第11話

 シャワーを浴びて着替えキッチンへ行くと、そこにはママとルカがいた。

「おはよう。」

「おはよう、ひめ。お寝坊さんですね。」

 ルカが私に顔を向けて言う。

「ちょっと寝過ごしちゃった。ねえ、レオは?」

「レオは撮影ですよ。何か用事がありましたか?」

「ううん、特に用ってわけじゃないの。」

「用事はないけど会いたい…二人は仲良しですね。」

 ルカが嬉しそうに言うので、私はあえて否定せず笑ってごまかした。

「そうだ、ひめも一緒に行きますか?」

「一緒にって、どこへ?」

「レオの所です。今日の仕事は私も参加するので、今から行きます。」

 そういえば、ルカも現役モデルだった。

「今日は海ですよ。いかがですか?」

「ひめちゃん、楽しそうじゃない。行ってみれば?」

 ママが後押しする。

「ママは行かないの?」

「うーん、ママはいいわ。ひめちゃん、行ってらっしゃいよ。」

 確かにモデルの撮影に立ち会える機会などなかなかないので魅力的な申し出だった。

「…じゃあ、お邪魔でなければ行こうかな?」

「オッケー、決まりです。では仕事の準備してきます。」

「私も準備してくるから、待っててね。」

 私は出かける支度をするために、急いで部屋へと戻った。

 ウキウキしてるのは海に行くからで、レオに会えるからじゃないんだから。

 なぜかそう自分に言い聞かせる私だった。


 私はルカの運転で目的の海に到着した。

 少し離れた場所に車を止め、撮影しているところを目指して歩いていく。

 レオやルカがいるとはいえ、知らない人がたくさんいるだろうと思うと緊張してきた。

「ひめ、顔が怖いですよ?」

「こんなの初めてだから少しドキドキしてるの。本当に私が行っても大丈夫?」

「大丈夫なので誘ったんですよ。レオも喜びます。」

 ルカの顔を見ていると少し安心することが出来た。

「ほら、あそこにレオがいます。」

 ルカが指さす方を見ると、レオはまさに撮影の真っ最中だった。

 砂浜でどこかのブランドの服を着てポージングしている。

 風になびく髪は雲間から差し込む日の光を浴びて、キラキラと光っていた。

 いつもとは違う無機質な表情でカメラを見つめているレオは、何だか知らない人みたいだった。

「オッケー、レオは休憩。」

 カメラマンが声をかけたが、レオの表情はあまり変わらない。

 ベンチコートを着てディレクターズチェアに腰かけたレオはあまり機嫌がよさそうではなかった。

 その時、私の横にいたルカが大きな声を出した。

「ハーイ、レオ。」

 呼びかけにレオは物憂げにこちらを見た。

 手を振るルカを見て、その横にいる私に気付く。

「ひめ花?」

 レオは驚いた様子でこちらに歩いてきた。

 そのたった10メートルほどの間で、レオはいつもの表情豊かなレオになった。

「どうした。俺に会いたくて仕方なかった?」

 嬉しそうにそう言うと、迷わず私に抱きつく。

「違うってば。海に連れてきてくれるってルカが言うから。」

「海なら俺がいつだって連れてくるのに。」

 そう言いながら、レオは私を抱きしめたままだった。

「ちょっと、離れて欲しいんだけど。」

「だって、俺、今日寒いんだ。うっすい服着させられちゃって。」

 確かにレオの体は冷えていた。

「ひめ花、子供体温だからあったかい。」

「失礼ね、誰が子供だって言うのよ。」

 私たちが言い合うのを、ルカは微笑ましそうに見ていた。

「二人は本当に仲良しですね、安心しました。」

「父さんが心配しなくても大丈夫。なあ、ひめ花?」

「うん、大丈夫。ほら、ルカ呼ばれてるみたい。」

「そうですね、じゃあまた後で。」

 ルカは撮影隊の方へ行ってしまったので、私は声の調子を少し変えた。

「そろそろ離れてくれない?本当に。」

「そんなこと言うの?ひめ花はずるいな。」

「私のどこが?」

「俺の事好きなだけ離さないくせに、俺が離さないと嫌がるなんて。」

 からかうようにレオが言う。

「私が、いつレオの事離さなかったって言うのよ。」

「昨日の晩とその前の晩の事、忘れちゃった?」

 昨日の晩の事は、実はうっすら覚えていると言えるわけなかった。

「…忘れちゃった。レオも忘れて。」

「夕べみたいにかわいくお願いされたら忘れるかも。」

「かわいくって…」

 戸惑う私の耳元でレオが囁いた。

「1回なんて言わないで、何度でもキスしてあげるよ。」

 私は顔が真っ赤になるのがわかった。

「レオのばか、知らないっ。」

 レオを突き放し、私は砂浜を海へ向かって歩き出す。

「何、怒った?」

 レオは私の後についてきた。

「もう、仕事に戻りなさいよ。」

「まだ休憩だから大丈夫。一人じゃ心細いだろ。」

 確かに、綺麗な人たちの集団は迫力があって、近づきがたかった。

「さっきのは俺がちょっと悪かったから、機嫌直して。」

「…もう意地悪言わないんなら一緒にいてあげる。」

「わかった。言わないように努力はするけど、保証はできないな。」

「何それ。」

「だって、ひめ花の反応が愛らしいからさ。」

 レオは私の手を取った。

「ホントに寒いな。戻ってコーヒーでも飲もう。」

 私を引っ張るレオの手は確かに冷え切っていた。

 私の体温も持っていかれそうなほどに。

 さっきふと疑問に思ったことを聞いてみる。

「ねえ、レオ。何でずっと無表情なの?」

「そういうコンセプトの服だから。」

「撮影してない時もじゃない。」

「仕事仲間に愛想振らなくてもいいだろ。」

「でも、ずっと空気が張り詰めてる感じ。」

「俺はクールなのが売りだからいいんだよ。」

 私にも、もうちょっとクールな対応をしてほしいものだ。

「ひめ花は特別だから。」

 私の心を読んだかのようにレオが言った。

 レオは振り返り、私と撮影隊の間に壁のようになると、私のあごに手をかけふいにキスをした。

「レオっ。」

「我慢できなかった。」

 微笑みながら、悪びれる様子もなくレオが言う。

「外ではしない約束…」

「誰にも見られてないよ。行こう。」

 レオは分かりやすくご機嫌で私をまた引っ張った。

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