第41話 Another story #Last


            ✳︎


 強い風が私を巻き込んで空の方へ吹き上がった。その勢いに乗り、まるでサーフィンをするように風の波に乗る。天使みたいな白い羽根は背中を覗き込んでも生えていなかったけれど、私は空を飛んでいる。だから、この世界が夢だとすぐに分かった。


 「夢でもこの町が出てくるなんて、どんだけ私はここが好きなんだよ」


どうせなら飛びっきり自然を感じられるジャングルみたいな密林を飛び回るか、無数のビルが自分たちの高さを競い合うようにそびえ立っている都会の街並みを飛んでみたかった。私は体を前に倒すとそのままフワリと空を泳ぐように飛ぶことができた。横に向けると風を切りながらカーブし、後ろに体を倒すと宙返りをしながら空を舞えた。


 「でも、めっちゃ楽しい!」


私は要領を掴むと、鳥と一緒に踊るように空を舞った。疲れることは全くなく、むしろ爽快感が味わえてとっても心地よかった。蝉の鳴き声があちこちから聞こえて、空は真夏のように入道雲がもくもくと立ち上がり、その隙間から真っ青な空が海のように見えている。でも私は、何も暑さを感じずにフワリフワリと空を舞う。スズメの群れが珍しいものを見るような目で私を見つめながら飛んでいった。私はそれに応えるように手を振った。夢の世界はとっても自由だ。この夢に題名をつけるなら「楽園」ってところかな。と、私は一人で盛り上がっている。


 「でも誰もいないし誰にも会えないな」


忠実な再現度とは裏腹にこの世界に住人はいなく、私だけが住んでいるこの空間に寂しさがあるのは否めない。ここでアッちゃんやチーちゃんに会えたら、飛べることをすぐに自慢するのに。北村くんや平松くんたちに会えたら同級生が超人になったと笑いを取れそうなのに。ただ、母さんや父さんがいたら少し心配はされそうだ。そして、森内くんに会えたら目を丸くしたままいつまでも見つめてくれそうなのに。それよりもすぐに彼に会いに飛べるのに。会いに行きたいのに。すると、私の気持ちと呼応するように空模様は一変し、まるで悪の軍団が空から攻めてきたみたいな黒い雲が空を覆い始め、空を割るような雷が走り、何かが爆発したような轟音を轟かせた。それからすぐに大粒の雨が勢いよく降り出し、私の全身を濡らした。


 「夕立まで再現しなくていいんだけど!」


私は体を思いっきり前に倒し、黒い雲から逃げるように必死に飛んだ。ひたすら飛んだ。飛び続けた。町の方を見下ろすと、既に見慣れない町並みがそこには広がっていた。私はこのままどこか知らない所へ飛んでいってしまう。そんな不安さえも心の中に芽生え始めた。その瞬間、


 「ユカリ!」


激しい雨音や雷鳴に混じって彼の声が黒い雲の上から聞こえた気がして私は雲の方を向いた。すると、雲の切れ間から太陽には見えないけれど、何か神々しい光のようなものが見えた気がした。


 「森内くーん!?そこにいるの?」


呼びかけても返ってくるのは激しい轟音。いつまでも止むことのなさそうな雨が私の体を容赦なく濡らす。


 「森内くん!森内くん!」


返事が聞こえるまで私は彼を呼び続けた。徐々に近づいていく光の元へ目を凝らすと、そこには背中から本物の羽根を生やした人がいるように見えた。あそこはまさに「楽園」と呼ぶに相応しいように思えた。手がかりのない私はぐんぐんとそこに近づいていく。豪雨に負けず、雷にも負けずに「楽園」へと近づいていき、神々しい光も距離が近づくにつれて眩しさが増していった。ついにそこへ辿り着こうとしたその時、私の右腕を力強く握られて私は止まった。振り返るとそこには、雨でずぶ濡れになった森内くんが泣きそうな表情で私を見つめていた。雨で分からないけれど、もしかしたら本当に泣いているのかもしれない。


 「どこに行くの!おれはこっちだよ!」

 「え?上から声が聞こえた気がしてさ!それよりも森内くん、私のこと名前で呼んでくれたの初めてじゃない?」

 「無我夢中だったんだよ!そっちに行ったら、もう二度と会えない気がしたから!」

 「え?どういうこと?」

 「ユカリ!いなくなっちゃダメだからね!」


            ✳︎


夢の中で森内くんから言われた言葉を聞いてから私は意識が無くなり、目を覚ます頃には私はベッドの上にいた。見覚えのない部屋だ。薬品みたいな匂いのする殺風景な部屋、おまけに腕にはチューブみたいな管が繋がれて口には息のしづらいマスクが付けられている。視界の下に、人の気配がして私は普段よりも動かしづらく、鉛のように重い体をゆっくりと動かした。そこには、私の寝ているベッドの側には気持ちよさそうな顔で眠っている森内くんがいた。夢を見ていたからか、記憶は曖昧だけれど意識が無くなる直前、背後から車のエンジンみたいな音が勢いよく聞こえたのは覚えている。それからの記憶はあの夢に繋がっているから現実では何が起こっているのか正直分からない。ただ、私の側に森内くんがいてくれているということ、それだけは確かな事実であり現実だと確信している。私はこの事実がまるで、さっきの夢の続きに思えて自然と涙が流れた。私は外していいのかも知らない口に取り付けられた呼吸器を、今持てる力を使って外した。試しに声を出してみる。うん、声を出すのは大丈夫だ。このまま彼の寝顔を見つめているのも幸せな気持ちになれるけれど、やっぱり私は彼の声が聞きたかった。


 「森内くん、森内くん」


彼を呼び続ける私の呼びかけに反応して彼の指先がぴくりと動いた。肩がもぞもぞと動き出した。大きな体が動き出した。うーんと、右目を擦りながら瞼を開いた彼とすぐに目が合った。彼に泣き顔を見られるのが恥ずかしかったけれど、今はそれよりも彼の目を見て彼の声が聞きたかった。私は照れ隠しに笑顔を作ると、彼は私と同じように目を潤ませ、今にも涙が流れそうな表情で私と同じように笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「青春」という名の宝物 やまとゆう @YamatoYuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