第9話 あの頃と今 #9
✳︎
「タクヤくん、好きな人できた?」
店を閉め閉店作業をしていると、アスカさんが唐突にそうやって話しかけてきた。その質問を聞いた僕は左手に持っていた皿を危うく滑り落としそうになった。
「な、何言ってんすか? 急に」
「いや、なんか最近タクヤくん顔色変わったなーって思って」
心当たりはある。むしろ心当たりしかないが、とりあえず今はそういう質問はまともに返さないでおこう。あの同窓会の次の日に行われた大会で思った以上のバレーがチームメイト全員と出来たから自信に繋がったのかもしれないし、とわざと気を紛らわせて少しずつ気持ちを落ち着かせて口を動かす。
「あぁ、バレーの大会で良い形が出来たからじゃないっすかね」
「あ、勝てば全国って言ってた試合か。もしかして全国大会決まったの?」
「あぁ、いや。決勝で負けちゃって結局行けなかったんですけど、何かこれから自分たちがやるべき課題みたいなのが見つかったなって思って」
冷静に話せている。と、僕は思っているがアスカさんは僕の返答に納得がいっていないような顔で僕をじっと見つめる。
「な、何ですか?」
「ううん。やりたい事あるの、羨ましいなって思ってね」
アスカさんから意外な返答が返ってきたおかげで僕の心境は幾らか落ち着いた。
「アスカさんは無いんですか?」
「無いよ。まぁ強いて言うなら、これからずっと一緒にここを経営していくパートナーみたいな人が見つかればいいなって思うけど」
「それって彼氏ってことですか?」
「むしろ旦那? あはは、まだ夢のまた夢みたいな話だけどね」
「アスカさんに彼氏が出来ないの、ほんとに不思議です。優しいし可愛いのに」
「それは私も思ってる。けどね、私多分男運が無いんだよね」
アスカさんは確かに可愛い。実際、アスカさんと話すためだけに店に来る客も数人ではない。だが、アスカさんは彼氏や好きな人が出来たと聞いたためしがない。少なくとも、僕がこの店で働くことになってからは一度も。
「そういうタクヤくんこそ彼女、作らないの?今のままじゃ宝の持ち腐れだよ」
「あ、あぁ今は自分のやりたい事を自由にしたいですから」
「そんなこと言ってたらあっという間にオジサンになっちゃうよ」
「は、はは。確かにそりゃマズいですね」
僕の勘違いかもしれないが、今日のアスカさんはいつもより機嫌が悪い。仕事中はいつもと変わらない感じだったのに。僕が今、変なこと言ってしまったかな? そんなことを考えながら手を動かし閉店作業を終えた。
「今日もありがとう。ゆっくり休んでね」
「はい。アスカさんもお疲れ様でした。おやすみなさい」
服を着替え、アスカさんに挨拶をしてから僕は店を出た。スマホの画面を確認すると、時刻は二十二時を超えていた。その流れで時間の下を見ると、一件メッセージが届いていた。送り主を見た僕は、文字通りその場で立ち尽くした。
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