第13話 遥か遠い我が家
「よお、クソ親父」
何も無い、ただ雑草が生えただけの地面に向かって声をかけた。
隣のミアが、びしりと動きを止める。こんなにも俺のために動こうとしてくれた彼女に、悪いことをしたなあ、と思った。
「まあ、なんだ。俺は今でも冒険者をやってる。今は訳あってダンジョンにも潜ってるが、終わり次第地上専門に戻る予定だ」
元々、俺はダンジョンに潜る冒険者では無かった。
ダンジョンという宝の山に隠れてあまり目立たないが確かに存在する、地上にある安価な依頼。特に憲兵の手が回らない、お零れの盗賊退治やはぐれモンスター退治なんかを専門にしていた。スピードに特化するようになった理由の1つは、効率よくわらわらと溢れる盗賊集団を切り伏せるためだ。
俺は、地上の冒険者としてはちょっと名が知られていた。だが、世間から見れば冒険者と言えばダンジョン攻略者、地上の冒険者など都市伝説レベルのの認識だ。名が知られていると言っても所詮ちょっと腕が立つやつ、ぐらいの認識だった。地上で冒険者をやる限り、富も名声も、遥か遠く手に入らないものである。
「……悪かったな、色々」
ミアが、バサりと新聞を落とした。怯えたように後ずさったのを、ジェラルドがそっと受け止める。
俺は、構わず続けた。
「あの時、依頼を受けなかったこと、今でも後悔してる」
12の時に家を出て、それから地道に努力した。冒険者になりたいと言っても、別に英雄譚にあるような英雄に憧れていた訳では無い。ただ、外に出たかった。自由に、感情のままに、生きていたかった。
だから1人稼ぎ生きていくため、小さな仕事をコツコツやり、それ以外の時間は全て鍛錬に当てた。自分にあった戦闘スタイルを研究し、ただそればかりを追求する。スピード特化のための体重管理、筋肉の絞込み、ただただ昨日よりほんの少しでも速くなるよう、走り込むだけ―――。
気がついた時には、俺は依頼の達成100パーセント、たまに指名依頼までくるような地上の冒険者になっていた。
そして、さらに難しい仕事にも対応するためにと刀の技術を磨き、よりスピードを上げるために毎日トレーニングに明け暮れていた、15の春。
俺宛に、依頼が届いた。
故郷からだった。
俺は、その依頼を蹴った。内容もよく読まず、急ぎでもなんでもない少し長期の仕事をひったくるように受けて無視をした。
その数ヶ月後、いつも通り仕事を達成した後に風の噂で聞いたのは。
故郷が、盗賊に襲われ焼かれたということ。
急いで戻った。誰よりも速いと思っていた足で、誰より強いと自信のあった刀を手に、走った。
丸2日かかった。
「……うん、まあ、そうだよな。今更だとは思うんだけど」
麦畑は無くなっていた。家も人も、ほとんど炭になっていた。
下手人の盗賊団を探し出し、血祭りに上げている最中。貴族の事情とやらで田舎に来て、運悪く盗賊にとっ捕まっていたジェラルドを見つけた。奴はビビって半泣きだった。
まあいきなりやって来てサクサクと盗賊を殺し、刀と盗賊の首を片手に血まみれで歩いている男を見て、ビビらない方が異常だ。半泣きのジェラルドを可哀想かもしれない、などと思って家まで送ってやったのが俺の運の尽き。
10年経った今でも、腹黒貴族に付きまとわれることになるのだから。まあ金払いはいいからある程度は許せる。ある程度はな。
「俺、結構成功したんだぜ、冒険者として。新聞にも載るくらい」
どうだ、目ん玉落っこちたか。
「……じゃ、俺帰るわ。なるべく早く、お嫁さん貰うよ」
草の上に落ちた新聞を拾い、真っ青な顔のミアを抱き上げて、ジェラルドと共に歩き出した。
「どうだいロイ、お父上とは和解できたかな?」
「知らね」
「ふむ……ここは、「そーかい」っていうのが正解かな?」
「似合わねえことすんな腹黒貴族」
「するさ、ロイの為なら。私が推してる冒険者、ナンバーワンだからね。私は君が最速最強の冒険者だと思ってる」
「きもいんだよ変態貴族。たまに無断で宿に来て俺の古いシャツとか持って帰ってんのバレてるからな」
「なんてことだ、ならサインを入れてもらえばよかったよ」
また半泣きにさせてやろうかこの野郎。
すると、せっかく特別サービスで抱っこしてやっているのに、全く笑わないミアが震える唇を開いた。
「……ごめんなさい。私、嫌なこといっぱい言った」
「そんな記憶はないな、冒険者は忘れっぽいんだ」
「……ね、ねぇ。も、もしかして、ほ、本物の、妹、さん、いた……?」
泣きそうな顔。それでも、真っ青な顔で、目をそらすことなくまっすぐ聞いてくる。そんなに真っ直ぐ聞かれてしまえば、誤魔化せなくなってしまう。
「いた」
「おいおい、聞いてないよロイ。早く帰って君のプロフィールカードを書き換えなくてはならないじゃないか」
「きもいんだよマジで」
妹も弟も、沢山いた。俺は、長男だった。
農家の、長男だったのだ。
「……ごめん、ロイ」
「うお、急に呼び捨てにすんなよ……ってそう言えば俺のが年下だったな。……まあ、気にすんな、ミア。ミアにも本物のお兄さんいるんだろ?」
「……ん。わ、私のこと、すごい、嫌い、なの」
「なら俺の方が兄としてマシだな」
「……」
「お兄ちゃんは、俺の方が似合ってるな」
「……ん……!」
きっと。この時の、俺の精神状態は異常だった。
消えてしまった青い麦畑の代わりに茂る、名も知らぬ雑草の原っぱが、酷く美しく見えたのだから。
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