第22話 踏み出す勇気 #22
普段よりも音を大きめに設定したアラームが部屋中に勢いよく鳴り響いた。音の鳴る方にゆっくりと手を伸ばし激しく鳴るそれを止め、もぞもぞと体を動かす。まだ夢の中にいるような感覚で瞼を少しずつ開く。アラームを止めた流れでスマホの画面を確認する。
いつもは朝に吉田さんからメッセージが来ているが、今日は珍しく届いていなかった。いつもより早い時間だからまだ彼女は目を覚ましていないのだろう。試合までにはメッセージが届くことを期待しながら僕はベッドから降り立った。
顔を洗って歯を磨く。試合の日の朝食は卵かけご飯を食べてエネルギーを蓄える。ボサボサの髪の毛を整え、ワックスをつけて気合を入れる。持ち物に忘れ物がないかを入念に確認した。全ての準備が整い、僕は家を出た。
さぁ、今日は決戦の日だ。いつもより強めにアクセルを踏んで僕は車を走らせる。赤信号で止まっている時にスマホの画面をちらり感じと確認するも、やはり彼女からのメッセージは届いてはいなかった。
試合前に気を紛らわせないように彼女が配慮してくれているのだとしたら、それはむしろ逆効果だ。彼女からのエールを一番欲している僕は、彼女からのそれを今か今かと心待ちにしているような気分になっているのに気づいた。駄目だ。こんな状態で会場に着いたら、雑念が入って集中しきれないまま試合をしてしまうかもしれない。無理矢理に試合モードへと気持ちを切り替えた僕は、それからは一切スマホを見ないように決めた。そして、スマホの側面にあるボタンをマナーモードの方へスライドさせた。
✳︎
普段はガラガラの観客席も、今回は今年で一番規模の大きい大会ということもあって空席を探す方が難しいぐらい観客が集まっていた。ガヤガヤと館内に響くギャラリーの喧騒だけで、僕は高校生の頃にタイムスリップしたのかと錯覚してしまいそうだった。
緊張はもちろんしているが、それよりも高揚感が圧倒的に勝り、すぐにでも試合をしたい気分になっていた。まだ開会式も始まっていないウォーミングアップの段階で、僕は既にシャツにじんわりと汗をかいていた。永井さんがそれを見て、タクちゃん気合い入りすぎと茶化してきたので、一人だけ季節間違えましたねと面白くもない言葉を返した。メンバーの動きを見ていると、思いの外全体的に緊張はしていないようで普段よりもボールが落ちないで繋がっている気がする。
「タクヤ。ユカリちゃんは来たのか?」
坂本が鋭い目つきで僕を見た。こいつのレシーブだけはいつ見ても尋常じゃない安心感がある。
「さっきからおれも探してるんだけどまだ見つけられてない。昨日からメッセージも返ってきてないんだよね」
「そっか。何かサプライズされんのかな」
「ハハ、されても今日は試合のこと以外考えられないよ」
「フフ、タクヤらしいな」
「坂本も吉田さんが見にきてほしい?」
「そ、そりゃあな! 可愛い子が応援してくれる方がモチベ上がるだろ!」
「ハハ、相変わらず素直だね」
「うるせ。トスミスんなよ」
「うん。任せといて」
スパイク練習に入り、チームメイトにトスを上げる。今日は指とボールとの接地面も大きく感じるし、指先まで感覚がしっかりしている。僕自身も悪くないコンディションだ。それに、スパイカーたちも久々の大会でテンションが上がっているのか、いつもよりも角度のついたスパイクが打てている。
ひょっとすると今日はひょっとするかもしれないと期待をするとあまり良くないことは分かっているが、そう思えるほどに僕らは良い状態だった。しばらくすると審判員が高らかに笛を吹き、間もなく開会式が始まるというアナウンスが館内に響いた。
僕らはテキパキとボールを片付け、チームジャージを羽織って開会式に備えた。ギャラリーを見渡してしまうと、どうしても彼女を探してしまうので僕は必死に視線を上にあげないようにした。いよいよ大会が始まるんだ。気を引き締めろ。僕は心の中で自分を鼓舞して一試合目に備えた。
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