第33話 再び動き出した時間 #33
✳︎
「乾杯!」
僕の拳二つ分くらいありそうな大きなジョッキを豪快にぶつけ合い、僕らは同じタイミングでビールを体に流し込んだ。僕か彼女か、どちらがグビグビ喉を鳴らしているか競い合っているように勢いよく流し込む。。一気飲みをしてしまいそうになるくらい飲み、叩きつけるようにそれをテーブルに置いた。
「あぁー、美味い!」
「ふふ!やっぱり年齢はオジサンだね。見た目はまだまだ若いのに」
「いやぁもう二十五はジジイだよ。昨日は我ながら頑張ったなって思うし、既に筋肉痛ガンガン来てるし」
「キミがジジイなら私もババアになるのかな?それにしても昨日のキミは、本当にMVPに相応しいほど輝いてたよ!」
平松くんの家の居酒屋は時間帯もあってか、ガヤガヤと色んな声があちこちに飛び交っている。平松くんも目が回っていそうなほど動き回っている。僕はチームメイトと昨日来た平松くんの店に、今日は吉田さんと一緒に来た。何でも昨日のMVP獲得祝いと準優勝祝いを兼ねてしてくれるのだという。
「ホントに?吉田さんからそう言われるのは嬉しいけど、やっぱりどうせなら優勝したかったなぁ」
「私の中ではキミらが一番だって思ったけどね」
「今度は絶対トロフィーをもらってくるからこれからもおれの試合、見に来てよね」
「もちろん。来るなって言われても忍び込むつもりだよ」
「そこは堂々と見ていてください」
僕らの笑い声が他の人たちの笑い声と混じり合う。すると、厨房の方から足早に平松くんがうずらの卵と焼き鳥を持ってきてくれた。
「何か今日、異常に忙しいわ。二人と色々喋りたいけど今日は無理かもしんないな」
「おれらこそ忙しい時間にお邪魔してごめんね。合間縫って注文させてもらうよ」
「いやいや。気遣わなくていいよ。むしろ、食べたいもん何でも作るから遠慮なく言ってくれよ。吉田も!」
「ありがとう!お腹ぺこぺこだからいっぱい頼むと思う」
「あぁ。森内におごってもらえよ」
平松くんは、この騒がしい声に引けを取らない笑い声を発しながら厨房の方へ歩いて行った。
「今日は私が奢るよ。めでたい賞をもらったお祝いに」
「ありがとう。じゃあ今度はおれがおごるから」
「うん。期待してる」
彼女といると、やはり驚くほど時間が早く進んでいく。僕らはツマミを口に入れてはビールで流し込んでは話し合い、それを繰り返していくうちに彼女の頬は熟れたリンゴみたいに赤くなっていた。時計を見てみると、この席に座って三時間近くが経とうとしていた。流石に僕の方も頭が痛くなってきた。ただ、脳内は正常に働いている。はずだ。
「森内くぅーん」
「なに?」
目元や仕草が明らかにへろへろになっている吉田さんが、幸せを表情で表現してくれているような笑顔で僕に笑いかけた。
「私、キミと再会できて本当に幸せだよぉ~。いつまでも一緒に歳取ってこうねぇ」
「うん。おれも同じ気持ちだよ」
僕の声が彼女に届いているかは分からないし、それが彼女の本心だったのかは分からない。ただ、今こうして酒でべろべろになるまで二人で一緒に居られる現実が、僕にとっても本当に幸せなんだと実感している。僕が平松くんにお金を払っている間に彼女はすーすー寝息をたてて眠っていた。大きな胸を張って僕に奢ると言った彼女は幸せそうに眠っていて少し笑えた。まぁ彼女も幸せならそれが一番良い。僕は平松くんに挨拶をしてから呼び出したタクシーに吉田さんを介抱しながら乗り込んだ。
「吉田さん」
「んー?なにー?」
「吉田さん家の住所教えて。向かうから」
「えーやだぁ」
「え?」
タクシーの運転手も困惑した顔を浮かべながら鏡越しで僕を見つめている。
「な、何で?教えてくれないと吉田さん家着かないよ?」
「森内くん家に泊めてよぉー。今日はそこで寝たいしぃー」
酒の影響もあるのか僕は彼女の言葉を理解した刹那、心臓の鼓動が耳でも聞こえてきそうなほど強く打ち始め、顔も一瞬にして熱くなった。
「あ、な、なるほど。じ、じゃあ運転手さん、星河原公園まで送って下さい」
「かしこまりました」
運転手がゆっくりとアクセルを踏み、車が動き出した。彼女は僕の左肩に頭を置いて気持ちよさそうに眠っている。乱れた髪でくすぐったそうにしている彼女の髪型を整えると、彼女は不意にふふっと笑った。
「エッチなこと、しちゃダメだよぉ」
「し、しないよ!」
「ど、どうかされましたか?」
「い、いえ。何でもないです!」
寝言だったのか、彼女はまたすーすーと寝息をたてながら僕にもたれながら眠っていた。僕はいつだって彼女に主導権を握られっぱなしだ。
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