第36話 Last 再び動き出した時間 #36
「えーっと簡単に言うと、あの薔薇の花束はいつかの約束を受け取ってもらうための交渉品のようなもので、今は付き合うまでの段階だったってこと?」
「まぁそういうことだな!まだ俺とアスカさん、正式に付き合ってなかったし」
「ややこしすぎでしょ!白いスーツといい、さっきの花束といい!」
「いやぁ、でも良かった!アスカさんにOKもらえて!」
ユカリを嘲笑いながら、ヒロキは満面の笑みを浮かべてピザを頬張っている。そんなヒロキをユカリはあっけにとられた顔で見つめている。
「NOだったらヒロキ、どうしてたの?」
「どうしてたんだろうな。OKもらえるまでこういうことするつもりだったんじゃないかな」
「ほんとにクラッカーだけはやめてよ。あの音を聞くと心臓飛び出そうになるから」
「あはは!アッちゃんのびっくりした時のジャンプ、めっちゃ可愛かったけどなぁ」
「ユカちゃん、それは可愛くない」
僕らはアスカさんを祝うために用意したクリスマスディナーみたいに見える料理たちと、四人で食べきるのは苦労しそうなほど大きいチーズケーキを目の前に眺めながら笑い合っている。
「それはそうと、北村くん。何で今までアッちゃんに告白しなかったの?」
「それは私も聞きたかった」
ユカリとアスカさんが、まるで姉妹のように同じ表情で目を丸くしながらヒロキを見つめた。
「自信無かったんだ。アスカさんの心の中にはまだ、他の好きなやつがいるって思ってたし。だから、俺は毎日少しずつ俺が出来ることをアスカさんにすることで少しでもその好きなやつに勝ちたいって思ってた」
「ヒロキくん、まさか」
「その好きなやつも誰かは言われなくても分かってるつもりでした。俺の勘が外れてなければ」
ヒロキは目の前にある掌二つ分くらいある大きなピザを手に取って齧り付いた。
「ピザ、今食べる?」
ユカリが笑いながらヒロキを見る。
「ちょっと食べたくなって」
「照れ隠しだよ。ヒロキの」
「ち、ちげぇよ!」
動揺すると鼻の頭を撫でるのもちっとも変わっていないヒロキに笑えた。
「んで、アスカさんの手伝いをここで続けていくうちにアスカさんが俺を見る目が前より変わったなって思う時があったんです。これは本当に俺の勘ですけどね」
「うん」
「それからアスカさんは俺の話を聞いてくれることが増えた。目を見て話をしてくれることが増えた。笑ってくれることが増えたから、俺も自信が持てたんです。今なら俺、勝てるんじゃないかって」
「なるほどね」
「ヒロキって意外と人の細かい仕草とかに敏感なんだね。初めて知ったよ」
「一言余計じゃねえか。タクさんよ」
「でもヒロキくん、一個大きな勘違いがあるよ」
「え?」
「ヒロキくんは結構前から私の好きだった人に勝ってるよ。多分、キミがそうやって気づく前からね。だから正直、いつ言ってくれるんだろうなって思ってた」
「えぇー?読み外れてた?俺」
アスカさんとユカリは同じタイミングで笑いが起き、同じタイミングでコーヒーに手が動いた。
「まぁでも今日、キミが言ってくれたから私も最高の誕生日になってるよ」
「それは人生で一番ってことですか?」
「うん。ダントツでね」
「よおぉっしゃあぁあー!!」
「ヒロキうるさい」
「ヒロキくん、この部屋防音性あるけど時間帯考えてね」
「はい!すいません!」
「あはは!今のやりとり見て北村くんとアッちゃん、ほんとにお似合いだなって思えちゃった」
僕らのテンションと比例するように、目の前にある豪華なラインナップは次々と僕らのお腹の中へ消えていった。
「てかユカちゃんとタクヤくん、本当に良いカップルだよね。それこそ結婚の話も近かったりして?」
「いや。それはまだないね」
「おぉータクヤくん。そこはズバッと言うんだねぇ」
「アッちゃん。タッくんには夢ができたの!いや、夢を思い出したっていう方がしっくり来るかな?」
「お?というと?」
「はい。俺、来年の四月からプロバレーボーラーになります。んで、そのチームで優勝することが夢になりました」
「おぉー!すごいじゃん!何か私、今の話聞いたらまた泣けてきちゃったんだけど何で?」
「アッちゃんも昔からタクヤくんのファンだからでしょ!」
「だからアスカさん。おれ、来年の三月にはここを卒業して新しく東京に行ってそのチームを経営してる企業の元で働きます。このタイミングで突然言ってしまってすいません」
