リスタート・リスタート・リスタート
エピローグ─どうして始まるダンジョン踏破─
ジェラルドの家の目の前で、元パーティメンバーと危ない剣聖の前で、ミアにプロポーズもどきをした。
なんやかんやあって、満身創痍というか色々ダメにしたというか、身体は絶不調だが、まあそれはどうでもよかった。
いきなり、ミアがキスをしてきたからだ。
は?
いや、ちょっと待て。ここは道のど真ん中だし、みんな見てるし、知らない人から見れば俺はロリコン犯罪者だし、そもそもこのキスはどういう意図で、というかミアは3つの選択肢のうちどれを選んで。
などと、常識的な思考を回す最中、口の中に甘い何かが入ってきた。
ぶち、と大事な何かが切れた気がした。
甘くて暖かなそれが、ゆっくりと俺の中に入ってくる。久しぶりだからか、キスがこんなにも甘く感じるなんて、俺も色ボケしてんな、などと思って。
いや、これ本当に甘いわ。
と、カッと目を見開いた。
そう、
「!?」
ぱしぱしと、やけに軽い右手でミアの背中を叩く。それでもミアは泣きながら唇を重ねていて、俺は異常な精神状態を引きずったまま、ミアを抱えてすくっと立ち上がった。
「黒髪のルイ!? 無理はやめた方がいい! 君の身体は本当に限か……あれ」
眼帯がわりの布を取り払い、両目で剣聖と目を合わせた。お互い、あれ、もしかして怪我って幻だったかな、と首を傾げる。
「ん」
ミアの吐息に、ぞくりと背筋が疼いた。未だ甘い口内と、柔らかい唇の感触。思わず、応えてしまいそうになる。
斜め前で、ニコラとアイナがもっと頭と腰を抱えて深くキスしろ、とジェスチャーしてくる。やめろ。スイは、顔を真っ赤にしながら両目を手で覆い隠し、指の隙間からガッツリこちらを見ていた。やめろ。いや、道のど真ん中でこんなことしてる俺が悪いのはわかるが、やめてくれ。
しばらく色々なものと戦っていると、なんだか腕が疲れてきた。ミアを抱えたくらいで情けないな、歳か、と思っていたら。
「ロイっ!! 今すぐ離れろ!! 吸われてる!!」
「?」
眩しい金髪を乱し、珍しく全力で走ってこちらにやってきたジェラルド。いや、吸われてるとかいうなよ生々しい。
「離れろ!!」
ジェラルドが、本当に珍しく、声を荒らげて俺の肩に手をやってミアから力ずくで引き離した。
そんなに犯罪臭すごかったか。すまんな。
つ、と。目の前に、赤い唾液が落ちる。歯茎でも切ったのだろうか、いや、血にしてはやけに赤みが。
「……」
「「「……」」」
ジェラルドは真剣な顔で俺を見つめ、アイナとスイとニコラは口を開けて固まっている。
唯一、顎に手をやった白髪の剣聖が、俺に向かって言葉を投げた。
「黒髪のルイ、なんだか雰囲気変わったかい?」
「あ? んな一瞬で変わるわけねぇだろ」
「……そちらの女性も、雰囲気変わったかい? 愛は人を変える、と言うしね! ははは!」
「あ? 馬鹿にしてんのか?」
とりあえずミアを地面に降ろそうとして。
なぜか、降ろせないことに気がついた。
ミアの足が、もう地面についてる。
「……」
恐る恐る、さっきから見ないようにしていたミアを見下ろす。
輝く銀髪はサラリと長く、長いまつ毛に縁取られた丸く大きな目が俺を見上げている。白く柔らかそうな頬には赤みが刺し、唇はみずみずしく真っ赤に熟れていた。
何故か俺の胸のあたりにある頭と、しっかりと俺の背中にまわっている細い腕。そして、やけに密着するやわらかな2つの山。
「うわあああああっ!?」
思わず悲鳴を上げて後ずさった。俺に抱きついていた銀髪の若い女もついてきた。スイと同じぐらいか、少し若いかぐらいの女は、ぎゅっと俺にしがみついて離れない。
「なん、な、なんだ!? 」
「……ロイ、君ってやつは……そんなものまで、あげてしまうのかい?」
辛そうに額に手をやり、頭を振ったジェラルド。それよりこの女をどうにか説明してくれ。まさか急にミアが成長したとか言うなよ。そんな子供でも喜ばないようなチープ展開、現実にあるわけないだろ。
「……肌、髪、筋肉の付き、体重、そしてほんの少しの身長の縮み。これらから推測して、ロイ、君は今20歳の頃の身体になっている」
「いや、冗談いいからミアのこと説明し」
「私がロイに関することで間違う訳が無い! 今の君の身体は20歳の時のものだ! なんなら直接触って確かめよう!」
「やめろ変態貴族!」
ケツに伸びた手から逃れる。腰の痛みが消えて、さらになんだか足が軽い。いや、軽すぎる。見下ろした手首は、想像していたより細かった。
