第1話 病室にて

 ぼうっと、ベットの上から病室の天井を見ていた。

 この病室にあるのは、少し細くなった腕に刺さった点滴と、包帯と絆創膏だらけの体。それにベット脇に置かれた愛刀、冒険者が常に携帯する道具諸々に、ダンジョン最深部で拾ったドロップアイテムだけ。


「ぐう……」


 涙が出てきた。こんなもの全て、全てクソの役にも立たない。この病室に本当に必要なのは、愛しい恋人の見舞いだ。


「おいおい、泣いてるのかい? 今年25だろ、ロイ」


「黙れ腹黒貴族」


 この病室にもう一つ役に立たないものが入ってきた。


「分かってるじゃないか。お貴族様がわざわざ見舞いに来てるんだ、しっかりしたまえ」


 危うく怪我を押して殴り倒してしまいそうになった、輝くような金髪の胡散臭い男。腹黒貴族のジェラルドとは、ちょっとした事件で知り合ってから10年以上の付き合いになる。ちなみに本名は長くて忘れた。確か同い年だった気はする。


「くくく、まさかいきなり、しかも1人で踏破してくるなんて思ってなかったよ。ここ1年の準備は無駄になったね」


「……」


「ロイがこのダンジョン攻略は慎重に行こうと言うから、国中の名の知れた冒険者を集めてパーティを組んだのに。随分あっさりやってくれたね、最近はずっと体が鈍ったとわめいていたじゃないか」


 俺は、約1年前にこの腹黒貴族にダンジョン攻略を命じられた。その時まあまあ金に困っていた俺は、仕方ないと前払いでその依頼を引き受けた。

 しかし、よくよく話を聞いてみれば、攻略するダンジョンは未踏破のものの中でも最難関。国に3つしかない、今まで1万人以上の死者を出てきた高レベルダンジョンのうちのひとつだった。ふざけるな殺す気か。


 そもそもダンジョンとは、モンスターが住む洞窟の事だ。大体は地下に何層も続いていて、最下層には1番強いモンスターがいることが多い。

 ダンジョンからは特殊な鉱石やアイテム、高価で取り引きされるモンスターの素材が採れるので、一攫千金を狙う冒険者にとっては命をかけるに値する宝の山だ。


 その中でも、未踏破のダンジョンは喉から手が出るほどの宝の山だ。何せ誰も手をつけていないのだから、宝がそっくりそのまま残っている。特に最下層にあるドロップアイテムは、1度しか手に入れられない。初踏破者だけが手にすることを許される、至宝ファーストドロップなのだ。


 目の前の腹黒貴族は、そのファーストドロップが欲しくて俺に声をかけた。

 しかし、俺もプロの冒険者。さすがに1人で高レベル未踏破ダンジョンなどに挑むほど馬鹿では無いし、当時は自殺願望もなかった。せめて俺と同レベルの冒険者とパーティを組ませろ、と要求すれば、目の前の腹黒貴族は国中から実力はあるが性格に難しかない冒険者達をピンポイントで集め、あとは俺に丸投げするという悪魔もびっくりの所業を笑顔でやってきた。

 しかし、俺がなけなしのプロ意識でそいつらに1年かけてやっとチームワークという言葉を覚えさせた矢先、腹黒貴族と会うために身綺麗にしていた所を彼女に浮気と疑われフラれ、1人でダンジョンを踏破してしまった。


「そうか、元はと言えば全部お前のせいか腹黒貴族」


 じゃき、と、愛刀を鞘から抜いた。


「武器をしまえよ、ロイ。今朝から国中で話題の黒髪の英雄が、貴族殺害の大悪人として午後のニュースになるのを見たいのか?」


「もう俺に恐れるものは無い」


 彼女も今までの努力もケツの尊厳も全て失った俺に、もう守るものなどない。やってやるよ大犯罪。


「怪我に響くぞ、安静にしていろ」


 目の前に差し出された干し肉を奪い取り口に詰め込みながら、起こしていた体をぼすんとベッドに沈めた。貴族なんだから干し肉じゃなくてもう少し良いもの持ってこいよ。


「なんでもほぼ身ひとつで踏破したらしいじゃないか。食料も持たず3日もダンジョンに潜るとは、やっぱりロイは面白いな」


「んなわけあるかボケナス。冒険者は常に非常食ぐらい持ってんだよ」


「あの脂で固めた食べ物の成れの果てだろ? あれを食料とは呼ばないよ」


「けっ」


 お貴族様とは感覚が合わない。しかし確かに、あの非常食ではダンジョン内での消費カロリーとは見合わないのは認める。その結果が今の俺だ。元々剣士としてのスピードを重視して脂肪を減らし筋肉も絞って体重を制限していたので、今回の無理なダンジョン攻略でめっきり弱ってしまった。


「君のパーティのヒーラーは呼ばないのかい? 優秀だったろ?」


「怪我は大したこと無いんだよ。大体、どんな顔してあいつらに会えばいいんだ俺は」


「散々チームワークを叫びリーダーヅラしてきた癖に、単独行動を極めて無策でダンジョン踏破してきた仕事横取り男として会えばいいさ」


「よぉしっ!! やっぱり俺もう1回装備ゼロでダンジョン行ってくるわ!」


「それは良い! 次は西の方のダンジョンにしてくれよ、なんでも4階層の曲がり角で呪われるって噂があるらしくて未踏破なんだ!」


「ふざけんなよ未踏破オタク」


 いい笑顔のジェラルドに、今回のダンジョンの最深部から出たドロップアイテムを投げ渡す。一応これで仕事は完了だ。ギリギリプロとしてのキャリアは守り抜いた。

 俺は別に有名な冒険者という訳では無かったが、仕事の達成率だけは昔から100パーセントなのだ。大した依頼を受けてこなかったからこそでもあるが、一応プライドがある。


「へえ! これが高レベル未踏破ダンジョンのファーストドロップか! なんだろうね、この黒い石! 無尽蔵のエネルギー発生装置とかがいいな、あぁ、鑑定に出すのが楽しみだ!」


「もう帰れよ……疲れるんだよお前と居ると……」


「見舞いが1人も来ないロイを不憫に思ってね。もう少し長居するよ」


「うぅ……」


 頭を抱え布団にくるまった。25歳で1年付き合った彼女にフラれたことの重大さに気づいてないなこの貴族。冒険者なんて寿命の短い荒っぽい職業、早いとこ結婚しないと孤独死一直線だ。俺は暖かい家庭を持ってから死にたいんだ。


「まあまあ、心配せずとも今のロイなら女性は余るほど寄ってくるさ。金と名声は女性を引き寄せる最高の香水だからね」


「……もっと愛のある家庭を築きたいんだよ……」


 はぁ、とため息をついた時。


「「「ロイ!!」」」


 ばんっ、と激しく病室のドアが開き、大小それぞれ4つの人影が飛び込んできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る