第17話 踏み出す勇気 #17


 「いやぁ、美味しかったね!」

 「うん、もう何も食べたくない」


食べ放題の店を選んだものの、制限時間いっぱいまで肉を注文し続けたのだから僕らの胃袋が悲鳴をあげても仕方がない。体勢を変えるだけでも息がしづらくなるほど今は余裕がない状態だ。我ながら今日はよく食べた。


 「意外といっぱい食べるんだね、吉田さん」

 「うん、私食べることが好きなんだ。食べ放題なら尚更いっぱい食べちゃう」

 「元をとるんだみたいなことを考えてるの?」

 「んー、それもあるけど単純に美味しいものをいっぱい食べたいからかな? 明日から体を追い込んだり、食べ物の誘惑に勝たないといけないけどね」

 「ストイックだね」

 「太りやすいからさ、私」

 「そうなの? 全然そんなこと無さそうなのに」

 「ふふ、そう見えるなら私の努力は結果に出てるみたいだね!」


ガヤガヤと騒がしい店内の声に混ざり合うように僕らの笑い声も溶け込んでいった。


 「さぁ、そろそろ話してもらおっか」

 「あぁ、うん。話そっか」


体勢こそだらんとリラックスしているものの、彼女の輝く瞳はしっかりと僕を見つめている。僕は深呼吸をして覚悟を決めた。


 「おれさ」

 「うん」

 「今のままの生活を続けるか、険しい道のりを挑むか最近毎日考えてるんだ」

 「今のままっていうのは喫茶店で働いて趣味でバレーをするって生活?」

 「うん、まぁ大体そうだね」

 「険しい道のりっていうのは?」

 「……プロのバレーボーラーを目指す」

 「へぇー!」


彼女はもう答え出てるじゃんと言って笑いながら僕を見つめ続ける。


 「でもね、踏ん切りがつかないんだ。自分じゃあ分かってはいてもね」

 「森内くんは何が一番ネックだと思ってるの?」

 「おれさ、今日をもってありのままの自分を吉田さんに知ってほしいなって思ってるんだ」

 「うん」

 「今から言うこと、笑わないで聞いてね」

 「もちろん。人の真剣さは目を見たら分かるよ」

 「さすがメンタルカウンセラーだね」

 「心理カウンセラーだよ、惜しかったね」

 「はは。惜しかった。そう、おれね、元がのんびりした性格なんだ。だから、正直いざプロを目指すとなると、確実に変わる生活リズムのことが一番引っかかってるんだ」


彼女は、僕のだらしない言葉を一字一句真正面から受け止めるように僕の目を見つめ続ける。さすがに照れくさくて僕は視線を逸らしながら彼女に届ける言葉を選んだ。


 「小、中、高とバレーボールに打ち込んだ反動で、今は楽をしたいって気持ちがどうしても生まれるんだ。朝はゆっくり起きたいとか、仕事は夕方や遅くない時間までにしたいとか、土日は休みがいい、とかね。話し出すと止まらないかもね」

 「中学時代の森内くんを、隣のコートからたまに見てたりしたけどバレーをしてる時は本当に楽しそうにしてるように見えたけどな」

 「バレーは好きだよ。今でも変わらず。そこは自信を持って言えるかな」


僕が笑顔を作ると、彼女も負けじと夜の空に花火が打ち上がったように華やかな笑顔を咲かせた。彼女の笑顔は本当に魅力的で見惚れるが、それよりも中学時代に僕のことを隣で見てくれていたという事実が何よりも嬉しくその言葉がいつまでも耳の近くでリピートされている。


