第8話 白髪と黒髪

 とある小さな村外れにある、薄暗い森の中。

 その一角に、やけに騒がしい場所があった。


 冒険者でごった返し、酒や装備を売る商人が地面に商品を並べ声を上げる。

 まだダンジョンが見つかって1年しか経っていないこの場所は、きちんと冒険者のために開発された他のダンジョン前には無い、汗臭くごった返す活気があった。


「ロイ兄、待って。消毒液買ってくる」


「あ、あれ魔力石! どうしよ、どうしよ……途中で魔力切れとか起きたら大変だし、買わなくちゃ! 売り切れちゃう! 急がなきゃ! きゃあっ!!」


 未踏破ダンジョンとは、冒険者の夢である。


 その至宝ファーストドロップを手に入れることは、巨大な富とともに冒険者としての地位と名声を獲得することと同意だ。


 それに。

 人類は、未踏を恐る。未知の場所を踏破すること自体に、強迫観念にもにた焦燥を覚えるのだ。だからこそ、踏破には異常な快感が伴う。


 そう、冒険者達は、様々な理由でダンジョン踏破を目指している。


「ロイ兄、買ってきた」


「わ、わ、どうしよう、ロイ! ごめん、ごめんロイ!」


 転んだスイの下敷きになって倒れ込んだ俺は、そっと土を払って立ち上がった。気にするな、スイ。ところで俺を踏破した気分はどうだ。


「ロイ兄、早く行こ」


「待て。装備を揃えてからだ。今回は3日かけて2か3階層まで行って、3日かけて帰ってくるって言ったろ。多少大げさでもいいからもっと装備してこい」


「ど、どうしようロイ! 荷物が、荷物が多くなっちゃう!」


 どちゃ、と山盛りの荷物をリュックからはみ出させて地面に広げたスイ。ミアは不貞腐れたように地面に落書きをしていた。話を聞け、俺の1年返せ。


「半分は俺が持ってやる。スイが来てアタッカーが増えたからな、多少俺が鈍くてもなんとかなる」


 スイの荷物を詰め直していると、ミアがげしげしとスネを蹴ってくる。なんだこの危険人物。

 なんだか異常な量の荷物を背負い、割と身軽なスイとミアと一緒にダンジョンの入り口へ向かえば。


「黒髪だ!! 例の黒髪が来やがったぜ!!」


「はっ、んな訳ねぇだろ。こんなマイナーダンジョンに……ってマジじゃねえか!」


「っかーー!! ここなら俺もファーストドロップを取れると思ったんだがなー!」


 有名になるのもいただけない。周りの冒険者達のやる気が下がってしまった。お前らプロだろ、俺なんか気にしてないでシャキッとしろ。

 ひょいと、最近やけに注目される自分の黒髪をつまんだ。


「……髪染めるか」


「ロイ兄、だめ。絶対だめ」


「そ、そうよ! 染料で髪が傷んだら将来ハゲのリスクが、ってあ、ど、あ、どうしよう! ロイがハゲたらどうしよう! ごめんロイ! 傷つけてごめん!」


「慌てるな慌てるな。染めない、染めないからダンジョンに集中しろ」


 転びかけたスイの首根っこを掴み、腰にしがみついてくるミアはそのままに、ダンジョンへ入ろうとして。



「また会ったね! 黒髪のルイ!」



 ぱっと、その場が不自然に明るくなる。


「王都へ帰る途中、なんだか体が吸い寄せられるようにここへ向かってね! きっと神が、僕と君を引き合わせたんだろう! そう! この!」


 サラサラの白髪をかき上げ、なぜか顔を横に向けたまま流し目のドヤ顔でこちらを見る男。


「第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードとね!」


 危険人物避けの薬草とか、売ってないだろうか。


「おや? この間より女性が増えているね。まさか、デートでダンジョン攻略かい? 黒髪のルイ、見損なったよ! それでも誇り高きダンジョン踏破者かい!?」


「……」


「そもそも! この間のダンジョン、踏破したのなら後続の冒険者に声がけするのはマナーだろう! 僕達が最深部についた時にはブツ切りで腐りかけの蛇しかいなかったよ!」


「……せ、正論だ。危険人物が正論を言ってる」


「まったく……強くてかっこいい僕でなければ、禍根を残すところだったよ! 僕が博愛主義でラッキーだったね、黒髪のルイ!」


 これ以上ないドヤ顔でサラリと白髪を払った剣聖。コイツマジでやべーやつだ。


「黒髪のルイ、君も今からダンジョンに潜るんだろう?」


 周りの冒険者達は、最近新聞に載りがちな黒髪冒険者と、国中で知らぬ者はいない強者の名を冠する白髪の剣聖の会話(一方的)を、固唾を飲んで見守っていた。


 ちなみに俺はもうこのダンジョン諦めてもいいから早く逃げたい。関わっちゃダメなんだこういう人とは。


「どっちが先に踏破するか、勝負しないかい?」


「しない。悪いが俺はビジネスで来てんだ、そういう事はやらん」


「確かに、見たところ君は剣士だし、剣聖の僕と勝負するのは無謀過ぎると判断するのも分かるさ」


「おい聞け、会話料取るぞ」


「でも! だからこそのダンジョンなんじゃないか!ははは! 健闘を祈るよ黒髪のルイ! まあ、ファーストドロップを手に入れるのは僕だけどね!」


 パーティメンバーの魔法使いに照らされながらダンジョンに消えた剣聖を見ながら、俺はただ棒立ちで周りで行われている剣聖VS黒髪の賭け事の声を聞いていた。様々な金額を叫ぶ声が聞こえる。


 この時、俺の精神状態は異常だった。

 危険人物に訳の分からぬ勝負をふっかけられたと思ったら、既に色々退路を塞がれていた。ここで逃げれば、後ろで金をかけた冒険者達が俺に対し暴動を起こすだろう。さらにはこれから先もずっと誹謗中傷に晒されるかもしれない。

 そして、俺の隣でダンジョンに行く気満々の我がパーティメンバーの危ない2人は、俺の精神を今以上に追い込むことをしでかすはずだ。消毒液とかドジとか。


「……行くぞ」


 もう、やけくそだった。


「ん!」


「ダンジョン! や、やっとロイの剣が見られる! あ、でも、あ、どうしようロイ! 私いっぱい荷物持たせちゃった! た、闘わない? ロイ闘わない?」


 マイナーダンジョン攻略、スタートだ。

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