第24話 第3章 絶望と希望 #24

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 気が動転していないといえば嘘になる。僕は必死に心を落ち着かせながら急いで体育館を出た。数分前に一試合目が終わり結果的に勝利で終えた僕らだったが、観客席の自分の荷物を置いた場所へ戻り久々にスマホを確認すると、そこには見たことのない電話番号から何件も着信履歴が届いていた。折り返して電話をかけると、何故かその相手は警察からだった。


 吉田ユカリさんが交通事故で病院へ運ばれた。君と彼女がメッセージをやりとりしているのが最後だったのを彼女のスマホから確認した。


とのことを電話越しで伝えられた瞬間に、僕の脳内は一気に混乱した。体ごと洗濯機に入れられてぐるぐる回されているような感覚になった。必死に理性を保ちながら僕は警察が教えてくれた搬送先の病院へ車を走らせた。


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 病院に着き、慌ただしく入り口を入っていくとエントランスに警察官が三人腕を組んで立っていた。僕を見つけると、全員が僕の方へ歩いてきた。僕と身長はあまり変わらない大柄な警察官がどうもと僕に頭を下げた。


 「森内タクヤさんだね?」

 「はい」

 「失礼。吉田ユカリさんのスマホからあなたの顔を確認させてもらった」

 「彼女は……! 無事なんですか?」


 口の中は乾ききった砂漠のような状態で警察官に開口一番尋ねた。すると、警察官は僕と目を合わさずに俯いたり帽子で顔を隠したりして僕と向き合うことを下げているように見えた。


 「分からない。今日の未明に緊急搬送されてから手術は止まることなく続いているんだ」

 

 警察官が話す内容はもちろん事実なのだろうが、僕はそれを受け入れられる余裕が無かった。


 「彼女とは昨日、夜遅くまで会ってたよね? 彼女はそれからすぐには家に帰らなかったみたいだ。彼女は実家の近くにある公園の駐車場に車を停めてその周辺を歩いていた。


その狭い道幅の道で彼女は車に轢かれた。事故現場の近くにそれらしきタイヤのブレーキ痕が残っていた。決して大きなサイズのタイヤの痕ではなかったようだが詳しくは調査中のようだ。


彼女はそのまま道に倒れていたところを、事故の衝撃音に反応した住民に運良く発見されてここへ搬送された。犯人は逃走中だ。知っているとは思うが、発見された彼女は上下共に黒い服を着ていたために、その乗り物の運転手も彼女に気づくのが遅れて事故を起こしてしまった可能性もある」


思い返すと、確かに昨日の吉田さんは黒いワイドパンツに淡いグレーのシャツを着て、その上から黒いカーディガンを羽織っていた。だからといって、彼女もまさか自分が事故に遭うとは思わなかっただろう。そもそも彼女は何でそんな所にいたのだろう。僕と分かれてからすぐに向かったとしても、時計は0時を回っているぐらいだと思う。


 「ごめんね。単刀直入に聞くが、君は彼女の恋人?」


言葉の通り、僕の心中を両断するように警察官の声と目線が僕の方を向いた。


 「いえ、違います。仲の良い元クラスメイトです」

 「...そうか。彼女と会っていた際に、何か思い詰めているような心境には見えなかった?」


あなたたちが彼女の何を知っているんだ。僕は目の前の彼らに芽生えた怒りを必死に心の中で抑えながら理性を保つ。


 「はい。今日が僕が出場するバレーボールの大会でしたので、その前にモチベーションを上げてくれるような話をしてくれていました。なので、いつもと変わらず彼女は元気でした」

 「そうか。悪かったね。何も知らないまま聞いてしまって」

 「いえ」

 「だが、それよりも彼女は何故そんな時間に一人でそこを歩いていたのだろう」

 「それは僕も彼女に聞きたいです」

 「そうだよな。今は彼女の意識が戻ることを祈ろう。ごめんね、こんな事しか言えなくて」

 「いえ」


僕と警察官の方たちは、それから一度も手術室の前を離れることなく、ただ手術が終わるその瞬間を待った。いちいち時間は確認していないが、相当長い時間待っていることだけは分かる。先ほど話した大柄の警察官が、ペットボトルに入ったお茶を差し伸べて僕に近づいてきた。


 「バレーボール、俺もしてたんだ」

 「そうなんですね。身長、大きいですもんね」

 「あぁ。取り柄はそこだけだよ。唯一の取り柄だったバレーの試合中に俺のバレー人生は突然終わった。靭帯を切っちゃってさ」

 「そうですか」


気を遣って僕に話しかけてくれているのだろうし、思っていたよりもまともな警察官だとは思った。だが、この人には悪いが僕は今それよりも彼女のことだけしか考えられなかった。僕はこの人がくれたペットボトルの蓋を開けることにも意識がいかずに、ひたすらただその時を待った。そして、その瞬間は突然に訪れた。手術室のドアが開き、携わっていたのであろう医者が僕らの前に歩いてきた。大きく息を吐きながらゴム製の手袋を外し、青色か薄い緑色か分からない薄い被り物を脱ぎながらその人は笑った。


 「手術は無事終わりました。直に目が覚めるでしょう」


僕はその言葉を聞いた瞬間、目の前にいるこの人が神様か何かにしか見えなかった。流れる涙を止めることが出来ずに僕は鼻水を垂らしながら深々と頭を下げた。


 「ありがとうございました...」

 「ありがとうございました。先生、彼女に後遺症なんかは?」

 「幸いにも大事に至るような容体ではありませんでした。ただ、複数箇所骨折をしているのでそのケアをこれからしていくことになるでしょう」


主治医らしき先生は僕らにそう告げると、ゆっくりとした足取りで僕らの元から去っていった。慌てて手術室に入ろうとした僕だったが、彼女はこのまま病室へ運ばれるようでそこへ向かうように女性の看護師から促された。僕は、張り詰めた緊張から解放されて倒れ込むように再び椅子へ座った。その様子を見た警察官が優しく笑った。


 「無事終わって良かったな、手術」

 「は、はい」

 「彼女にはまた改めて事故の情報を聞こうとするよ。今は君が側にいてやるんだ」


僕にそう告げると、警察官は被っていた帽子を脱いで僕の方へブラブラ振ると、「またな」と僕に言うと僕に背中を向けて歩き始めた。


 「あの」

 「ん?どうした?少年」

 「何で今までいてくれたんですか?」


僕がそう尋ねると、その人は広い肩幅を小刻みに震わせながら笑った。


 「仕事をこなすだけが警察じゃないんだよ。あ、彼女にはまた顔を出すと伝えといてくれ」


軽く敬礼したようなポーズを僕に向けてからその人は去っていった。時計を見ると、あの警察官とは五時間近く一緒にいたことに気づいた。バレーボールの話を少ししただけで、それ以降まともな会話をせずに僕の近くで一緒に見守ってくれていた。今度会う時があれば、絶対に今日のお礼をしようと決めた。僕はあの警察官のおかげで気持ちが潰れずに済んだ。僕は心の中でそう考えながら彼女が運ばれていった病室へ向かった。そして、すぐにでも彼女の顔が見たくなった。

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