行き来しながら逢瀬を重ねていた。
本当にばれていないかは、神のみぞ知るところだったけど。
「何、急にどうしたの?」
「たまには外で会うのも新鮮でいいかと思って。」
「…レオ、有名人だからな。」
「そんなの誰も気にしないって。」
「うーん。」
私はいまいち乗り気になれなかった。
きっと、周りの目が気になって仕方ないだろう。
「あーあ、せっかく海の見えるホテル、予約したんだけどな。」
「えっ、お泊りするの?」
「1泊だけどその方がゆっくりできるしね。でも、ひめ花が嫌だっていうんならキャンセルかな?」
「レオの意地悪。そんなの嫌っていうわけないでしょ。」
「ほんと?じゃあ決定という事で、俺は早速準備してこようっと。」
レオは嬉しそうにベッドから身を起こすと、私に軽くキスをして部屋から出て行ってしまった。
この家以外の場所でレオと一晩中一緒にいられるなんて初めてだ。
私も一転ウキウキとした気分になって、クローゼットからミニボストンを取り出し準備を始める。
週末が楽しみで仕方がなかった。
週末は穏やかに晴れていたが、やっぱり少し寒かった。
ママとルカには、さあやの家に行くことにしていた。
もちろん口裏は合わせ済みだった。
「さあやちゃんにご迷惑かけないのよ。」
ごめんね、ママ。
「友達は大切にしなくちゃいけませんよ。」
ごめんね、ルカ。
「わかった。行ってきます。」
心の中で二人に謝ると、これ以上突っ込まれる前に私は家を出た。
二人にばれないように別々に家を出たので、待ち合わせをしていた。
「待ち合わせなんて新鮮。」
まるでどこにでもいる恋人同士の様だと思った。
駅前のロータリーに着くと、遠くからでもすぐにレオを見つけることが出来た。
眼鏡をかけたレオは、壁にもたれかかって小さな本を読んでいる。
ただ立っているだけなのに、存在感がすごかった。
少し気後れしてしまい声をかけるのをためらっていると、レオは女の二人組に声を掛けられていた。
何を言っているのか、さっぱりわからない。
私は、ますます近づけなくなって様子を見ていた。
時間にしてほんの1,2分の事だったけど、私には充分な長さだった。
にこやかだった女たちの顔がこわばり、怒って行ってしまったように見えた。
次に誰かが声をかける前に、私は急いでレオに近づいて行った。
本に夢中なのか、私が近くまで行ってもなかなかレオは気付かない。
そんなレオを見て、私はちょっとイタズラしたくなった。
「もしかしてー、モデルのレオさんですよねー。」
いつもより高い、したったらずな声で話しかける。
レオはこっちを向くこともしないで本の方を向いたままだ。
「そうですけど。」
私に話しかけるときとは違う、無機質で機械的な対応にちょっとびっくりする。
「わたしー、すっごいファンで―、握手してもらえませんかー?」
「悪いけど、そういうのやってないから。」
レオはまだ気づかない。
「えー、冷たーい。今からどこか行くんですかー?」
「…悪いけど、どっか行ってくれない?うるさいのは嫌いなんだ。」
やっと本から顔を上げてこちらを向いたレオは見た事ない冷たい表情だったが、私を認識するや否や、みるみるその表情は和らぎ微笑みを浮かべた。
「何だ、今のひめ花?変な話し方するんじゃないの。」
「レオっていつもこんなに塩対応なの?」
ちょっとあきれてしまう。
「いちいち相手してられないからね。」
「ちょっと怖かったんですけど。」
「その方が二度と話しかけようと思わないだろ。」
レオは本をしまうと、一伸びした。
「それとも、誰にでもスマイル0円振りまいてる俺が好き?」
「そんな安っぽいレオ、好きじゃないに決まってるでしょ。」
「そういう事。じゃあ行こうか。」
レオはそのまま駅構内に向かって歩き出した。
私のバッグをひょいと手から取り、空いた手をつなぐ。
「レオ、誰かに見られちゃうよ。」
「別にいいじゃん、俺は全然気にしない。」
握った手を離すことなく、レオは歩き続けた。
私を見て、いたずらっ子のように笑う。
「何なら、今ここでキスの一つでもする?」
「するわけないでしょ、バカ。」
「そう?それは残念。」
レオは新幹線のホームに向かっていく。
「新幹線乗るの?どこまで?」
「終点かな。」
予想よりもさくらに遠い目的地を聞いて、私は愕然として足が止まった。
「…うそでしょ、ちょっと遠くない?」
「ひめ花と二人なら、あっという間だって。」
時間の問題ではなかったのだけれど。
「やっぱりやめとく?今日は別の所に行ってもいいし。」
ここまで来て帰るという選択肢は、私の中にはなかった。
「行くわよ、ちょっとびっくりしただけだから。」
「よかった。ほら、乗って乗って。」
私はレオに手を引かれたまま、新幹線に乗り込んだ。
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