「あはは、何か今日は色んな話があってついていけないや、けど、タクヤくんもおめでとう。だよね?」
「へへ。そうですね、ありがとうございます」
「アッちゃん、それで四月からは私がここで働いてもいいかな?」
「え?ユカちゃん今の仕事は?」
「タクヤくんを見て、これを機に私も新しいこと始めたくなっちゃってさ!それで、アッちゃんさえよければ私をここで雇ってくれないかな?そしてあわよくば、色んな料理を教えてください!」
「ユカちゃん、ズバリ狙いはそこだね」
「ユカリ、レパートリー少ないんだ。アスカさん」
「タクヤくん。そこは黙っていようか!シンプルにアッちゃんと一緒に仕事をしたくなったんだよ!」
この空間で笑っている僕は今、「青春」というものを味わっているのではないかと刹那的に感じた。これまではバレー漬けだったあの高校生活を「青春」だと思っていたし、当時の僕が好きだった人たちとの楽しかった思い出は間違いなくそれが全てだった。だが今は、こんなにも違う形で僕が好きな人たちと大きな声を出して笑い合っている。僕はこの瞬間が人生で一番楽しくて幸せな「青春」を過ごしていると自信を持って言えそうだった。でもこの人たちは僕が急にそんなことを言い出すと、絶対に茶化してくるだろうから僕は心の中だけに留めてその気持ちを大切にしまっておくことにした。
「タク。この街も離れんだな」
「うん。でも、ユカリには会いたいし、ここにもこうやってお邪魔したいから週末はなるべくこっちに帰ってくるつもりだよ」
「そっか。じゃあこの四人でまた近いうちこうやってパーティが出来るな!」
「もちろん。次はおれが誕生日近そうだから期待してるね」
「私たち、サプライズとかは絶対出来ないから前もって言っておくね!」
「ふふ。クラッカーはいらないよ」
「タクヤくん、何言ってんの?絶対用意するから」
「アスカさん、サプライズって知ってる?」
僕らの笑い声はそのまま絶えることなく時間が過ぎていき、時計の針を見るともうそろそろ日付が変わろうかとしている時間になっていた。
✳︎
「じゃあそろそろ帰ろっか。ユカリ」
「そうだね。私、タクシー呼ぶね!」
「え?二人とも泊まっていっていいよ?」
アスカさんは寂しそうに僕らを見つめた。
「いやいや、今日は記念すべき日ですから。邪魔したら悪いです」
「そうそう!またすぐこうやって集まったらいいんだし!」
アスカさんは困ったように眉毛を曲げながら黙り込む。僕とユカリがニヤニヤしながらヒロキの方を見ると、ヒロキは徐にスマホを天井にかざして叫んだ。そしてゴソゴソと自分のバッグを漁り出した。
「じゃあ今日最後に写真撮ろう!みんなで」
「はは。ヒロキがしそうなことだね」
「ちゃんと脚立用意してあるあたり笑えるよ!北村くん、さては確信犯だな?」
「いやいや。俺のバッグにはいつもスマホ用のスタンドが入ってるだけだから!さ、みんなこっち」
ヒロキが配置を決めながらスタンドを置き、僕らは身を寄せ合ってカメラのフレームに収まる。
「んー、みんな全体的にもうちょい右!タクがもうちょい左寄って、アスカさんはもうちょい右で吉田にくっついて!」
「何か専属のカメラマンみたいだね」
「相変わらず北村くんは完璧主義だね!」
「せっかくなら良い写真撮りたいだろ」
ヒロキはカメラをセルフタイマーにし、ボタンを押すと駆け足で僕らの方へ寄りアスカさんの横に立った。
「5、4、3、2、1」
ヒロキの掛け声が終わるとともにスマホが激しく光った。ヒロキが再び駆け足でスマホを確認しに行き、その出来栄えを眺めている。
「うん!いい感じ!背景のクリスマスツリーも抜群にエモい!」
「エモい言いたいたけでしょ」
「はは、アスカさん言えてる」
「いやぁでも北村くん、確かにこれは良い写真だ!私、宝物にしよっかな!」
「それはユカリ、大袈裟じゃない?」
「だって私とアッちゃん、めっちゃ可愛く映ってるじゃん!」
「理由そこかよ!」
「あはは!嘘だよ、みんないい顔してる」
大きな声で笑うユカリの笑顔を見つめながら、僕も今撮った写真を宝物にしようと密かに決めた。ふと時計の方に目をやると、いつの間にか日付が変わっていることに気づいた。僕にはそれが、僕の中で生まれた新しい「青春」が動き始めた日になった気がした。
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