リスタート・リスタート

第17話 それは突然に

 ミア達とのパーティを脱け、かつてのように地上の依頼を受けること半年。危険人物達から解放された解放感や、ダンジョンから離れ青空の元過ごす日々への喜びを感じる間も無く。


 ジリ貧生活に心と体をやられていた。


「宿がとれねぇ……」


 仕事中の野宿は別にいい。割り切れる。ただ、それ以外での野宿はできるだけ避けたい。ベッドと枕で寝て疲れを取りたい。


「メシが食えねえ……」


 地上の依頼は元々数が少ない。大体は憲兵が何とかしてくれるからだ。

 その憲兵が対応しきれないお零れを、人々がなけなしの金を積んで依頼に出している。口が裂けても依頼料上げて、なんて言えない。元々物好きで地上の依頼を受けているのだ。2ヶ月張り込んで盗賊をそっくりそのまま憲兵に引き渡して、報酬が宿代3日分だったとしても我慢しろ俺。


「やあ、ロイ。そろそろ食べるにも困る頃かな、と思って探してみて正解だったね」


「お前ここどこだと思ってんだ腹黒貴族」


「深い森の中だね」


 背後からかかった胡散臭い声に、振り返らず答えた。なんでお前はそんなに神出鬼没なんだ。


「バカじゃねえの? なんでお貴族様がこんな危ねぇとこ来てんだよ、帰れよ」


 前に盗賊に攫われたので懲りろ。


「落ち着けよ、獣に気づかれる。空腹で随分気が立っているみたいだね」


 差し出された干し肉を口に詰め込んで、ドカっとその場に腰を下ろした。ジェラルドもなんでもないように地べたに腰を下ろす。とんでもない高価な服を汚すだとかは気にしていないようだった。


「けっ」


「やけに機嫌が悪いな、ロイ」


「教えてやるよお貴族様。貧乏はな、人の心をカサつかせるんだ」


「それは知らなかったよ」


「まじでお前嫌い」


 なんなんだコイツ。俺をいじめに来たのか。


「ところでロイ、2つほど仕事を持ってきたんだが、やらないかい?」


「やらん。俺はしばらくダンジョンには潜らねえし、今はクールダウン中だ。前払いのダンジョンはあと1年半は待てよ」


「クールダウンしすぎて君の理想体重から2.3キロ減量してしまってるけど、大丈夫かい?」


 じゃき、と愛刀を抜いた。


「よし、今からお前の肉を食って理想体重になってやるよ。あとなんで俺の理想体重と現体重知ってんだよ」


「ところで仕事内容なんだけれど」


 危険人物の耳の構造を学者に調べさせろ。絶対に世界的発見があるから。


「2つとも地上の依頼でね。1つは、迷子を探して届けてほしいという依頼で、依頼主は私では無いんだ」


「なんだよ早く言え。迷子か、いいぜ、やる。今さっき前の仕事が終わって、これからちょうど新しい依頼を見に行くとこだったんだ」


「あともう1つ、これは私が依頼主なんだが」


「やらん。いいから迷子の特徴といなくなった場所教えろ」


「隣国、落としてきてくれないかい?」


 キキキキ、と謎の鳥の鳴き声がこだました。

 胡散臭い笑顔のジェラルドも、俺も全く動かない。


「……あ、悪い。貴族ジョークには疎くてな、笑うタイミングを逃した」


 あはは、と笑えば、目の前の腹黒貴族は腹違い笑顔をより深めた。……は?


「は?」


「あぁ、隣国といっても小さい方だよ。私の領地より小さいあの国、落としてほしいんだ」


「……クニヲオトス?」


「あぁ。ちょっと領地を広げるよう陛下に言われてしまってね」


「……戦争か?」


 ぐっ、と愛刀を握りこんだ。

 戦争は、嫌いだ。


「陛下はそのつもりだったろうね。でも、私にはロイがいる」


「色々言いたいことはあるが、まずお前に俺はいない」


「サクッと隣国の王様殺してきてくれないかい? 戦争回避、頼むよ黒髪の英雄くん」


「王様殺したら即戦争だろうが……」


 頭を抱えて背中を丸めた。やはり貴族ジョークは分からない。分かりたくない。


「そこは上手くやるさ。君はサクッとやってくれさえすればいい」


「断る」


 別に今更綺麗事を言う気は無い。だが、権力者には権力者なりの責任があるはずだ。頭が落ちれば手足も腐る。俺は手足を大事にしたい。それは、たとえ隣の国の手足だろうとだ。


