幕間
危ない出会い
ロイ兄が居なくなって半年。
このパーティは、もうダメになっていた。
「……むり」
「う、うわあん! ま、また私、やっちゃった! ごめん、ごめんみんな!」
「うおおおお!! 飯いい!!」
「うふふ、あの人お金持ってそうね」
何人も新しい剣士をアタッカーとして雇ったが、どれも2日と持たず逃げて行った。
もういいかと4人でダンジョンに潜ってみたが、ただのソロ攻略の方がまだマシだった。私はヒーラーだから1人ではダンジョンに潜れないが、それでもまだ1人の方がマシだった。
だが、解散はしない。できない。
全員、あの黒に魅せられてしまったから。待っているから。
「ロイ兄……」
「「「……」」」
約2年前、やけに金払いのいい仕事が入った。
中々の貴族が実力のある冒険者を集めているらしく、私ですら名を聞いたことがある危ない冒険者が集められていた。
このメンバー、絶対に仕事は失敗する。
集められた貴族の屋敷で、まず第一にそう思った。
ノーコン魔法使い、空腹に耐えられないタンク、手癖が悪いシーフ。そして、治療魔法を使わない
さらにここにはもう1人、リーダーとなる剣士が来るらしいが、それは知らない名前だった。だが、危ないが実力は1級品のこの顔ぶれに、実力的にも精神的にもついてこられるなど思っていなかった。私だって、この人達と仕事はしたくない。憲兵に捕まる前に早く帰りたい。いっそ今すぐ誰か問題を起こして帰らせてくれないか、と思っていた最中。
「ジェラルド! お前、顔合わせは夜の9時からっつったろ! 今何時だと思ってんだ!」
「朝の9時だね」
「ふざけんな腹黒貴族! 彼女との予定ドタキャンじゃねえか! 付き合いたてなんだぞ!? 大事な時期なんだよ!」
荒々しく部屋に入ってきたのは、黒髪の男。それから、今回私達を集めた金髪の貴族。黒髪の男は、怒鳴ったあとすぐに私たちに目線を向けて。
「遅れてすまん! 剣士のロイだ、これからよろしく頼む!」
誰が口を開くより早く、頭を下げた。
全員、ニヤニヤした金髪の貴族以外が、目を丸くする。別に、いきなり謝られたことに対してでは無い。大抵の冒険者は時間にルーズで、1日や2日遅れても気にはしない。
それより、私達が驚いたのは。
怒鳴る黒髪など、初めて見た。
「ん? ああ、もっと細かく自己紹介するか? 俺は今年25になる。見ての通り黒髪で、実家は農家だが俺は冒険者をやってる。使う武器は刀で、スピード重視だから攻撃力も耐久力も大したことはねぇ」
人好きのする笑顔で、でもビジネスとしての線引きはしっかりとした立ち位置で、黒髪の男はまともな自己紹介を始めた。黒髪は感情の起伏が見えないと言われるが、この男のこれは違う。張り付いたような動かない笑顔ではなく、ただ、わたしたちと友好な関係を築きたいと、仕事をしようとする意思が見えていた。
そう、このメンバーを見ておいて、黒髪の男はまともだった。泣いて嫌がることも、軽蔑した目を向けることも、怯えて逃げ出すことも無く。ただ、普通の仕事仲間に接するように、自己紹介をした。
「ダンジョン踏破のための即席パーティだが、潜るのは高レベルダンジョンだ。お互い、プロとしてできる限りのことをしていこう」
さあ次はお前達が自己紹介をする番だ、とでも言うようにこちらを見る黒髪の男。
口を開いたのは、満腹状態なのかかなり落ち着いた様子のスキンヘッドのタンクだった。
「俺はニコラだ。今年30になる。嫁と子供には去年逃げられて、冒険者引退を先延ばしにした。盾役だ」
「すまねぇ……。他の奴も、言いたくなかったら言わなくたっていいんだからな」
なぜか頭を抱えた黒髪の男。
次に、落ち着きのないノーコン魔法使いが声を上げた。
「わ、私、私スイです! 17で、ほ、本当は学校に行こうと思ったんですけど、実家の料理屋を2回燃やして学費がなくなって、それで、冒険者になりました! ま、魔法使いです!」
「言わなくていいっつってんだろ!? 心の傷口大事にしろよ!」
次は、手癖の悪いシーフ。
「アイナ、24歳よ。昔1度万引きをしてから、気がついたら盗みをしてしまうの。この間貴族相手にスりをして、ちょっと危なかったのが楽しかったわ。シーフよ」
「やべーやつかよ!!」
残るは、私。
「……ミア。ヒーラーで、自分のことは、言いたくない」
「よぉし! よく言った! むしろ言わないでくれる自己紹介がこんなに安心するなんて思わなかったぜ!」