「……」
だらだらと、冷や汗が流れる。
確か、俺は20歳の頃、身長の伸びが激しくどうやっても理想体重に届かなくて肉ばっかり食っていたような。
目の前のジェラルドが、つまらなそうに早口で話し始めた。
「……そこから察するに、ミアはロイの分7歳ほど歳をとったんじゃないか? ロイは女性にプレゼント癖があるからね。歳まであげてしまったんだろう。現実的にありえないと思うが、ファーストドロップの効果は人知を超える。私の思っていたハッピーエンドとは随分違うが、ロイがそれでいいならいいんじゃないか」
「急に雑ですね、ジェラルド様! まあ、この僕が彼らにハッキリ言って差し上げましょう! そう! この、第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードがね!」
真っ青な顔で落ち込むジェラルドと、サラリと白髪をかきあげ、あまりのドヤ顔でこちらを見る剣聖。
「若返りの妙薬のレシピは、万能の薬にありったけの愛が隠し味だってことさ!」
ばちん、とウインクを決めて、訳の分からんことを言い始めた剣聖。やっぱりお前危険人物だわ。
「私の英雄が、若返ってしまった……7年前か、そうか、7年か……悪くないな」
唐突に、腹黒い顔で笑い始めたジェラルド。お前はずっと危険人物だよ。
「ロイ」
びくっ、と肩がはねる。俺に抱きついている若い女の、鈴を転がしたような声が、俺の名を呼んだ。
「……怪我、治った?」
「は?」
「これ、薬だから」
べ、と突き出された小さな舌の上には、小さな小さな赤い石が乗っていた。それも、だんだんと溶けて無くなっていく。そっと、指でミアに舌をしまわせた。赤く小さな舌はきちんと口の中に戻っていった。ふうーーー。
「……ミア、なんでいきなり大きくなったんだ?」
「知らない」
「そうか……」
推定17歳、実年齢29歳のミアと、実年齢27歳、変態貴族によれば肉体年齢20歳の、俺。
なんて笑い話だ。
「これ、変だから仕方ない。2人で飲んだから、もっとおかしくなった」
また舌を出そうとしたミアの口を指で押さえる。ふうーーーー。
「……ロイが、若返るの、分からなかった。ごめんなさい。でも、きっと歳はとる。これ、薬だから、毒じゃないから」
普通に動く右手に、痛まない腰。両目は開くし、体のどこも痛くない。そうか、ミアは分けてくれたのか。万能の薬としての赤い石を、俺に分けてくれたのか。
「なんで1人で飲まなかったんだ? そしたら、もしかしたら本当の年齢に戻れたのかもしれないぞ」
「歳は自分でとるから、いい! ロイととるから、いい!」
ぎゅっと抱きついてくるミアの、脇に手を入れて。
「そーかい!」
しっかりと、抱き上げた。それから高く腕を伸ばし、自分の若い腰に感謝しながらミアを頭上に掲げてみる。
「むふふ」
「喜んでくれてよかったよ!」
それから、はたと気づいた。
目の前であんぐりと口を開けた、元パーティメンバー達を見て。
「なあ、みんな」
「「「……」」」
「俺と、またパーティ組んでくれないか? 前払いで金をもらっててな、ついさっきまでは金返そうと思ってたんだが……まだ、走れそうだ。これから、王都のダンジョン踏破に行かないか?」
がばり、と。全員が覆いかぶさってきた。スイに脳天でジャムの瓶を割られアイナから財布を守りつつニコラの太い腕に押しつぶされながら、不貞腐れたような顔のジェラルドに刀を投げ渡す。ジェラルドは固まったまま動かなくなった。それを見た剣聖はドヤ顔で帰っていった。
「ろおおおおおおおい!!! 俺ぁお前とダンジョンに潜りたかったんだああああああ!!」
「ロイ、ロイ良かった! し、死んじゃわなくてよ、良かった! ロイ、ロイが生きてて良かった!」
「ロイさん、やっぱり財布が盗れないわ。とれるまで、ついて行くからね」
「行く! ずっと、ロイと一緒に行く!」
「あんがとよ!」
俺は、地上の冒険者だ。このダンジョン攻略が終われば、またこのパーティとはお別れだ。ミアの手は離さないつもりだが、もしかしたら手放される時が来るかもしれない。
だが、そんなことを今から考えることも無い。
ダンジョン踏破は、まだ始まったばかりなのだから。
プロポーズから始まるダンジョン踏破【終】
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