第22話 掴むべくは
売り捌けば数ヶ月は暮らせるであろう高級な服に袖を通し、愛刀を腰にさす。靴のつま先で軽く床を叩いて、全身の状態を確認する。ここ1週間ほとんど走っていないため少し体が重いが、問題は無い。
すっと空気で肺を満たし、頭を切り替えた。
さあ、仕事だ。
「ロイ」
「うおっ!?」
いきなり足元から声をかけられ、慌ててベットの下をのぞき込んだ。
きゅっ、とベッドと床の隙間で手足を丸めて縮こまっているミアは、じっと丸い目で俺を見上げていた。
動悸が治まらない。普通に驚いた。
「い、いつからそんな所に居たんだ……」
「昨日」
「嘘だろ!?」
ミアの脇に手を入れてベットの下から引きずり出す。埃っぽくなってしまったミアを軽く払って、気づかなかった自分の間抜けさに心が傷んだ。
ミアが布団にいた日から約1週間。俺は当然のように危険人物達に精神を削られ、ミアとは物理的に距離を取りつつもなるべく要求を飲んで過ごしていたが、それも今日で終わる。ジェラルドを迎えに行くのだ。
「ロイ、どこ行くの? みんなまだ、寝てる」
「仕事だ仕事。お前らも、これからは仕事頑張れよ。少し落ち着いてやれば、きっと上手くいく。全員良い冒険者なのは、俺が保証するからな」
常識が無い危険人物なのも保証する。
「や」
「ん?」
ぎゅっと抱きついてきたミアの、輝く銀髪をそっと梳く。これで最後なのだ、ちょっとくらい許せ。
「ロイと、仕事がしたい」
「……ごめんな、俺は今ジェラルドの依頼を受けてる。ダンジョンに潜るのは数年後だ。皆が食えるぐらいの依頼は地上に無いから、俺はもうパーティは組めない」
「……ん」
「うわっ!! ま、待て待てすまん! ど、どうすっかな……」
震える声で泣きそうに俯いたミアを抱え、うろうろと部屋の中を歩き回る。この瞳から涙が溢れる光景は、俺の心を乱す。ああ、でももう仕事に出なければ。剣聖いるんだから勝手に帰れよあの腹黒貴族。
「……ろ、ロイ、は」
「泣くなよ……」
指の腹でミアの涙を拭う。しゃくりあげるミアを見て、胸が潰れそうな気持ちになった。
「ロイは、私のこと、嫌い?」
「んなわけねぇだろ!」
きつく、きつくミアを抱いた。そんな事を言わせてしまった俺を、斬り殺してやりたい。
ミアは、これからずっと愛されて生きるべきなのだ。それを疑うことがないほど、愛されなければならない。これは絶対だ。
「俺はミアが大好きだぞ。あいつらだって、ミアのことが大好きだ」
「う、うん、……」
「な? だから、大丈夫だから」
ミアは泣き止まないどころか、もっと酷くしゃくりあげて泣き始めた。そのくせ、いきなり俺の腕の中から飛び出して、真っ赤な目で俺を見あげながら口を開いた。俺はもうどうにもできずに、ただ突っ立っていることしかできない。
「わ、私、ロイが好き。好きなの。私、ずっとこのまま、子供のままだけど、ロイの、家族になれないけど、子供も、産めないけど、ロイが、好きなの。隣に、いたい」
息が止まる。心臓が凍りつく。
目の前にいるのが、妹なんかじゃなくひとりの女の子だと、今更気がついた。
しかし、その女の子は泣いている。俺が好きだと、家族になれないと泣いている。子供がいることが、関係を結ぶことが家族である唯一の条件では無いと、それが出来ない彼女こそ認めるべきだろう。それなのに、彼女はなぜそんなに自分を苦しめるのか。
原因は、俺だ。
ぐしゃりと、濡れた顔をゆがめたミアは。
「……お金、払う。ロイが家族を作るのも、子供を育てるのも、邪魔しない。ロイの欲しいもの、邪魔しない。好き、じゃなくていい。だから、ちょっと、遠くでも、いい、から」
今、俺の精神状態は異常だった。
怒りと、気づきと、諦めと。
覚悟が、決まった。
「ミア、」
そっと、ミアの前に膝をつく。
思い返せば、彼女が俺の故郷で新聞を持って自慢げに張り切って、俺のために泣いてくれた時から、この銀髪の少女は俺の心の近くにいた。
馬鹿な自分はすぐに手放してしまったが、この酷く傷ついた俺より歳上の少女は、泣きながらまた俺に手を伸ばしてくれた。酷く歪な関係を、望ませてしまった。
なら。
「ミア、俺は」
「おいおいロイ、レディを泣かせるなんて君らしくないな」
「ぬわあああ!!」
さわっと撫でられた背中を押さえて飛び上がった。部屋の入り口には、剣聖と大量の護衛を引き連れた腹黒貴族が、腹黒い笑顔で立っていた。てめえ、自分で迎えにこいって言っておいて。雰囲気と気持ちが台無しじゃねえか。
「ロイが中々来ないから、迎えに来たよ」
「昼頃来いつっただろうが! まだ朝だ!」
「思いのほか速く終わってね。一刻も早くロイに会いたくて来てしまった」
「お前なんなの? きもいんだよ」
「だって! ライフル弾を弾いた人類だよ! 1秒でも長く観察したいに決まってるじゃないか! 推し冒険者が、推し人類になったんだ!」
ファーストドロップを見せた時より輝く笑顔のジェラルドが、俺のケツを触ろうと手を伸ばしてくる。やめろセクハラ野郎。
「どうなってるんだ、ロイ、君ってやつは。まずその危機察知能力、それから音速ほどはあるライフル弾をきっちり目で捕らえて反応する動体視力と反射速度。そして何より、刀で弾くなんて離れ業をやってのける刀の技術とスピード! 結婚してくれ!」
「お前気持ち悪さの限界易々と超えてくんのなんなの?」
「貴族の中では、ジェラルド様は相当マイルドな気持ち悪さだよ、黒髪のルイ! 僕は他の貴族の方に剥製にされそうになった事が3度あるからね! まあ、それも仕方の無いことさ! 何せ! 僕は! 第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードだからね!」
ミアが怯えて俺の後ろに隠れた。剥製にされそうになって仕方ないで済ませるならお前は多分危険人物ではなく聖人だ。悪かったな今まで誤解してて。
「ロイ、帰ろう。急いで君のパーティメンバーを起こしたまえ」
「は?」
「迷子の依頼を忘れたかい? この国のコクオウヘイカの利権は今一時的に私に移った。迷子のミアを届けるべくは、私だよ」
届けるも何も、目の前にミアはいる。
「君たちは、英雄譚は好きかな?」
一向に真意が掴めないジェラルドの言葉に、ミアがこくんと頷いた。俺も一応、うなずいておく。実際は、英雄譚はこの国の子供に限らず皆小さな頃に聞かされる話で、特に当たり障りのない内容なので好きも嫌いもなかった。
「囚われのお姫様を助けた英雄が、次にする行動は何か知ってるかい?」
「はあ?」
「ハッピーエンドを掴むのさ」
唇の片方を引き上げたジェラルドの声は、朝食を求めるニコラの叫び声にかき消された。
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