第4話 あの頃と今 #4

          ✳︎

               

 朝のニュースで見た天気予報によると、今日の最高気温は三十八度を超えるらしい。夏を象徴するようなモクモクと立ち込める入道雲が真っ青な空を独占する。空気の換気をしようと体育館の重い扉をガラっと横に押して外を見るとそんな景色が広がっていた。扉を開けてもそこに見える景色だけが爽快で、館内に入ってくる風はもはや熱波のように感じた。


 「尾形先生、今日はあと何試合やりますか?」


顔や体中から汗を流しまくるキャプテンの木村が私に声をかけてきた。今日は隣町にある川串中学校と一日中練習試合だ。私も額にはじんわりと汗が滲む。油断するとすぐに私もベタベタになってしまいそうだ。


 「そうだなぁ。やれて三試合ってとこじゃないかな。まぁ谷口先生とも相談するがな」


私の声を聞いた木村は、まるで願いが叶ったように顔を輝かせて、「分かりました!」と言うと水分補給をする為に部室の方へと向かっていった。木村のバレーに対する情熱は、私が指導した生徒の中で一番熱いと思っている。技術面はもちろんあいつだったが。


 「あと三つも試合出来るぞ! アツシ!」


木村の声とは対照的に分かりやすく肩を落とす倉田の様子が何とも笑えた。確かにこの暑さであと三試合もするのは少し酷な話かもしれない。私自身も生徒に負けないように残りの数時間、生徒を指導していこうと木村を見て気合が入った。


 「お願いしまァーす!」


生徒たちの声が体育館中に響き渡った。それに負けじと、外にいる蝉たちもけたたましく鳴いていた。


          ✳︎


 「お疲れ様です!」

 「うーい、お疲れー」


大きめのジョッキに並々注がれたビールをごちんとぶつけ合った。今日の飲み相手は、もちろん川串中バレー部の顧問である谷口先生だ。彼とはもう十五年以上隣町の学校同士の関係で、年下ながらも馬が合う為に練習試合をする度にその日の夜はこうして晩酌会が開かれる(私が強制している)。


 「くうぅー! これだけ暑い日が続いてると、ビールが生きる源になりますね!」

 「本当にそうだよ。これが無きゃ働くことなんて出来ないよなぁ」

 「生徒たちもこんな暑い日によく毎日頑張ってますよね」

 「私たちが学生の頃はもっと涼しかったよな?」

 「はい。絶対涼しかったです。今の子たちはそういう所が可哀想ですよね」


谷口はそう言うと枝豆の皮を器用に口で剥き、そのまま中の実を口の中へ運んだ。「行儀が悪い教員だな」と言ってみると、えへへと照れながらビールを流し込むコイツは、今日はしこたま酒を飲むぞと顔に書いてあるようだった。


 「そういえば尾形先生」

 「ん?」

 「突然ですけどあの世代の子たち、今でも連絡取ったりしてますか?」

 「あの世代って、一番強かった時のか?」

 「はい、そうですそうです」

 「あぁ、気さくなやつとかキャプテンだった北村とかはよく練習に来てくれたりするし、連絡もたまに取ってるよ」

 「北村くんかぁ、懐かしいですねぇ」


私もそうだねと軽く相槌を打ってキンキンに冷えたビールを喉の奥へ通す。谷口の言うあの世代とは、私が指導した生徒たちの中で特に強かった生徒たちのことだ。鳴り物入りで入ってきたそいつらは、一年の頃からその実力をまざまざと見せつけて学年や体格の違う相手に怯まず挑んでいった。そいつらが三年になった年には悲願だった全国大会にも出場することが出来た。あの頃からもう十年ぐらいが経っていると思うと、私の顔に皺が増えたのも納得する。


 「北村は今、夢だった消防士になってるってさ。しっかりしてるよね」

 「ハハ、中一の頃から言ってましたもんね。一途な子だ」

 「私が知る限り、小二ぐらいの頃から目指していたはずだよ」

 「へぇー! それはすごい! そんなに前から掲げていた夢を叶えるなんて。素敵な話ですね」

 「そうだね。その世代の他の子らも、ボチボチ結婚したり子ども出来たりしてるみたいだしね。そりゃ私たちも歳、取るよね」

 「あぁ、教え子のそういう話を聞くと時間の流れを感じますよね。あ、尾形先生は昔から変わらずお綺麗ですけどね」

 「なに調子いいこと言ってんだよ。付け足したみたいな言い方しやがって。何も奢らないよ」

 「アハハ! そんなつもりないですって。素直な感想です」


私に睨まれて怖気付いたのか、谷口はあからさまに空気を変えるためにビールを体に流し込んでいる。酒が入ると口数が増えるのがコイツの特徴で、長所でもあり短所でもある。


 「そういやその世代にスゴい子、いましたよね。いつも北村くんの隣にいた副キャプテンの子」

 「あぁ、いたね。スゴい子」


私の頭の中にはそのスゴい子の顔が瞬時に浮かび上がった。北村の顔を思い出すと、どうしても隣にいたそいつもすぐに頭の中に現れる。

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