第20話 グッド・バイ
「むふふ」
「ロイ、ロイ! どうしよう、私いつの間にか隣国にいて、どうしようロイ! 帰れないかも!」
「久しぶりだなぁ、ロイ! お前がいねえと、やっぱり上手くいかねえよ俺達ぁ……」
「ロイさん、私のスリの技術、上がったでしょう?」
積もる話が、あったはずだった。
だが、実際朝起きて元パーティメンバーから聞かされた話は笑い話としていいのか本気で慰めた方がいいのか怪しい危ない話ばかりだった。よくそんなんでまたダンジョン潜ろうと思ったな。チャレンジャーかよ。
「そういや、なんでロイはここにいんだ? 俺達を助けに来てくれた、って訳でもねえだろ?……もう、お前はこのパーティ、脱けちまってるからな……」
いきなり4人の纏う空気がどんよりと淀んだ。全員頭を抱え下を向いている。どうしたいきなり。
しかしそこで、そろそろ元カノとの約束の時間だと気がついた。
「あ、すまんみんな。俺今から予定が」
「え、え!? ロイ、またどこか行っちゃうの!? どうしよう、どうしよう! ロイが居ないと、何も上手くいかないの!」
「落ち着け落ち着つけ、そうすりゃ上手くいく。あと、人と夕飯食いに行くだけで、またこの宿には戻ってくる。国に帰るのは来週末だ」
「む」
ぽすぽすとミアが殴ってくる。その手をやんわり握って、ちゃんと膝の上に置いてやる。ついでに頭を撫でてやれば、ミアは大人しくなった。
「じゃあ、ニコラはちゃんと飯食ってアイナは盗むなよ! スイは落ち着いて、ミアは気をつけて過ごせ! じゃあな!」
そして、少し身綺麗にして向かった酒場にて。
「……」
「……」
金髪碧眼の美女と、お互い顔も見ずにカウンターの隣同士に座っていた。口をつけていない酒のグラスを、ぐっと握る。手持ち無沙汰だった。
そんな中こそこそと、背後に感じる4つの気配が動く。
「どんな男でも、女房には勝てねえからな……ロイも女に逃げられてたとは」
「修羅場」
「ど、どうしよう! ロイが、ロイがフラれちゃう! ロイが傷ついたらどうしよう!」
「うふふ。ロイさん今日は財布ひとつね」
黙れ危険人物ども。なに当然のようについてきてんだ。あとスイ、俺がフラれる前提で話すんじゃねえ。フラれたけども。
「……ねえ、ロイ」
いきなりかけられた元カノの言葉に、びくりと肩が跳ねる。俺のその様子に謎の盛り上がりを見せた元パーティメンバー4人組、覚えとけよ。
「……昨日は助けてくれて、ありがとう」
「……気にするな。こっちこそ、4人が迷惑かけたみたいで悪かったな」
「……元はと言えば、私が迷子ちゃんを連れてきたのよ。仕事中のハプニングは、割り切ってるわ。それに、ロイが謝る理由はないじゃない。あの人たち今は同じパーティじゃないんでしょう? あの頃にパーティを組んでたなら教えてくれたら良かったのに」
「……まあ、そうだな」
また、静寂。
もう無理だ、と一気に酒を煽ろうとした腕を、ぱしっと掴まれる。白くほっそりしているが、冒険者として確かな力強さを感じる手だった。何度も繋いだ手だった。
「……ロイ、随分有名人になったわね」
「……」
「私への当てつけに、難しいダンジョンをクリアしたの?」
「違う」
フラれたショックと酒の力とセクハラのショックで正気を失い気がついたらダンジョンに潜っていただけだ。本当に1人でクリアしたのは予想外だった。
「……でしょうね。ロイがそういう事をしない人なのは、知ってる」
「……」
「……私が、有名人になったロイに、ヨリを戻してって縋ると思った?」
「まさか。マリアがそんな事をしないのは、知ってるさ」
こてん、と肩に金色の髪がくすぐったいマリアの頭が乗った。腕が絡まり、握っていたグラスの代わりにマリアの手が入ってくる。
「……今更、ヨリを戻してなんて言わないわ。でも」
「……」
「本当に好きだったんだから、これぐらいは許してよ」
「……あぁ」
お互い、指を絡めた手に力を込めた。
後ろで騒ぐ4人は完全に無視することにして、静かに酒を飲んだ。
「ねえ、浮気相手はどの子? まさかあの迷子ちゃんじゃないでしょうね、ロリコン」
「ぶっふーー!!!」
「もう、汚いわね。ハンカチは?」
思わず酒を吹いた顔を、マリアにハンカチで拭かれる。
そうだ、まだマリアは俺が浮気をしたと思っているのだ。
「違うんだマリア! まず俺は浮気なんてしていない! 身綺麗にしてたのは、あの時の依頼主の立場がアレだっただけで! あいつらとは全員ビジネスの関係しかない!」
「随分落ち込んでるわよ、後ろの人達」
後ろを振り返れば、元パーティメンバー4人全員が頭を抱え俯いていた。あそこだけ空気が淀んでいる。
いや、なにをそんなに落ち込んでるだ。俺たち本当にビジネスの間柄だっただろうが。
「ロイは、私のこと好きよね」
「……好きだった、だ」
「あなた、言わなかったけど。家庭願望強かったわよね。結婚して、子供が欲しかったんでしょ、ロイは」
「……」
「やっぱり、どの道私達は別れてたわよ。私、家で大人しくしてる女じゃないの。ダンジョンに潜る冒険者なのよ? 」
「ふっ、そうだな」
思わず笑みがこぼれた。マリアはなんだか見たことのないような、笑いかけの苦い顔でこちらを見ていた。
「……じゃあ、私帰るわ。送ってくれなくて大丈夫よ」
ぱっと手を離して立ち上がったマリアが、ふん、と鼻を鳴らしながら後ろの4人を見た。ほぼ睨みつけているような視線の鋭さで、今までかけた迷惑がうかがえて申し訳なくなる。
突然。
なんお前触れもなく、マリアがぐっと俺の耳元に口を寄せた。
「結婚式には呼んでね、ロイ」
ちゅ、と耳にわざと音を立ててキスをして、マリアは店を出て行った。俺はグラス片手にごん、とカウンターに額を打ち付ける。やっぱり敵わねえ。
「きゃ、きゃああああああ!! ロイ、ロイ! どうしよう、ロイがキスされちゃった! け、汚されちゃった!」
「……」
「強いカミさんだったなぁ、ロイ。俺の女房にそっくりだ」
「うふふ」
寄ってたかって俺をいじめ騒ぎ出した4人組。こいつらめ、急に元気じゃねえか。
この時、俺の精神状態は異常だった。
あんなに好きだったはずの彼女と完全に終わったというのに、どこかさっぱりとした気分だった。
まさか死の前兆だろうか。俺の死因は失恋か、などと馬鹿な事を考える程度には、さっぱりとした気分の裏で弱っていたのも確かだ。
それから、俺は吐くまで酒を飲んで、ニコラに担がれて宿に帰った。
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