第12話 あの頃と今 #12
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「今日はまたどうしたんですか?」
今日も練習試合を終えた後に谷口とジョッキを豪快に鳴らし終えて通しの枝豆をつまんだ。つい最近に感じる先日の晩酌会も、正確に数えると二ヶ月くらいは空いている。時間の流れの早さにつくづく怖くなる。
「この前飲んだ時、昔の話したろ? あれから少し進展があってさ」
「おー! あの強かった世代の生徒たちの話ですか?」
「あぁそうそう。最後らへん、森内の話題になったろ? アイツが今何してるか分かったよ」
居酒屋にいる客全員が振り向きそうな勢いで谷口は奇声ともとれる声を上げた。うるせえよと顔で言ってみると、谷口は恥ずかしそうに頭を押さえながら笑った。
「ごめんなさい……。つい興奮してしまって。何で分かったんですか?」
「一ヶ月ほど前に行われたクラブチームの大きな大会があったんだけど。そこの準優勝チームのセッターにアイツがいた」
「あぁあの社会人たちがやるチームたちの大会ですよね? 尾形先生、見に行かれたんですか?」
「あぁ。この前こうやって話してて話題が出たもんだから気になっちゃってさ。それでちょうどいいタイミングで大会があるって聞いてせっかくなら行ってみようって思ったんだよ。そしたら、その大会に森内が出ていたんだ」
「へえぇー! やっぱりあの子もまだ続けてたんですね! でもよく分かりましたね、十年前の教え子を。髪型とか身長とか変わってたんじゃないんですか?」
「色んなもんが変わってたよ。でも、やっぱり私は自分が教えた生徒はすぐに分かるんだよ。見間違いなんてもちろんしない」
「フフ、流石尾形先生だ。で、どうだったんですか? 森内くん。流石に現役時代の輝きは失ってましたか?」
「いや、その逆だよ」
「え?」
「アイツ、今も誰かに教えてもらってるのか分からないが、昔よりも洗練されたプレーが出来てたよ。体力も衰えているようには見えなかったし、頭で考えたプレーに磨きがかかってた。あれは学生の頃には出来なかったね。少なくとも中学時代の頃には」
「……すごいですね、彼はもう毎日部活をしているわけでもないのに。ましてや尾形先生にそこまで言わせるなんて」
「いや、あんたもあんまり買い被っちゃダメだよ。私ももう歳だしね」
「何を言いますか、まだまだ尾形先生も現役バリバリですよ! 練習試合中の怒鳴り声で僕ら他のチームの生徒たちも背筋が伸びてますからね」
「フフ、時代が違う指導法をしているとは自分でも分かってるよ」
「いやいや! むしろ、尾形先生にしかもう出来ない指導法だと思ってますよ! 僕は!」
「そんだけ褒めても奢ったりしないよ」
「あれ、気づかれちゃいましたか」
酔っ払いの笑い声にも負けないぐらいの声量で谷口も笑った。それにつられて私もぷっと吹き出してしまった。
「それはそうと、尾形先生」
「ん?」
「真柴監督にはこのことを伝えてもいいですか?」
谷口の目が輝いている。まるで、楽しみなことを頭の中で想像している子どものような目で私を見つめている。
「それは私がいいか駄目かを言う立場じゃあないと思うけど」
「んー、やっぱりあの生徒たちには尾形先生の印象が強いですから。許可を取る必要があると思いまして」
「私にはそんな権限あるわけないよ。ただ……」
「はい?」
「フフ……。教え子が輝く姿を見られるのは悪い気はしないと思ってね」
私につられて谷口も笑った。
「そう言うと思いましたよ、尾形先生は」
「お前は私の何なんだ」
「アハハ、一番弟子ですかね!」
谷口の笑い声は、この居酒屋にいる誰よりも大きな声になっていた。私はこの前の大会の時に見た森内のプレーを思い出しながらまたビールのジョッキを一つ空にした。
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