第18話 何を超えるか

 向き合った小国の王は、顔色ひとつ変えずに、ミアに目線すらやらずに、俺の顔を見てこう言った。


「その女は、異端だ。歳を取らぬ化け物だ。ゆえに、殺す。先王が仕損じたそれを、私で終わらせる」


「……おい、ミア」


 ピクリともせず、ただ静かに涙を流すミアの肩を抱く。


「こいつ、お前の兄ちゃんか?」


「……」


「そうか」


 目元に、面影があった。血の繋がりを感じる、証があった。

 だからこそ、反吐が出るほど最悪だ。


「おい、王様。俺はお前を殺したっていい」


「衛兵、すぐに片付けろ」


「だから殺したっていいっつってんだろ」


 王という男の首筋に刃を当てた。衛兵がその事実を理解し声を上げたのは、数秒後。随分間抜けな兵士様だ。いや、随分のろまな兵士様だ。


「俺の仲間を解放しろ。それから二度とミアに関わるな、言葉をかけるな」


「この者どもを殺せ」


 小脇に抱えたミアを、より強く抱いた。ミアの耳を塞がなければならないはずの手を塞ぐこの刀が、今は酷く疎ましい。


「状況分かってんのか? それとも何か? 王様はみんな首の作りが特殊なのか? 切っても死なねえなら、試してみるか? 俺はこの場の誰より速いぞ」


「殺せ」


 なんだこいつ、と眉を寄せた時。


 ぞくり。と。


 背筋に、悪寒が走った。


 何かは分からない。だが、初めて感じる圧倒的な冷たさ。

 反射のみで振り返り、刀を上げた。


 そこで、目にする。


 時間が引き伸ばされたように感じる視界の中。


 螺旋を引き連れ、俺の胸のど真ん中へ走る鉛玉。

 初めて見た、自分より速い人工の物体。


 銃の存在は知っていた。ジェラルドに求められるまま、放たれた弾を叩き切ったこともある。だが、これは違う。こんな速さは、始めてだ。


 全力で、刀を振り上げる。目の前に迫るこの螺旋を引き連れた鉛玉は、刀で切っても無駄だ。殺せるようなスピードでは無い。2つに分かれた弾が、俺の心臓と肺を貫くだけだ。


 だから。




「―――」



 誰よりも速くあれ。誰よりも遅く世界を見ろ。切り詰めろ、切り詰めろ切り詰めろ。己の全てを、思考を、生を。切り詰めて、加速して。

 刹那の瞬間を、一生として生きろ。


 ミアが願ったように、誰より速く。


 何より、速くあれ。音など、置き去りにして。



 音が消え、視界が狭まった世界の中で刃を返し、刀の峰を跳ね上げる。胸へ迫り来る鉛玉の回転に沿うように、一瞬にも満たない刹那の時間をものにして、峰で弾の側面を打ち。


 ガキンっ―――。


 弾を、回転をかけながら斜め後ろへと跳ね飛ばす。



 腕に残る酷い痺れだけが、壁に埋まった鉛玉の異常さを伝えていた。


「ら、ライフル弾を、逸らした……!?」


「らいふる?」


 部屋の外。天窓の外から顔を出した兵士が、真っ青な顔でこちらを見ていた。


「新兵器だよ、ロイ。今ある銃の2倍以上の速さで弾を撃つ。これを作ったがために、この国は我が国に滅ぼされるのさ」


「ジェラルド」


 部屋の入り口には、たくさんのお供と剣聖を引き連れたジェラルドが、胡散臭く唇の片方を引き上げ立っていた。


「まさか、この状況で使うとは思わなかったけどね。そこまでコントロールに自信があるとすれば、なおのこと脅威だ」


 確かに、俺は先程まで王という男の首に刀を当てていた。男との距離はほんの少ししか無かった。それにも関わらず、あの兵士は、部屋の外という遠い場所から、あれほどのスピードと威力のある弾を撃ってきた。


 ゾッとした。


「では、交渉に入りましょうか。コクオウヘイカ?」


「……」


 腹黒い笑顔のジェラルドが、俺の目の前の男に近づいていく。その途中、過ぎ去りざまにねっとりとした手つきで俺の腰を撫でて行った。ド変態かよ。


「黒髪のルイ! さすが僕のライバルだ! 今のは中々な動きだったと、僕が認めよう! そう! この、第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードがね!」


「うるせえ、あとは任せたぞ。俺は残りの仲間を探してくる」


「あと元カノだろう?」


「黙れ!」


 ドカドカと足音を鳴らしながら、部屋を出た。スイ達はどこだ、と思ったところで、気がついた。

 もうすぐ昼の12時だ。ニコラがいる場所はすぐに分かる。


「うおおおお!!」


 外から雄叫びが聞こえた。よし、待ってろすぐに行くぞ衛兵達。城が壊れる前には引き取らせてもらう。


「……ロイ兄」


「どうしたミア。肩車がいいならそっちにしてやるぞ」


「違う。……私、27歳。折り返して、ない。止まってる」


「そーかい。あ、まさか俺が老け顔だとでも言いたいのか」


「……ん」


「嘘だろ!? そ、それは今日の髪型のせいだ! 断じてあの腹黒貴族のせいだ!」


 ぐしゃぐしゃとワックスを塗られ上げていた前髪をおろす。大丈夫まだ俺は若いはず。大丈夫、大丈夫だ。俺はまだ結婚適齢期だ。


「……ロイ!」


「どうした。どうだ、これでいつもの俺に」


「ありがとう!」


 ミアは叫ぶようにそう言って、俺の服を両手で握りしめてわんわんと泣いた。俺はそっと、刀から手を離して両手で小さなミアを抱いた。

 それから、そっと、静かに、ゆっくりと足を進めた。



 それなのに。


「ろおおおおおい!!」


「おい待てその鉄格子はなんだーーーー!!!」


 鉄格子を枠ごと持って突進してきたニコラを躱しつつ、3つの財布を持ったアイナと、転ぶスイに巻き込まれて転んだ元カノを目撃した。


 一旦落ち着け、俺。

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