第21話 踏み出す勇気 #21

            ✳︎


 「ねぇ、吉田さん」

 「ん?どうした、森内くん」

 「明日は大会だからカツ丼食べに来たの?」

 「そうだよ?ゲンは担がないと!」

 「やっぱり?なんかさ、意外と吉田さんってそういう所あるよね」

 「そういう所って、どういう所?」

 「んー、おれらの父親母親世代の人たちが言ったりやったりすること的な?あんまり上手くは言えないけど」

 「私の家は大きい出来事がある前日は、カツを食べる習慣があったからだよ!もし森内くんが今ちょっと馬鹿にしたんなら、私も受けてたつよ?」


右手に持っていた箸をテーブルに置き、ボクサーみたいなポーツを取る吉田さん。こんなに可愛らしいボクサーが試合相手なら、殴るに殴れない試合になってしまいそうで少し笑えた。ついに大会を明日に控えた僕に、彼女が僕にエールを送ってくれるとのことで、仕事終わりに会ってくれた。わざわざトンカツをチョイスしてくるところに僕はほっこりと心が暖かくなり、自然と笑みが溢れた。


 「何笑ってんの」

 「いや、何でもないよ。馬鹿にもしてない。逆に吉田さんは流行の言葉や服とかに敏感なイメージがあったから意外だったんだよ」

 「私のどこにそんなイメージが?」

 「中学の頃だって一人だけスマホ触ってたじゃん」

 「いや、チハルも使ってたし」

 「山口さんが持つより前から使ってたでしょ」


彼女は、眉毛がつながりそうなぐらい真ん中に寄せながらそうだっけ?と言って首をかしげた。


 「そんな前のこと、逆によく覚えてるね」


その流れで僕を睨む綺麗な瞳と目が合って僕は無意識に膝に力が入って思いっきりテーブルを蹴ってしまった。


 「大丈夫?森内くん」

 「だ、大丈夫!一人だけスマホを触ってた吉田さんが妙に目に入っただけだから!あ、目に入ったってたまたまね!」


オロオロと話す僕を見る彼女は次の瞬間、口を塞ぎながら勢いよく吹き出した。


 「な、何?どうしたの?」

 「いや、慌ててる森内くん見るの何か新鮮だったから!そういえばその頃も、目が合ったらすぐ目を逸らしたりしてなかった?」

 「え?そうだったかな?よく覚えてるね」

 「あはは!森内くんの仕草を見てると、昔を思い出しちゃうんだよ!まぁ何はともあれ、カツ食べようよ!冷めちゃうよ」


そう言って無理矢理吉田さんは話を切り上げてカツ丼を手に取った。一番端に置かれていた小さめのカツを口に入れた彼女は、いつも綺麗な瞳をさらに輝かせて味わっている。


 「マジで美味い!絶対ここのリピーターになっちゃうな、私」

 「吉田さんがそんなに言うならよっぽど美味いんだろうな、ここのカツ」


僕も彼女を真似するように一番端っこにあった小さめのカツを口に入れた。その瞬間、僕の口の中にも大きな感動が押し寄せた。今まで食べた揚げ物の中で一番美味いと言っても過言ではない気がするほどだった。


 「あ、これは美味いね」

 「森内くん、それ本当に思ってる?」

 「思ってるよ。これがマジで美味いなって思ってる時の顔なんだよ」

 「あはは、いつもと変わんないね!」


確かに僕は感情が表に出にくいのは自分でも自覚しているが、今カツを食べた衝撃は彼女にも分かってもらいたかったから普段よりも大きな声でそれを伝えた。


 「こんなに美味しいカツを食べたら、明日の試合も絶対優勝だね」

 「それは気が早いよ。何なら食べ過ぎて胃もたれしちゃうかも」

 「大きい体してるのに森内くんはネガティブだねぇ」

 「慎重なんだよ、何事にも」


彼女はふーんと笑いながら言って会話を終わらせ、二枚目のカツに手を伸ばした。それを口に入れた途端、彼女はまた幸せそうな表情になって味わっている。


 「明日はさ」

 「ん?」


不意に話しかけた僕の目をまじまじと見つめる彼女の目に、僕は不思議と緊張することなくこのまま見つめ続けていたいと思った。


 「明日はベストを尽くすよ。だから、吉田さんも応援よろしくね」


僕の言葉を聞いた彼女の笑顔は、さっきよりも数段口角が上がった。そこに本当に花が咲いたように明るく綺麗な笑顔だ。むしろ、花よりも綺麗で見惚れる笑顔がそこにある。こんなことを本人に伝えると、それを聞いて彼女は一層笑ってくれそうだったけれど、流石に伝えるのは恥ずかしかったのでやめておいた。


 「もちろんだよ!一番目立つところで森内くんの名前を呼んであげるよ」

 「い、いやそこまではしなくても」

 「あはは!大丈夫。私も空気は読めるから」

 「でもありがとう。おかげで明日、頑張れそうだよ」

 「それなら良かった。優勝したらまた、こうやってご飯食べに来て祝勝会しようよ」

 「うん。絶対しよう。祝勝会っていっても、また二人でご飯でもいい?」

 「うん。私もそっちの方がいいな」

 「じゃあそうしよう」

 「うん!」


それから僕らは少しだけ話をしてから会計を済ませて店を出た。もう少し彼女といたかったけれど、明日は僕も早起きなので早めに家に帰って明日に備えてほしいという彼女の言葉もあり、素直にそれに従った。欲を言えば、彼女を家まで送り届けて今日を終える最後の瞬間まで彼女の顔を見ていたかったけれど仕事終わりなので仕方がない。また明日、会場で彼女に会えるのを楽しみにして今日はぐっすり眠ろうと決めた。彼女も家に着いた頃だろうか。彼女も明日は早起きになるだろうから、ゆっくり体を休められるように祈りながら僕は家に帰った。普段は家に帰る頃には彼女からのメッセージがスマホに届いているが、今日はまだ届いていなかった。それなら、朝起きてからの楽しみにしておこうと決めて僕は体を休めた。大会の前日に感じる独特の高揚感と、彼女が見に来てくれるドキドキとした感情が心の中で混じり合ってなかなかすぐには寝つけなかった。

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