「うん、じゃあ最悪殺さなくていいから条約の話だけ飲ませてくれないかい?」


「それもうお前がやれよ!」


「一緒に来てくれよ、ロイ。これだけ出すから」


 片手の指を2本立てた腹黒貴族。ダンジョン踏破一個分か、中々の額だ。ジリ貧生活の俺には仰け反っても欲しい額である。だが。


「……断る。俺はそんな大層な話に関わるような頭はねえ。そういうのは剣聖にでも頼むんだな。お国の自慢だろ?」


「200出すよ」


「おっけー、刀新調してからすぐ行くわ」


「ロイのそういう少し即物的なところ、大好きだ」


 自分の貧乏根性が恨めしい。でも、さすがに物も食えないとなるとなりふり構っていられなくなる。それにダンジョン攻略10回分だ、一生豪遊しても余る。


「ところでジェラルド、迷子の話はどうした」


「それなら問題ないよ。同時に片付く」


「はぁ?」


「じゃあ急いで行こうか。まず身綺麗にしたまえ、ロイ。酷い匂いだ、いつから風呂に入ってないんだい?」


「1週間だよ!」


 川に飛び込むのが風呂カウントでいいならな。


 それから、腹黒貴族により高級そうな風呂に入れられ服を着せられ香水を付けられ髪をいじられ、馬車に詰め込まれ国を出た。


「そう言えば、ロイ」


「そう言えばの前にこのメンツだと事前に言わなかったことを詫びろ」


「また会ったね、黒髪のルイ! やっぱり神様は僕達を引き合わせたいみたいだ! そう! この! 第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードとね!」


 白髪をサラリとかきあげ、ジェラルドのお付の人に鏡を持たせ自分に光を集めた危ない剣聖。お付の人も付き合うなよ。


「私は強い冒険者が好きなんだ。剣聖とロイを並べるととても気分がいい。丸2日は見つめていられるね」


「ははは! ジェラルド様、僕だけで2日は持つでしょうから、黒髪のルイと合わせれば4日は持つはずですよ!」


 頼むから危険人物を混ぜないでくれ。俺はこの半年ソロで仕事をやっていて、危険人物に対する耐性が落ちてるんだ。

 危ない2人が盛り上がってしまって、気がつけば馬車の外には小さな城が見えていた。俺が住む国とは大分規模が違う。こじんまり、などという表現を城に使う事は不適切なのだろうが、この城ならたぶんジェラルドの家の方がデカい。


「ん、少し間に合わなかったかな」


 ジェラルドが、ポツリと言った。目線を辿れば。


「はっ!? マリア!?」


 元カノがいた。


「こ、こんの腹黒貴族! お前マリアがいるって知ってて俺を呼んだな!?」


「だから今、もう彼女のことは引きずってないかい? と聞こうと思ってたんだ」


「心の傷がそう簡単に消えると思うなよ!!」


「黒髪のルイ、まさかフラれたのかい? 心配することは無い、何せ世の中の女性はみな最終的には僕の所にやってくるのだから! そう! この、第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードのところにね!」


「意味がわかんねえよ!」


 とりあえず帰る、と馬車を飛び降りようとして。


「は?」


「おや?」


「ふむ」


 マリアがぶん殴られて連れ去られ、よく見たらニコラらしきスキンヘッドの大男と、スイとアイナらしき女も連れ去られた。そして、抵抗するミアは別方向へ連れ去られる。


 なんだ、今の。


「ロイ、先を越されたね」


「……何がだ」


「迷子はミアだったんだよ。この国の王様が探していた。たぶん、良い様にはされないんじゃないかな。貴族の勘だけどね」


 この時、俺の精神状態は異常だった。

 かつての仲間とかつての彼女が目の前で傷つけられ連れ去られれば、誰だってこうなるだろう。


「……行ってくる」


「私と剣聖は後から行くよ」


「待っていたまえ、黒髪のルイ! この! 第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードが! 君を助けに行くのをね!」


 馬車を飛び降り、駆け抜けた。

 城の衛兵だとか、警備だとかは関係ない。なんせ、俺はそいつらより速いのだから。


 小さな城の中で皆を探す内、段々冷静になってきた。どうせまたあいつらが迷惑をかけて怒られてるんだろう。なら、平謝りだ。マリアは巻き込まれでもしたのだろう。平謝りしかない。


 そう思って、やけに警備が厚い扉を、気絶した衛兵を踏み越え開けて。


 俺の精神状態は、再び異常になった。


「すんません王様! ウチのパーティがまたご迷惑をおかけしたようで!」


 兵士の武器が一斉に俺に向けられる。


「全員危険人物なのは認めるんですが……」


 今まで武器を向けられていたミアの隣に移動して、その濡れた小さな頬を手で拭う。



「泣かすってのはどういうつもりだ、あ?」


 怒りの感情は、全てを狂わせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る