第8話 あの頃と今 #8


 「みんなお疲れ! 今日は集まってくれてありがとう。またすぐに集まろうな!」


あっという間に時間が過ぎ、お開きになった平松くんの家の居酒屋を出たヒロキがみんなの前に出て締め括った。みんなの顔の色は辺りが暗くて分かりづらいけれど、表情なんかは酒に飲まれている人がほとんどだった。吉田さんは山口さんと肩を組んで夜には似合わない向日葵のような笑顔を咲かせていた。彼女とは結局、最初に少しだけ話したきりでその後は全く話すことが出来なかった。


 「ヒロキ、ありがとう。みんなのためなら、ここはいつでも貸切に出来るから」

 「ハハ、平松もありがとうな。これからも言葉に甘えると思う」

 「ヒロくん、またすぐにやってよ。私、まだみんなと話し足りないからさぁ!」

 「吉田は来るの遅れたもんな。じゃあ今度は誰よりも早く来てくれよ」

 「んー、それは無理! 私、昔から遅刻癖あるし」

 「あぁ、あったあった。懐かしいな!」


店の前で二次会が始まりそうな勢いで、再びみんなの声が大きくなり始めた。僕は彼女と気軽に話せるヒロキを素直に羨ましく思った。彼女はあんなに色んな人と話していたのにまだ話し足りないのだろうか。人気者の体力は沼のように底無しだ。


 「まだまだ話し足りないから今からカラオケでも行かない?」


下村さんがそう言ったのを待ってましたと言わんばかりにみんなすぐに賛成の歓声を上げた。もちろんヒロキも絶対に行くと言い出した。歌うのが苦手な僕だけれど、今日はもう少しだけ吉田さんの顔を目に焼けつけておきたかった。だが、僕はもう帰らなければいけない理由がある。


 「ごめん。みんな、おれは今日ここで帰るよ」

 「おいタク。そりゃ無いよ。みんな、まだまだお前とも話し足りないって顔してるぞ」

 「うん。おれもまだみんなといたいとは思うんだけど、明日、バレーの大会なんだよね。あ、正確には日を跨いでるから今日か」


さっき時間を確認したら、すでに0時半を過ぎていた。そう、僕は明日(正確には今日)バレーの大会がある。久しぶりの公式戦で、勝てば上の大会に繋がることもありチームメイトのモチベーションも高くなっている(そもそも大会の前日に同窓会みたいなことをしている自分に問題がある)。だから、何としても僕も明日は大会に行かなければいけない。もどかしさと葛藤が心の中で暴れ回っているけれど、僕の理性はそんな感情や酒にも負けることはなかった。


 「マジかよタク。それ、初耳だぞ?」


ヒロキも本気で驚いている顔をしている。無理もない。誰にも言わなかったのだから。


 「ごめん。言ってなかったね。そう、明日は勝てば全国大会に繋がる試合があるからどうしても今日は帰らないといけないんだ。みんなと遊びたいのは本当だから、また是非おれも誘ってほしい」

 「もちろんだよ。森内くん」

 「うん。タクヤいないとヒロキが調子狂うだろうしな」

 「そもそもタクヤくんいないと、女子のテンションも下がっちゃうよ」

 「おいおいそう聞いた俺たちはどんな顔をすりゃいいんだよ」


そう言って本気で困ったような顔をするヒロキを見て女性陣たちが笑い声を上げた。吉田さんも同じように笑っていた。本当はもっと早く帰るつもりだった。のに。彼女を見ていると帰ることがどうしてもできなかった。それ以上に、もっとここにいたいと思ってしまっていた。


 「ごめんね。そういうわけだからまた絶対近いうち同窓会開いてね、ヒロキ」

 「あぁ、今度はお前の次の日の予定聞くよ」

 「ハハ、ありがとう。おれが先に言うよ。じゃあ行くな。みんなまたね」


僕はそう言ってみんなに見送られながら停まってくれたタクシーに乗り込んだ。ちらっと帰り際に窓から吉田さんの方を見ると、彼女もみんなと同じように僕の方を見つめていた。僕一人だけ帰るのだから見つめられるのは当然だろうけど、僕にはそれが何だかとても嬉しかった。


 「どちらまで行かれますか?」


同級生とばかり話していたものだから、急に落ち着いた運転手の声を聞いた僕は一気に現実に戻された気持ちになった。


 「あ、川俣町にある鈴森(すずもり)公園までお願いします」

 「かしこまりました」


タクシーが動き出し、僕もみんなに応えるように手を振った。タクシーに揺られている間、僕はさっきまでの時間を思い出していた。ヒロキに会うの自体も久しぶりだったし、中学時代の顔ぶれに会うのももちろん久しぶりだった。数えるくらいの人数としか話さなかったけれど、僕にとってはさっきの時間はとても楽しいものだった。特に吉田さんと目を見て話すことが出来ただけで僕は満足だった。


昔は彼女と話すのも緊張してしまっていた僕が驚くべき進歩だったと自分を褒めたい。一つ心残りがあるとすれば、もう少し彼女と色んな話をしたかった。そんな感情が今もあるけれど、結果的には彼女がみんなと楽しそうに話しているところが見れて嬉しかったのが一番かもしれない。最後まで僕を見送ってくれたし。


 「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」

 「ありがとうございます」


平松くんの店から僕の家までは数十分ほどかかるはずなのに、さっきのことを考えていたらあっという間に僕が指定した公園に着いていた。タクシーから出ると、程よく涼しい夜風が僕の体の中に溜まった酒や身に纏ったタバコの臭いなんかを軽やかに吹き去ってくれているように感じて心地よかった。僕はスマホを開き、グループトークにいる吉田さんのプロフィール写真を眺めながら家に帰った。ピースサインを作り笑顔で写る彼女の顔を見ているだけで明日の試合も頑張ろうという気持ちになれた。我ながら今日の僕は単純らしい。

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