第19話 良い夢を

 異国の、夜。


 少し前に、こじんまりした城から元パーティメンバーの危険人物3人と元カノを引きずり出し、ミアを抱えながら暴れるニコラに食べ物を渡しスイに深呼吸をさせアイナから盗んだ財布を奪い持ち主に返すべくまた城に戻り急いで出てきて宿を取った。

 ジェラルドと剣聖はまだ時間がかかるらしく、来週末の昼頃迎えにこいと言われた。ひとつ聞くが俺がこの身一つで何十人を迎えに行って何になる。引率は4人が限界だぞ。


 ちなみに、スイのせいでボロボロだった元カノには明日の夜食事に誘われた。


「……ん」


「どうした、ミア。眠くなったか?」


 ずっと抱き抱えていたミアが、もぞりと動いた。

 夜も遅く、他の元パーティメンバー3人は寝てしまっていた。色々あって疲れていたのだろう。全員、久しぶりに会って積もる話もあったが、それはまたにしてくれと頼んだ。みんなはぐずぐずと鼻を鳴らして俺にへばりつくミアを見て、すぐに頷いてくれた。


「……ロイ」


「ん?」


「ロイ」


「どうした、これまた呼び捨てで。喉乾いたか?」


 涙の跡が残る赤い小さな頬を、そっと指で撫でる。いつもはもちもちと柔らかい片手で覆えそうな小さな頬が、少しカサついていた。やっぱりジェラルドに言われた通りあの糞野郎オーサマサクッと殺しておけば良かったか。


「もう、いい」


「なにがだ?」


「お兄ちゃんは、もういい」


「……そーかい」


「ロイが、いい」


「そーかい」


 ミアを抱く腕に力を込めて、腰を下ろしていたベットから立ち上がる。あやす様に揺らしながら、ぐるぐると部屋の中を歩いた。かつて小さな妹にしたように、優しく背中を叩いて歩く。


「むふふ。ロイ、私27歳」


「喜んでんだからいいんだよ」


「ん!」


 ミアは俺を見上げ、うっすら頬を染めて目を細めた。花のような笑顔だな、と思った。


 あんな糞野郎が兄で、ミアはきっと傷ついている。歳を取らないだとか殺すだとか、何があったのかは詳しく知らないが、あの王と呼ばれる男は間違いなく最低最悪のクズ兄貴だ。兄と名乗る資格すらない。

 ミアが俺をずっと兄と呼んでいたのも、きっとあの糞野郎との何かが原因だったのだろう。それが今、兄はもういいと言った。ミアの心の傷が少しでも変わったのなら、俺は笑って手を振ろう。

 ミアの、これからの輝かしい未来に。


 俺もそろそろ妹離れの時なのかもな、なんて、先ほどのミアの涙にずっと動揺していたらしい俺は柄にもなく危険な思考をしていた。まずミアは俺の妹では無い、目を覚ませ俺。


「ロイ、私、27歳」


「あぁ」


「10歳の時、赤いの食べた」


「へ、へぇ」


「ダンジョンのファーストドロップ。それから、私は歳を取らない」


 これはもしや、ミアが過去を話してくれているのか。

 なら真剣に聞かねばならないと、椅子に腰を下ろしミアの目を見た。なんの感情も見えない瞳で、ミアが続ける。


「さっきの王様、私とお父さんは同じ。初めは、仲が良かった」


「そうか」


「でも、歳を取らないと気持ち悪いから、嫌いになったって」


「そんな事ない。そんな事はないんだ、ミア」


「おぞましいから、外で殺された。でも、生きてたから売られた。ロイが居る国で、ダンジョンに潜る冒険者にヒーラーとして買われた」


 耐えろ。少しだって目を逸らすな、歯を食いしばって耐えろ。ミアに背負わせた物から、ひとつだって逃げ出すな。


「終わり」


「そうか終わりか……って終わり!? そんな締め方でいいのかよ!? もっとあるだろ恨みつらみとか!」


「ん。王様、見返せたから、終わり」


「は?」


「ロイが1番速い。どんな武器より、どんな人より速い」


 きゅー、と首に抱きつかれる。ミアが何を持って終わりとしたのか、全くわからない。俺に早急に城のヤツらを皆殺しにして来い、と言っているわけでも無さそうだ。


「ロイ、ロイ」


「どうした……?」


「呼びたい」


 その後もミアは楽しそうに俺の名を呼び続けた。飴を転がしたような声になんだかくすぐったくなって来たが、我慢して呼ばれていた。


「ロイ、呼んで。私のこと、呼んで」


「ミア」


「もっと」


「ミア、ミアー、ミアさーん」


「むふふ」


 嬉しそうで何よりだ。また立ち上がってゆらゆらとミアを揺らしてみる。辛いことがあった時は、寝てしまうのが1番だ。美味いものをたくさん食べて、よく寝て、よく動く。これさえやれば、人間なんとかなるもんだ。


「ロイ、すき」


「おう、あんがとな。寝れそうなら寝ちまえ」


「ロイ、すき」


「どうも」


「すき、ロイ」


「……おう」


 小さなミアが寝ぼけて言っているだけなのに、なぜか恥ずかしかった。彼女にフラれてから好きなど言われていないからだろうか。飢えすぎだろ、きもいな俺。


 すやすやと気持ちよさそうに眠ったミアをベットに下ろして、そっと部屋を出た。

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