第21話 あやまち

「うぅ……」


 頭を抱え、安宿のベットの中で丸くなった。


 頭が、痛い。


「飲みすぎた……」


 もうすぐ26になろうかと言う良い大人が、酒でやらかすとは。自分が情けない。自分の限界は心得ているつもりで、普段はあまり飲まないようにしているはずが、昨日は色々あり潰れるまで飲んでしまった。やってしまった。

 頭が割れるように痛い。気分が悪い。体がだるい。もう嫌だ。


「ロイ」


「どうしたミア……出かけたいのか? よし、甘い物でも探しに行くか。好きなだけ買ってやる」


「いい」


 もう当然のようにミアが俺の部屋に入ってきていることは無視する。なんなら床にグラスの破片とニコラとスイが転がっているし、アイナは部屋の隅でワインボトルを抱えて座って寝ていた。酔いつぶれた俺をここまで運んでベットを譲ってくれたのは感謝するが、なんで俺の取った部屋がこんな事件現場になってんだ。そこの2人生きてるよな。


「水、飲んで」


 ん、と小さな手に差し出されたコップを受け取り、ちびちびと口に含む。どう足掻いても気分が悪い。起き上がったらまた吐き気がやってきた。


「ロイ、お酒弱い」


「……いつもは飲まねえ」


「かわいかった」


「なにが!? 待て待て、俺昨日何したか!? 吐いた後から記憶が無いんだが!?」


 大声を上げて、それがガンッと頭に響いて絶望する間もなく胃が不穏な動きをしだした。急いで部屋を出てトイレに駆け込む。


「うぅ……」


「ロイ、水」


「あんがとよ……」


 ミアの小さな手が背中をさすってくれる。右手にコップを握りしめ、左手で頭を支え、せり上がってくるものと戦う。俺はここで死ぬかもしれない。


「ロイ、横になろ。部屋戻ろ」


「おう……悪いな、ミア。何かしてほしいことがあったら、言えよ」


「ん」


 飲みすぎの俺などより、ミアの方を大事にしたかった。せめてこの小さな少女と離れるまでは、全ての願いを叶えてやりたい。甘やかし週間だ。


「うぅ……」


「よしよし」


 ベットに寝かされ、ミアに頭を撫でられ絶賛甘やかされている俺はそろそろいい加減にした方がいい。何してんだ俺。クズの風格か。


「いい子いい子」


「……」


「ロイより、私の方がお姉さんだからね」


「……そーかい」


「よしよし」


 お姉さんぶりたい時期か。なら仕方ない、大人しく撫でられていよう。動いたら吐きそうなのも理由ではある。

 またやってきた吐き気の波に目を閉じて。


 気がついた時には日が暮れていた。


 何が起きた。


「あ、あ! ロイ、ロイ良かったぁあ! 死んじゃうかと思ったああああ!!」


「酒で死んだら笑い話だな、ロイ」


「うふふ、何しても起きないロイさん、珍しいわねぇ」


 とりあえず水の張った桶を持って慌て出したスイを落ち着かせようと、ベットの上で身を起こし布団をめくって。

 すぐに元に戻した。


 だらだらと冷や汗が流れ、3つほど次の行動の選択肢を思いついた。自害、自殺、切腹のうち、どれか選ばねば。


「どうした、ロイ。夕飯も食えねえのか? 俺ぁそろそろ腹が……う、」


「え、えっ! どうしよう、ロイ、ロイそんなに具合悪いの!? も、もしかして、昨日の、お酒じゃなかったんじゃ! どうしよう、どうしようロイ!」


「うふふ、お酒だったわよ。そんなに強いものでもなかったけど」


「うおおおおお!!」


 問題の布団の中。俺の腰に腕を回し、顔を押し付け小さな寝息を立てるミア。


 この時、俺の精神状態は大変異常だった。

 冷静に考えれば、ミアがしがみついていることなど日常茶飯事だし、この間も腕の中で寝かしつけた。

 が、しかし。この時の俺は異常だった。

 何もしていないとは言え付き合ってもいない女性と同じ布団で寝ていた、という事実に打ちのめされていた。切腹しろクソが。


「「「っ!?」」」


 そっと愛刀を抜き、自分の首筋に当てた。さようなら世界。

 すぐにニコラに取り押さえられアイナに刀を奪われスイに桶で脳天をぶん殴られた。落ち着け俺、スイに悪気はない。


「何やってんだろおおおおい!! まだ酔ってんのかああああ!!」


「ロイさん、こんなに簡単に刀を手放すなんて、どうかしたの?」


「わ、わわ、ごめん、ごめんロイ! で、でも、お医者様、お医者様呼ばなきゃ!」


「……ぐぅ……!」


 自分の髪を鷲掴み、背中を丸めた。より一層慌て出す3人の横で、もぞりと布団が動いた。心臓が凍りつく。


「……ん」


「お、おおおミアあああ!! ロイがおかしくなっちまったぞおおおお!!」


「ミア、ミア助けて! ロイが死んじゃう! ロイ、ロイが!」


「1度治療魔法をかけてみて?」


「……ロイ? 死んじゃ、嫌」


 泣きそうなミアが抱きついてきて、貴重な治療法の無駄使いを受ける。そこで、はたと気づいた。

 この危険人物ども、この状況でなんで普段通りなんだ。とんだ不祥事だぞ。


「……ロイ?」


「ミア、1度ロイさんから降りてみて。暑くて寝苦しかったのかもしれないわ」


「ど、どうしようロイ! 熱中症だったの!? それ、それなのに私、水零しちゃった! 水! 水持ってくるね!」


「ミア、ロイも疲れてるからな、ちょっと離れようおおおおお」


 そこで、俺はやっと冷静になる。

 ミアがひっついているのは日常茶飯事だ。そもそもミアは妹のような存在で、一緒の布団に入って意識する方が気持ち悪いのだ。俺が、単純に気持ち悪いのだ。酒のせいで混乱していたとはいえ、ド変態クソロリコンのような思考だった。

 自分の思考が理解できないまま、そっとミアの頭を撫でて。


「……飯、食いに行くか」


「うおおお!!!」


 それから、ミアに触らなくなった。

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