第32話 再び動き出した時間 #32


 「んー、俺納得いかねぇなぁ」


リベロの坂本が苦虫を噛み潰したような顔で腕を組みながらビールを体に流し込む。僕らは大会を終え、その足で最近気に入っている平松くんの店で疲れを癒している。


 「まぁ坂本そう言うなよ。タクちゃんはいつかそういう道を選ぶだろうなって思ってたんだからさ。お前だってそうだろ?」

 「そうっすけど。だって永井さん、俺らまだリライズに勝ててないんすよ。今日の試合があとちょっとだったから余計に悔しいのに」

 「ごめんな、坂本。おれも一回はあいつらに勝ちたかったんだけど。でも、それよりもやりたいことが見つかっちゃって」


僕も坂本に負けないぐらいぐびっとビールを流し込んだ。喉を通っていく音が勢いよく聞こえて飲んでいて一層気持ち良くなった。


 「タクちゃんがウチに入った理由って、一緒のチームだった同級生たちを倒したいってことだったよな?」


エースの今村が焼き鳥串の一番上の肉に齧りつきながら僕を見た。


 「うん。一緒にやりたい気持ちも強かったけど、それよりもその強いやつらに勝ってみたくなった気持ちの方が強かったんだよね。それで永井さんが声かけてくれてここに入った」

 「何か野球部のエースみたいなこと言ってるな、タクちゃん」

 「はは、言えてる」

 「それは皆さん、偏見っすよ。セッターだって野心あるんだから」

 「てっきり俺、同級生とは仲悪いのかって思ったけど実際は全然違ったな」

 「はい。ぶつかりあった時期もありましたけど、今も昔も変わらずおれは仲良いと思ってますよ」

 「仲悪かったらさっきみたいに笑って写真なんか撮らないよな」

 「へへ。そうっすね」


ガヤガヤとした店内の中、僕らの座るテーブルだけがしんみりとした空気になっている気がした。


 「え?じゃあ今日でこのメンツと飲むのも最後になるのか?」

 「いやいや。おれはまたこのメンツで飲みに来たいよ。ただ、真柴さんって人のチームでセッターをやりたいってだけだから。終わりは寂しいでしょ」

 「そうだぞ。チームを抜けても俺たちは変わらず仲間だよ。まぁ回数は減っちゃうかもしれないけどな」

 「俺らが誘ったらタクちゃん、絶対飲みにこいよ」

 「うん。もちろん行くよ。今村の誘い断ったら、次が怖いし」

 「それにしても、あの真柴さんが直々に声かけてくれるなんてな。流石タクちゃんだ」

 「おれ、あんまりあの人を知らないんすよね。何ならその後、会場を出た後に話した尾形先生が久しぶりすぎてそっちの衝撃が大きかったぐらいで」

 「あぁー、尾形先生。懐かしいな」

 「あの鬼嫁軍曹か。そっか、タクヤあの人に教えてもらってたんだもんな」

 「坂本、尾形先生独身だから。嫁とか言ったらホントに殺されるよ」


僕は慌てて周りを見渡し、本人がいないか隅々まで人を確認した。


 「ハハ!すげぇビビりようだな。これじゃ尾形先生に脅されたって説もあるぞ」

 「まぁ遠くはないですけど、最終的に決めたのはおれなんで。しかも、昔より先生優しくなってました」

 「みんながみんな丸くなったのかなぁ」


坂本は、この世界を悟ったかのようにビールをちびっと舐めて軟骨の唐揚げに手を伸ばした。


 「何カッコつけてんだよ。ビール飲めねえなら頼むなよ。いつも見栄張って」

 「前より飲めるようになりましたし!」


僕らのテーブルも気がつけば空間に溶け込むように笑い声が飛び交っていた。僕にはその笑い声が、僕の背中を押してくれるエールのように聞こえて体温と同じように心も暖かくなった。


 「まぁ何にせよタクちゃん。頑張れよ、お前なら絶対チームを強くさせられる。全日本だって夢じゃないさ。年齢なんて気にすんなよ。世界には三十過ぎても国の代表背負ってるやつもいるんだ」

 「そうっすね。おれなりにここから頑張ってみます。それこそ永井さんも三十二歳でも、これからも頑張ってください」

 「おう!タクちゃんに負けないぐらいの天才トスワークを見せつけてやるさ」

 「いやいや永井さん、タクちゃんには敵わんっすよ!」

 「うん、大人しくレフトでいてください」


僕らの笑い声が一段と大きくなった。流石キャプテン、と思った話のまとめ方だ。そして同時に、このチームを離れることが寂しく感じた。でも僕は今日、自分の夢を見つけてくれた人に出会えことを感謝して自分の道を歩くことを決めた。前を向いて歩いて行こう。改めて心の中の決意を強くした。


 「あ、タクヤ」

 「何?坂本」

 「ユカリちゃんの知り合いは紹介してくれよな」

 「ははは。本人に聞いてみるよ」


僕はやっぱりこのメンツが大好きだ。今この瞬間の記憶を忘れずに記憶するように僕はビールを勢いよく飲み干しておかわりを頼んだ。

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