第39話 Another story #3

            ✳︎


 「私なら絶対そこで森内くんに声かけるなぁ!」


リビングに戻り、母さん特製カレーを食べ終えた私と母さんは、二階にある私の部屋に篭り女二人で同窓会の作戦会議(?)をしている。父さんはいつものようにお酒を片手にバラエティ番組を見て笑っていたから多分一人でも大丈夫だろう。母さんは同窓会の話題になると、さっきよりも数段大きな声で私にそう言い放った。


 「母さん声デカすぎ!父さんに聞こえちゃうでしょ」

 「大丈夫!この部屋、ある程度防音構造の設計にしてもらってあるからさ!それに、父さんに話聞かれていても大丈夫でしょ?」

 「いやどうだろ?これまでも私が男の子の話をすると、あからさまに機嫌が悪くなってたからなぁ」

 「ふふ。それなら大丈夫よ。あの人はそういう人だから」


母さんの言葉に私はあまり納得は出来なかったけれど、せっかく二人きりで防音構造になっている(初めて知った)のだったらと思い、半分開き直って私は母さんに話そうと決めた。


 「まぁいっか。でも母さん!私、絶対森内くんの顔見たら緊張して話せなくなっちゃいそうなんだけど!」

 「ユカリは昔から緊張しいだったもんね」

 「うん、何か体に力が入って頭の中が混乱しちゃうんだよね。私、今日本語話せてるのかなって思って」

 「普段は冷静に人の話を聞いたり、アドバイスを言ったりしてるのにね」


母さんはあははと口を大きく開けながら私のベッドに寝転んだ。服から漂ってくるカレーの匂いが、私の食欲に悪戯をしているみたいだ。


 「自分のことになると本当に冷静でいられないんだよね」

 「母さんもあったなぁ、そういう時期」

 「本当?いつもワチャワチャしてるイメージだけど」

 「ワチャワチャって何?私も落ち着いたりするけど?」

 「普段が普段だからなぁ」


私も母さんの隣に寝転んだ。同じように腕や足を伸ばす。疲れていた体や心がほぐされたように気持ちの良い状態になった。


 「あー、やっぱりベッドに寝転ぶのが一番落ち着くね」

 「フカフカで最高よね」

 「うん。こういう状態で森内くんと話したら絶対上手く話せるのになぁ」

 「ユカリ。そういうことよ」

 「え?どういうこと?」


母さんはもぞもぞと顔を動かして私の方を見た。そして、ひんやりとした空気の部屋に春のような暖かい空気が流れてきそうな優しい笑顔を私に向けた。


 「いいことを言おう、森内くんに気に入られようと思っている時は逆に何も話せなくなっちゃう。自分が自分に焦っちゃってそれこそ頭の中が迷路みたいになっちゃうの」

 「うん」

 「だからこれぐらいリラックスした心持ちでいることが一番大切なの。何事も力んでちゃ思うような結果にはならないからね」

 「けど、そんなのすぐ出来ないよ?私」

 「だからさっきの動きをするのよ。思いっきり腕や足を伸ばすの。大きく息を吸って吐くの。今、気持ちよかったでしょ?」

 「それはそうだけど。目の前でやるのは違わない?」

 「大丈夫よ。二人ならそこから話題が出る!間違いないから!」

 「何でそんなに自信あるの?」

 「スポーツをやってる人は大体そこで「今ストレッチする?」みたいな顔で見てくるから!そうなってたら向こうから話しかけてくる。もし話しかけられなかったらユカリがそこから話題を広げていけばいいの」

 「森内くん、よくスポーツやってるって分かったね」

 「バレー部だったのも覚えてるわよ!あんなに毎日話聞かされてたら忘れるわけないじゃない」


自覚はもちろんない。でも当時の私は、相当彼のことを母さんに話していたようで今思い出すと顔から火が出そうなほど恥ずかしくなる。本気なのか冗談で言っているのか、母さんの説は聞いているだけで面白くておかしくて笑えた。


 「ユカリ」

 「なに?」

 「あなたなら大丈夫。絶対上手くいく。何てったって私と父さんの娘だからね!楽しんできなさい、同窓会!」


母さんの言葉を聞いた瞬間、一階から父さんがくしゃみをしたような音が聞こえてきた。それが妙にツボにハマってついに私は吹き出した。


 「確かに!今の私なら森内くんと目を見て話せる気がしてきた!」

 「お、どんどん前向きになっちゃいなさい!同窓会、どうだったかまた話を聞くの楽しみにしてるからね」

 「むー、プレッシャーはかけないでね」

 「かけてないかけてない!友達の感覚で応援してるからね。いや、それじゃ力んじゃうわね。ユカリ、ゆるっと楽しんでおいで」

 「ふふふ。やっぱり母さんには敵わないや」


私たちは作成会議(?)を終え、リビングに戻った。すると、父さんが三人分のココアを作ってくれていて部屋にはその甘い匂いで満たされていた。


 「おかえり。ココア、飲みたくなっちゃってさ。二人もどう?」


母さんは、ラブレターをもらった女の子のようなキラキラした目で父さんを見つめている。


 「もうほんとにナイスタイミング!やっぱりショウヘイは昔からそういうところ、気が利くわよねぇ!」

 「あはは!母さん目、輝きすぎ」

 「ユカリも案外負けてないぞ」


私たち三人の笑い声が一つにまとまるように重なって部屋に響いている。私はやっぱり父さんも母さんも大好きだ。そして、私は今も彼が心の中にいるんだと改めて自覚した。私は父さんの淹れてくれたココアをゆっくりと飲み終えた。

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