第9話 アンラッキーは終わらない
マイナーダンジョン1階層。
今回は走ることなく、ゆっくりと慎重に進んで行く。
「お兄ちゃん、つまんない」
「仕事に面白いもつまらんもあるか。シャキシャキ歩け」
「ロイ、ロイどうしよう! ごめん、ごめんなさい! また私、やっちゃった! ロイの敵も凍らせちゃった! ごめんなさい! あ、ど、どうしようロイ!」
「落ち着け落ち着け、むしろ敵がいなくて嬉しいぞ。さすがスイ、見事な広範囲魔法だな」
辺り一面氷の世界。目の前に出てきたモンスター1匹を凍らせようとしたスイの魔法で、一帯のモンスターは全て氷漬けだ。おかげで俺は手元の空白だらけの地図を見て歩くことができる。
「え、で、でも。でも、また詠唱の途中でやっちゃった! 本当は範囲をもっとちゃんとコントロールできたのに」
「広い分には構わないさ。他の冒険者さえ巻き込まなければ」
「う、うん! ありがとう、ロイ」
なんとか危険な2人の手綱を握れている内に、さっさとマッピングだけすませてしまおうとまた地図に目を落とす。
ここは、この間のダンジョンより床面積が広い。そのくせ地図がまったくと言っていいほど作られていなかったので、まあ後の冒険者のためにとマッピングは細かくやっておく。
金も欲しいが、大事な物の順番は間違えないつもりだ。冷静に考えれば初めのダンジョン踏破から大分間違えてきた気もするが。
「ロイ兄、なんで今回はマッピングするの? 前回はやらなかった」
嫌々といった様子で歩いているミアが、ちょんと俺の服を引っ張って聞いてくる。シャキシャキ歩け。
「ここは新しいダンジョンだからな。地図がないんだ。ゼロから1って作業が、1番面倒なんだよ。それでも早いとこ誰かがやらねえと、変に迷った冒険者の死体が増える」
「ふうん。……ロイ兄、やっぱりお兄ちゃんだね」
「俺に銀髪の妹はいない」
「ん」
ミアが足にまとわりついて動きづらいので、仕方なく小脇に抱えて歩く。むふふ、と満足そうに笑っていた。自分で歩け冒険者。
「……いいなぁ」
スイが、杖を握りながらこちらを見て小声で言った。スイ、お前もか。
「じゃあ後でミアと交代な。腰にくるから今日はそれで終わりだぞ、帰りは自分で歩けよ2人とも」
「えっ! い、いいの!? だ、だって私、デカいし、重いし! ミアみたいに小さくないし、アタッカーだし!」
「慌てるな慌てるな、別に女1人ぐらい担げる」
「……お兄ちゃんのばか」
「あん!?」
段々2人を制御出来なくなってきた。1年間のチームワーク練習、本当に無駄だったな。これでまだあと二人も危険なパーティメンバーが残っているというのだから、笑えない。
「はあ……」
「ロイ兄、ため息は幸せが逃げる」
「え、ど、どうしようロイ! ロイの幸せ逃げちゃった! どうしよう、死なないで、死なないでロイ!」
「死なない死なない、落ち着いて歩けな」
ダンジョン攻略って疲れるな、本当に。これ以上進むのはやめよう、危険だ。精神が。
「とりあえず適当に休めそうなとこ探すぞ! 今日はもう終わり! 休み!」
その後も火を着ける時のスイの暴走や寝ずの見張りの順番ですったもんだあったが、とりあえず初めは俺が見張ることになった。
「……」
時折モンスターの鳴き声や謎の低音など不気味な音が鳴るダンジョンの中で、ふたりの穏やかな息遣いを背に、焚いた火を見つめていた。
この時、俺の精神状態は異常だった。
久しぶりに2人の対応から解放されて、疲労困憊、未踏破ダンジョンの中だと言うのに開放的で爽やかな気分になっていた。
だから。
「……あ?」
見逃した。
微かな、前兆を。
「っ! 起きろ!!」
ダンジョンは、モンスターの住む洞窟である。
特集な資源の宝庫、宝の山。冒険者がモンスターとの戦闘で命を懸けてでも踏破したいと願う、縦に伸びる
常に、崩落の可能性を孕んだ。
「っ!」
寝ぼけている2人の襟を引っ掴み、思い切り頭を胸に抱え込んだ。そのまま、ありもしない地面を蹴る。空中で体をひねり、崩れ落ちた床や岩に体中を打たれながら、下へ。重力に従い、この場の全てが落ちていく。
「ぐっ!!」
強い衝撃と共に、浮遊感が消えた。俺たちがいた階層の床が崩落し、下の階層の床に叩きつけられたのだと気づいたのは、かなり早く。しかし、その次の瞬間に視界に写った巨大な影に、思考などなく咄嗟に体の向きを変える。
がづん、と。背中と頭に、衝撃。
「わわわ、また私なんかやっちゃった!? ごめん、ごめんなさいロイ!」
「お兄ちゃん!」
胸に抱え込んだ2つの頭から、慌てた声がした。
「……悪い、俺のミスだ」
ふう、とため息をつきながら目を閉じた。
特に発見されて間もないダンジョンでは、崩落の危険性が高い。シーフというトラップや周りの気配に敏感な役割のいない今、俺がもっと周りに気を使わなければならなかった。今までの攻略では、トラップよりも崩落よりも速く走ればいいかと気に止めていなかったのが災いした。
自分の失敗を分析し終え、ばらばらと砂を落としながら、背中に乗った、かつて床だった岩を退かして立ち上がる。ぐいっと、目に入った血を拭った。
「2人とも怪我はないな? この感じだと多分2階層は落ちた、装備は拾えるだけ拾って、上がるか」
「お兄ちゃん! 怪我!」
「ミア、俺が話してる時は喋らないで、ちゃんと聞けって。結構大事なこと言ってるから」
「ロイ、ロイどうしよう! 血が出てる! すご、すごい高いとこから落ちたし! が、がんって! がんって頭が!」
「落ち着け落ち着け、これぐらい大丈夫だ。消毒液かけとけ」
笑って、泣きそうにも見える固い表情のミアの目線に合わせて屈んでみる。消毒液はかけられなかったので、代わりに俺がミアの頭に手を置いた。
「大体のことは冷静に対応すれば大丈夫だ。そんで、俺のまあまあな冒険者としての経験上、ここは焦ったらいけない場面だ」
「「……」」
「上がるぞ、いいな?」
「……ん」
「う、うん!」
「よし、よく出来たな2人とも。途中までなら運んでやってもいいぞ」
力強く腰にへばりついたミアを抱きあげようとしたところで、またごろごろとダンジョンが不穏な唸り声を鳴らす。
そう、アンラッキーは、重なるからアンラッキーなのだ。
「……ロイ兄、治してあげるからね。受け身取らないで、離さないでくれて、ありがと」
ミアが珍しく、治療魔法の詠唱を始めようとした時。
「黒髪のルーーーーーイ!!! 上がれーーーー!!!!」
同じ階層の、端。
1階層あたりの床面積が広いこのダンジョンでは、随分遠くに感じる端から、どこか厳かな剣をさした、白髪の男が仲間と共にこちらへ走ってきた。
「この下が、最深部だーーーーー!!! ボスが暴れてるーーーー!! この階層ごと落ちるぞーーー!!!」
そう。
アンラッキーは、終わらない。
ごどん。
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