ぐりぐりと、黒髪の男に頭を撫でられた。男にとっては何気ない行動だったのだと思う。でも。
ぱあ、と。今まで灰色だった私の視界に、色がついた気がした。
「お兄ちゃん、抱っこ」
「あぁん!? いきなりどうした!?」
「お兄ちゃんが抱っこしてくれなきゃ、動けない」
「まず俺たちの血縁関係からハッキリさせようじゃねえか! あっ、てめ、ちょっと待て俺の財布返せ、ってちょっとそっちも動くな! どこから持ってきたそのワインボトル!」
ロイ兄が転んだスイに頭からワインまみれにされて、アイナから財布を取り戻し、げっそりとした顔で私を抱いて貴族の屋敷の外に出た。
たぶん。この時には、みんな、ロイ兄にかまって欲しくてたまらなくなっていたんだと思う。はっきりとは言葉に出来ないけれど、こちらの目を真っ直ぐ見るロイ兄と一緒にいるのは楽しいだろうなと、思っていた。
「うおおおおお!! 腹が減ったああああ!!」
「はぁ!? 唐突過ぎんだろ!! 唯一の常識人だと思ってたのに!!」
ニコラが外壁に突進し出した。
それを、ロイ兄が足をひっかけて転ばせる。体格差を考えても、簡単なことではない。それなのに、ロイ兄は軽く転ばせたニコラが頭を打たないよう襟を引っつかみ、どさくさに紛れて財布を抜こうとしたアイナの手を掴み、転んだスイの目の前に立ってスイを受け止め、スイが落としたそこらの店の看板を頭で突き破っていた。
それから、ロイ兄のお説教が始まった。他所様に迷惑かけるのは言語道断、チームで仕事をするんだからもう少し協調性をうんぬん、黒髪を揺らして怒鳴っていた。
全員、そんな話は一切聞いていなかったと思う。
目の前の男が、とんでもない実力者だということに、全ての意識を奪われていた。全員自分の実力だけには自信があったからこそ、目の前の男の凄さに震えた。剣士なのに刀すら抜かず、私達をあしらった。初めて直に目にした、自分を越す圧倒的な強者。かの剣聖を目にしたことは無いが、きっと同等かそれ以上の実力者だと確信した。
人間は、本物を見た時に心を動かされる。
本物の宝石しかり、本物の美女しかり、本物の絵画しかり。人間は、本物を求める。
全員、この本物の強者である男の戦う姿が、見たくてたまらなくなった。
「おい! 聞いてんのか!? 俺たち一応このメンバーでダンジョン潜るんだぞ! チームワーク大事にしろよ! こんなんじゃ危なくてダンジョンなんて行けねえよ!」
「困る」
「うおおおおぉ」
「え、え、どうしよう! わ、私のせい!? また、私なんかやっちゃった!? どうしよう、どうしよう私のせいでロイがダンジョンに行けない!」
「うふふ。盗りがいがあるわね、ロイさん」
「よおーーしっ!! 今日から練習!! 全員でチームワークと常識の練習だ!! わかったな!?」
みんな、ロイ兄と一緒にダンジョンに潜るために頑張った。ロイ兄に言われたことは極力守った。
ロイ兄も頑張った。
ニコラの空腹度合いを完璧に把握し、食事を与え街の壁を守った。ただ、たまに夜食が食べたいと暴れるのは制御出来ていなかった。それでも、ニコラが同じ街にこんなに長く居られたのは初めてだった。
アイナが盗む度それを見破り、叱った。今まで盗みを見破られたことの無かったアイナは、ロイ兄にバレないようスることに心を燃やしていた。
スイはどうしようもなかった。
私には、毎回毎回「俺とミアに血縁関係は無い! 兄じゃねえ!」と言ってきた。でも、たまに抱っこはしてくれた。
それで、やっぱり強かったロイ兄が1人でダンジョンを踏破して、無理やり一緒についていって何度か一緒にダンジョンに潜った。やっぱり、ロイ兄は本物だ。本物だった。もっと見ていたいと願うような、憧れるような、本物だったのだ。
しかし、そんなロイ兄がパーティ解散をいい笑顔で告げて居なくなって、今。
「ロイ兄……」
「「「「……」」」」
何度も街を移動した。ダンジョンに潜る度、1階層目で限界を感じ引き返した。
ロイ兄が戻ってくるまで、たぶん2年。それが、酷く遠くて辛い。
「あら、あなた」
色っぽい声がかかる。
どんよりとした私たちがいる酒場に入ってきたのは、金髪碧眼、胸の大きな女。
「依頼番号2番じゃない」
疑問を抱く前に。
「隣国の王様がお探しなんて、何者なのかしらね」
意識は飛んだ。
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