 「あーしんどいなぁ、バレーやめたいなぁって思ったことはないの?」

 「フフ……。数えきれないぐらいあるよ」

 「どうしてやめなかったの?」


彼女は笑顔のまま、手元にあるお冷に手を伸ばして一口流し込んだ。水が彼女の喉を通っていく瞬間がやたら目に入った。


 「みんなとてっぺんを獲りたいって気持ちがその時は一番強かったかな。あと、迷惑をかけたくないって思ったりもしたね」

 「ふふ……」

 「何? おれ、変なこと言った?」


僕も彼女を真似して水を飲んで喉を潤した。肉を食べすぎたのか無意識で緊張しているのか、話していると喉がすぐに渇く。


 「ううん。じゃあ、今すぐにでもやることはとりあえず決まったんじゃない?」

 「え、何?」

 「今のチームメイトと一緒に県のトップを獲るんだよ。今のチームメイトのことも好きでしょ?」

 「そ、そうだね」

 「じゃあさ、私と賭けない?」

 「な、何を?」


賭けという言葉に僕は反射的にアスカさんの顔が浮かんだ。


 「今度の大会で森内くんのチームが優勝したら、私とデートする」

 「な、何それ!?」


思いもしなかった彼女の発言に、僕の喉は一層乾いたようで勢いよく水を飲んでむせてしまい彼女に笑われる一連の流れが出来上がった。


 「デ、デートって!」

 「デートはデートじゃん! 私とお出かけするの。私、自分で言うのもあれだけど、結構モテるんだよね。特に今年は」

 「へ、へぇ」

 「後悔しても後の祭りだよ?」

 「じ、じゃあ優勝出来なかったら?」

 「私の言うことを一つだけ絶対聞く」


何とも抽象的で、恐怖を覚える彼女の発言に僕は動揺が隠しきれなくなっていく。


 「な、なるほどね……」

 「良い案でしょ? 否定しないってことは決定ってことになるけどいい?」


ニヤニヤしながら彼女の顔がさっきよりも僕の近くに迫ってきた気がして、心拍数がどんどん上がっていく。酒に酔った彼女の顔よりも赤くなっている気がする。


 「分かったよ。ちょうど良い機会だし」

 「ちょうど良い?」


アスカさんとの賭けも次の大会で約束したことだから、という意味合いを込めて言ってしまったが、彼女には何の関係もないし勘違いされても困るから、気持ちの踏ん切りをつけるタイミングにはちょうど良いってことだよという意味で彼女に伝えて難を逃れた。


 「けど、今日試合で見たキミらは私も応援したくなっちゃったな。本当に楽しそうにバレーをしてたんだもん。私まで楽しくなってたのは本当だよ!」

 「あ、ありがとうございます」

 「ファンになってもいい?」

 「え?」

 「杉江スマイリーズのファンになってもいい?」

 「あ、あぁもちろん。喜んでだよ」

 「じゃあ私の推しはリベロの髪ツンツンだった人かなぁー!」

 「え、」

 「あはは! そこはおれじゃねえのかよって顔になってたよ! 分かりやすいね! 森内くんは!」

 「な、なってないし!」

 「ウソだよ。私の推しはキミだよ」

 「ありがとうございますぅ!」

 「あー! ちょっと不貞腐れてるねぇ!」


真剣に話を聞いてもらうつもりだったけれど、いつの間にか彼女は僕らのファンになり推しメンは僕だと言ってくれている。僕はこの瞬間、今もバレーを続けていて良かったと心の底から思った。


 「私だって楽に過ごしたいって思う時もあるし、いつまでも寝てたいなぁ! って日ももちろんあるよ」


あからさまにテンションを切り替えて彼女は酔いを覚ますように水を飲んだ。


 「ん?」

 「でも、やっぱり私はキミの背中を押したいな」

 「……」

 「それに、好きなことが今も出来ている現状があって上を目指せる可能性のある森内くんの今は本当にチャンスだと思うんだ。だからファンのいち意見として聞いてくれたらいいけど、私はどんどん上のレベルでバレーをするキミを見てみたいなって今日の試合を見て思ったし、今この瞬間も思ってるよ!」


彼女の本心であろう言葉を受け止めた僕は、口を開けて自分でも分かるほど間抜けな表情で彼女を見つめているだろう。それほど僕は放心状態になった。目の焦点が合わない僕を見て、彼女は僕の目の前で手をぶんぶん振った。


 「森内くん、聞いてる?」

 「う、うん……。聞いてるよ」

 「ファンの意見、大事にしてね」


こんな短期間の間に僕は、二人の人と賭けをした。それも今後の生活が変わる可能性が大きい賭けを。ただ僕の心の中は、追い風に吹かれながら彼女が背中を押してくれたように気持ちが楽になった。気づけば時計は一時半を回っていて、明日も仕事のある僕らは慌ててその店を後にして彼女を家まで大急ぎで送って行った。今日は、自分でも驚くほど彼女との距離が縮まった気がして、僕は家に着くまで車の中に流れる普段は歌わない歌を口ずさんだ。

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