第37話 Another story #1

            ✳︎


 予想よりも長引いた今回のクライアントとのカウンセリングが無事に終わり、車の中で大きく深呼吸をしてから私は車を動かし始めた。しばらく車を走らせていると、突然私のスマホに突然グループの招待を知らせるメッセージが届いた。その送り主は「北村ヒロキ」と記されていた。なんとも懐かしい名前を見た私は、頭の中が中学時代にタイムスリップした気持ちになった。北村くんとは中学の同級生で、三年間ずっと同じクラスだったこともあり当時はとても仲が良かったことを憶えている。高校やその後の短大での学生生活も楽しかったけれど、私が一番楽しかったと思えるのはその中学生時代だ。毎日笑いの絶えない教室も、汗や涙を一生分出し切ったと言えそうなほどバスケに没頭した体育館も今思い出すだけでも胸が熱くなる。ただ、私の胸が熱くなる原因は他にもある。それは勝手に私の中で「青春」と呼んでいる一ページがそこにあったからだ。


 今日も無事家に着き、車庫に車を入れてから改めてさっき北村くんから届いたメッセージに目を通した。グループの名前は「元三年五組同窓会しません会」というものだった。あまりにも単純なネーミングをあの北村くんがつけたと思うと、何だかおかしくなって笑えた。招待メンバーをスクロールしていくと、懐かしい名前が次々と出てきて私の頭の中には参加する以外の選択肢が既に無くなっていた。


 「チーちゃんもいるしみんなに会えるし、これはもう行くしかないね!」


夜の二十二時にしては高すぎるテンションのまま車から出ようとドアに手を伸ばした瞬間、招待メンバーの最後の一人の名前を見て私の手は超能力にかかったように動かなくなった。


 「森内タクヤ...」


名前を見た途端、私の心臓はエンジンがかかったように強く脈を打ち出した。それと比例するように私の体も熱くなってきた。私の「青春」が同窓会にやってくる。その事実を受け入れるのにかなりの時間がかかった。放心状態になったことはあるかと聞かれたら、迷わず今だと言いきれる自信がある。すると、不意にコンコンと車のドアを軽く叩かれて私は超能力が解かれたように我に返った。


 「ユカリ?おかえり。車のエンジンが聞こえたけどなかなか家に入ってこないから心配になっちゃった」


そこには母さんが心配そうな顔で窓の外から私の顔を見て立っていた。


 「ごめんごめん!ちょっと友達と電話しててさ!今ちょうど終わったところ!同窓会やるかもしれなくて今から楽しみになってきた!」

 「お、いいわね。同窓会。私も十五年以上クラスメイトに会ってないからそういうのしたくなっちゃう。私も当時のみんなにメッセージ送ろうかしら!」

 「母さん、思い立ったらすぐ行動しちゃうもんね」

 「とりあえず親友のカッちゃんにメッセージ送ってみよっと!」


さっきの心配そうな顔とはまるで変わった母さんの顔は、まるで初恋の人を思い浮かべているようなうっとりとした表情になっていた。


 「そういえばユカリ」

 「何?」

 「あなた、高校生ぐらいまでずっと一人の子、好きだったわよね?確か、森なんとか君?」


母さんの言葉を聞いた瞬間、私の顔が急に熱くなった。


 「す、好きだなんて言ってなかったでしょ!」

 「そうだった?あんまり楽しそうに毎日その子のことを話していた気がするから勘違いしてたのかしらね?あ、思い出した!森内くん!当たってるでしょ?」

 「声大きいよ母さん!近所迷惑!時間帯考えて!」

 「ユカリの声の方が大きいじゃない。さ、家の中に入るわよ」


私は母さんに茶化されたままその後ろをついていく。母さんとは私が幼い頃から友達のような距離感で色んな話を聞いてもらっていたから彼の話も喋っていたかもしれないけれど、絶対に好きと言った憶えはない。


 「母さん」

 「なに?」


私の声で振り向く母さんは、夜には似合わない向日葵みたいな笑顔で私を見つめる。私はこの笑顔にこれまでどれだけ救われてきたか数えきれない。


 「父さんとは中学、同級生だったんだよね?」

 「えぇ、そうよ。細かく言えば二年と三年が同じクラスだったなぁ」

 「どっちから告白したの?」

 「もちろん私!」


私の質問に対して即答で返してきた母さんの声は、家の中にいる父さんにも聞こえそうなほど大きなものだった。


 「母さん、時間帯!」


小声で注意を促すと、母さんは給食のつまみ食いを指摘された小学生みたいな笑顔でしししと笑った。


 「ごめんごめん。何かテンション上がっちゃって」

 「それなら母さん、後で私の話、聞いてくれない?」

 「喜んで!声のボリュームは小さくしておくわね」

 「うん。お願いします!」


家のドアをガチャリと開けると、大好きな母さん特製カレーの匂いが私の疲れを癒やして食欲を誘うように漂ってきた。私は食欲と戦いながら洗面所で手を洗い、うがいをしてからリビングのドアを勢いよく開けた。それに驚いたように体をビクッと反応させた父さんが普段より目を大きく開けながら私の目を見て「おかえり」と優しい声で言ってくれた。

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