第20話 踏み出す勇気 #20

            ✳︎


 「いやあ、試合近づいてきたね。タクちゃん」

 「そうっすね。もうあと十回ぐらい寝たら大会なんて実感無いっすけどね」

 「ホントだよな。次が実質、試合前最後の練習だしなぁ」


今日の練習を終えた僕らは追い込んだ筋肉を優しく揉み、今日を乗り越えた労いを込めて体の疲労を取っている。このチームのエースである今村が太ももを伸ばしながらスマホを触っている。動画を見ているようで、内容はこの前の大会の僕らが勝ち上がった決勝戦の映像だった。


 「タクちゃん、次あいつらと当たる時には何か策はあんの?」

 「うん、あるよ。それこそ、みんながストレッチ終わったら話そうと思ってたんだ」

 「流石タクヤだな。負けてもタダでは起きない天才セッター」


ニシシと笑うのは、ウチのチームのスーパーリベロである坂本だ。体が柔らかい坂本は、足を開脚すると、そのまま上体を地面の方へ倒して寝そべった。体の硬い僕は、いつもこれを見る度コツを彼に聞く。だが、彼はいつも「才能」という二文字で終わらせる。


 「おれの思うに、やつらは技術こそ上がっているものの、やっぱり苦手意識のあるローテーションの場所やコンビ攻撃が分かりやすい場所はある。付け入る隙はいっぱいあるんすよ」


話が長引くことを悟った僕は、自分の足元にあった荷物を整えて体育館を後にした。体育館の近くにあるラーメン屋で練習後に一人でラーメンを食べるのが好きだけれど、今日はキャプテンの永井さんとさっき話の途中だった坂本とエースの今村も連れてきた。ラーメン屋の扉を開けると、漂ってくる美味そうな匂いに誘われるように僕の腹が鳴った。掘り炬燵になっている席がタイミングよく空いていたので店員がそこへ僕らを案内した。


 「やっぱりここのラーメンを練習後に食べるのが一番最高の瞬間だよな」

 「ホントに間違いないですね、最近みんなで来れてなかったから嬉しいですよ、僕は」

 「タクちゃんは安定の味噌チャーシューか?」

 「うん、おれはそれと今日は餃子も食べようかな」

 「おー、いいね! 美味いもの食べて思いっきり超回復してやろうぜ」


ラーメンの提供が段違いに早いことで知られるこのラーメン屋は、僕らがそれぞれの注文をし終わった後、10分もしないうちに全員の分がそれぞれの目の前に並んだ。僕はここに来ると決まってこの味噌チャーシューメンを注文する。この店秘伝の味噌(僕が勝手にそう思い込んでいる)と、分厚く切られたステーキのようなチャーシューをこれでもかと麺の上に乗せていく。濃い味と肉が大好物な僕は、それを食べることで全ての食欲が満たされる感覚になる。今日は永井さんも僕と同じそれを頼み、今村と坂本は坦々麺を頼んでいた。僕らは水の入ったグラスを鳴らし合いながら乾杯をして勢いよくラーメンを口へ運んだ。僕と同じように目を輝かせる。やっぱりこの店のラーメンは、人間を中毒症状にさせる何かが入っていると思えるほど美味かった。僕らは夢中になってそれを食べた。


 「そういや、タクちゃんさ。あの彼女とは最近順調なの?」


隣に座る永井さんから唐突な質問が飛んできた影響で僕は盛大にむせた。


 「……だから彼女じゃないですって!」

 「そうなのか? あの時の彼女の目は、俺には彼氏を見ているようにしか見えなかったんだけどなぁ」

 「ホントだよ。タクちゃんばっかり見てるから、俺も悔しくていつもより強めにスパイク打って目立とうとしてたんだけど」


ニヤニヤした永井さんと今村が、僕をからかいながら餃子を頬の中に入れて頬張っている。坂本は表情を変えないままじっと僕を見ている。


 「うーん……。今は彼女じゃないです、かな」

 「お?」

 「……というと?」

 「大会が良い結果で終わったら、その勢いで伝えようかなと思ってるんですよ」

 「おー! 良いじゃん! 絶対上手くいく流れじゃん!」

 「どうでしょうね。あの人、坂本が推しとか言ってたし」


急に話題を振られた坂本は、いつもツンツンに逆立っている髪の毛が一層尖ったように見えた。


 「ウソつけ。一回も目合ってないし、第一それはその子の冗談だよ」

 「俺もそう思う。坂もっちゃんは見た目からしてチャラいもんな」


永井さんは口を大きく開けて笑った流れでまた一つ餃子を口に運んだ。


 「人をイジったついでに餃子食うな!」

 「はは。まぁまだどうなるかは分かんないっすけどね」

 「じゃあ次の大会はわざと負けるかぁ」


今村は食べすぎたのか、お腹を摩りながらそんなことをニヤニヤしながら言っている。


 「いや、今村それはダメ」

 「ハハ、分かってるって」

 「むしろ、前の練習試合みたいにさ彼女が応援に来てくれたらみんなやる気出るんじゃない? 単純なやつら多いじゃん?ウチのチーム」

 「へへ、永井さん、俺はその中に入ってないっすよね」

 「え? 坂本を筆頭に今村とタクちゃんとその他諸々って思ってたんだけど」

 「いや俺らも入ってんすか!」

 「永井さんもわりとそういうとこあるでしょ」

 「ははは。バレちゃしょうがないなぁ」


僕らの笑い声が一際大きく店内に響く。やっぱりこの人たちと話していると、僕はこのチームでいるのが心地よくなってくる。いつまでもいたくなる。だから、今日話そうとしたもう一つの話は、大会が終わってから話そうと心の中で決めた。


 「うし、じゃあ次の大会は絶対VCリライズにリベンジしような。あと、タクちゃんにオイシイところお膳立てしてあげようぜ」

 「はい。いつも打ちやすいトスをくれるタクちゃんに、今回はエースの俺からトスをやるよ」

 「タクヤ。その子と上手くいったら、その子に女の子紹介してくれるか聞いといてくれよ」

 「へへ、坂本のお願いは聞けるか分かんないけどみんなありがとうございます。今日でおれ、踏ん切りがつきました」

 「今年こそリライズに勝ちたいって思いは、タクちゃんが一番強そうだしな」

 「はい。強かったチームメイトを倒して僕らがてっぺんを獲りましょう」

 「てっぺん獲れたら祝勝会はここな」

 「そうだね。今度は全員で来よう。永井さんが奢ってくれるって」

 「おいおい聞いてない! 一応お前らも全員社会人だろ!」


僕らは笑顔のまま店を後にして、それぞれの車へ乗り込んだ。スマホを確認すると、五分前に吉田さんからメッセージが届いていた。

 『今日もおつかれさま!』

そのメッセージを見ただけで今日一日頑張ってよかったと心の底から思い、僕は車の中でしばらく余韻に浸った。それと同時に、そのたった十文字で僕をこんなにも癒してくれる彼女の言葉が本当に尊く思えた。

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