第2話 金の問題

「「「ロイ!!」」」


 病室に飛び込んできた、4つの影。

 それを確認した俺はとりあえず自分の腕から点滴を引き抜き愛刀だけ持って窓枠に足をかけた。さあ逃げろ仕事横取り男。


「みんな、すまん!!」


 最低の捨て台詞を叫びつつ、3階の病室から飛び降りる。

 そのまま走って、病室に現れた4人のパーティメンバーから逃げながら、これからどうしたものかと頭を抱えていた。


 分かっている。逃げるなんて豪語同断だ、本来なら勝手をしたことを正面から謝るべきだろう。


 だが、もう少しだけ時間をくれ。

 俺は今回の報酬を前払いで貰っているが、他のパーティメンバーはそうでは無い。ダンジョンを踏破しなければ、腹黒貴族ジェラルドから報酬を貰うことは無いのだ。

 そして、そのダンジョンは昨日俺が1人で踏破してしまった。


 つまり、このままではパーティメンバー4人は1年も拘束されておきながら、無給ということになる。


 それはダメだ。4人の分の給料は、俺が補填しなければならない。

 しかし、しがない冒険者の俺には、パーティメンバー4人分の、踏破報酬を補填する経済力は無い。貴族はぽんと支払うような額でも、俺からすれば数十年は遊んで暮らせる金だ。


「……金だ。金がいる」


 早急に、多額の金がいる。だが、こんな俺が金貸しに行ったところで借りられる額はたかが知れている。


 では、どうするか。


「……ダンジョンだ」


 ぴた、と足を止めた。そうだ、俺には金だけは持っている未踏破ダンジョンオタク(腹黒)がついてる。2、3個ダンジョンを踏破すれば、ジェラルドからの報酬とダンジョンで素材を拾って稼ぐ分で4人の給料は補填はできるはずだ。


 この時、俺の精神状態は異常だった。

 タダでさえ弱っていた精神に追い討ちをかけるように弱った体、1年前渡されたジェラルドからの前払い報酬による金銭感覚の狂い、1年もリーダーヅラしてきたことへのパーティに対する責任感。

 とりあえず先に謝り相談するというまともな思考など、無かった。


「よし! やるぞダンジョン踏破!!」


 道のど真ん中、入院服姿で腕から血を流し、刀だけ持った男が雄叫びをあげた姿は、相当不気味だったのだろう。


 憲兵を呼ばれた。




「ロイ兄、何してるの」


「っ!? ミア、なんでここに!?」


 憲兵に事情を説明し、なんとか解放された後。まともな服を恵んでもらい、西の未踏破ダンジョンとやらに向かうために街を出ようとしていた所で、背の低い銀髪少女に声をかけられた。


「だって、ロイ兄に会いたかった」


 この銀髪の少女は、我がパーティのヒーラー、ミアだ。

 見た目は10歳にも満たない子供にしか見えないが、実際は俺より年上のうえ全く血の繋がりのない俺を兄と呼ぶ危ない人である。治療魔法を使える希少な才能に恵まれながら、消毒液の力を過信し全然魔法で治療してくれないヒーラーでもある。つまり危ない人だ。

 我がパーティメンバーは、俺を除いて全員もれなく危ない人だが、その中でもミアは上位の危険人物と言えよう。


「ロイ兄、どこ行くの?」


「……すまん! すぐ戻る!」


「だめ」


 ぎゅっと腰にしがみついてきたミアを振り払おうとして、いきなり消毒液をぶっかけられた。昨日のダンジョン踏破でできた身体中の傷に染みて、その場でのたうち回る。


「いだだだだだ!!」


「……ダンジョンへ行くなら、ヒーラーは連れて行かなきゃだめでしょ、お兄ちゃん」


 どうやらミアは、俺がこれから行く場所を知っているらしい。


 実際にはミアの発言は俺が数日前単身でダンジョンに潜ったことに対して言ったもので、ミアが俺の行く先を知っているというのはのちに勘違いだと発覚するのだが、この時俺は、正常な思考回路を失っていた。なぜミアが俺の思考を読んだようなことを言うのか、疑問にすら思わなかった。

 しかし、この異常な思考回路でも別の問題だけは、思いついていた。


「……ダメだ! ミアを連れていけば、俺は永遠にミアに金を返せない!」



 そう、この時の俺の頭の中は、金の問題ばかりだっだ。



 俺は、俺のせいで報酬が支払われなくなったパーティメンバーに金を返さなければならない。にもかかわらず、その資金繰りでミアと共にダンジョンに潜れば、その度ミアに報酬が発生してしまう。稼いでは払って、の地獄ループの始まりだ。


「いらない。ロイ兄がお菓子買ってくれるなら、他はいらない」


「そう言う訳にはいかないだろ……」


「じゃあ買う。今回の報酬分で、ロイ兄が今から行くところについて行く権利、買う」


 また、ぎゅっと腰にしがみついてきたミアは、どこかムッとして、泣きそうな顔をしていた。それを振り解こうとすると、なんだか子供をいじめている気分になってしまって、咄嗟に口からこんな言葉が転がり出た。


「仕方ないな、今回だけだぞ」


「ん」


 そんなこんなで、返すべき金を3人分に減らした俺は、ちょっとどころかかなり危ない妹(偽)系ヒーラーと、未踏破ダンジョンへ向かうことになった。








「……ところでどこ行くの、お兄ちゃん」


「えっ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る