第10話 最速と剣聖

 両の足で立つための地だと信じていたものは、かくも脆く崩れ去るのか。


「……腰にくるな、これ」


 1階層分を足から落ちて、脇に抱いていた2人を降ろす。

 少し離れたところで、同じように抱えた仲間を降ろす白髪の男、危険人物剣聖もこちらを見た。そして、いきなり。


 ごじゃん、と。目の前から聞いたこともないような、質量を伴う音。


 目の前の、見たこともないような巨大なイカに似たモンスターは、この洞窟の最奥では自分に狭いとばかりに、圧倒的質量を持った触手を動かしうねっていた。吸盤一つの直径が、背の高い剣聖の身長と同じぐらいはある。


 間違いなく、モンスターとしては最大級。いや、生物として、最大級。


 俺が、未だかつて対峙したことのない大きさだった。つ、とまた、頭から血が垂れる。


「黒髪のルイ! そっちの戦力は!?」


 これまで聞いたふざけたような声ではなく、鍛えられた腹筋を使って発せられた、必要最低限の内容を問う剣聖の大声。


「剣士と魔法使い、あとヒーラー!」


「まずいな、僕達のタンクはバカンス中でね! こっちは剣聖と魔法使いとシーフさ!」


 全員、まずいなと顔を顰めた。

 これほどの巨大なモンスターとの戦闘では、タンク役が不可欠だ。アタッカーがダメージを与えるのに時間がかかる分、後ろを守り戦闘のベースを保って貰わねばならない。

 今、この場にはアタッカーとして剣士2人と魔法使い2人。シーフとヒーラーは戦闘の頭数から外すとして、バランスが悪すぎる。


 盾役が、必要だ。


「仕方ないね! 僕は強くてかっこいいから! そう! 第13代目 剣聖! ルーカス・グレートソードとは僕のことさ!」


 ざっと、剣の柄に手のひらを置いた白髪の剣聖が、半身になって片足を下げた。もう、いつものふざけた声に戻っていた。


「俺はな、数年に1度は絶対イカ飯食べたくなる日があんだよ」


 俺も、愛刀に手を遣って片足を引いた。


 この時、俺の精神状態は異常だった。

 スピード特化、盾役には向かない体づくりをしてきたにも関わらず、危ない剣聖と盾役をやることになって、なんだかハイになってしまっていた。


 この時、何故か自分の死について、一切の考えが及ばなかった。


「そうだ、黒髪のルイ! どっちが肉壁として優秀か、勝負しよう! 最後まで立っていた方が勝ちさ!」


「近接アタッカーとしての本分も忘れんなよ」


 ミアが、いきなりばっとかじりつくように俺にへばりついて治療魔法を詠唱した。すっと体が軽くなり、怪我が消える。そう、跡形もなく怪我は消え、なぜか体力まで戻っている気がする。

 いや、ちょっと待て優秀過ぎるだろ。なんだ今の。


「行くよ黒髪のルイ! まあ全部僕の勝ちだろうけどね! 何せ、僕は!」


「へあ? あ、うんそうだな」


「第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードだ!!」


 白髪の剣聖は、最早神秘的とも言える美しい剣を引き抜き跳躍した。

 ミアの魔法が凄すぎて軽く放心していた俺は、いつの間にか頭上に振り上げられていた巨大な触手から、ミアを抱いて後ろに飛んで逃れた。離れた場所、と言っても相手が巨大過ぎて全てが間合いの中だが、とりあえず1番離れた所にスイとミアを降ろして。


「ミアにはちょっと後で話があるから、速く帰るぞ! スイは慌てんな! ノーコンでもいいから、とにかくぶっ放せ! スイの火力はメインアタッカーとして十分すぎるくらい十分だからな!」


「わ、わかった! わかったロイ! 私頑張る! 頑張るね!」


 早速、イカの足を弾いていた剣聖に向かってかなりな魔法を暴発させたスイに、泣きそうなミアを任せて。

 俺も、その巨大な生物へと駆け抜ける。


「―――ふっ」


 未だ無駄だらけ。雑な呼吸、粗だらけの動きで。鞘から刀を抜き去る勢いを乗せ、後ろへ向かう触手を切り伏せる。


「―――ふっ」


 まだ無駄だらけ、それでも暴れる触手は、全力で刃を立て押さえつける。


「―――っ」


 ひとつ、無駄が消えた。それにより加速した動きで、うねり暴れる吸盤一つ一つについた鋭い歯が、間違っても後ろの魔法使い達に向かわないよう、自分の体全てを使って逸らしていく。俺の全身を使わねば、腕だけでは、この質量には対抗できない。


「―――っ」


 またひとつ無駄が消える。一瞬の隙に納刀して、もう一度鞘から抜いた刀を、後ろへ向かおうとする1本の触手に振り抜いた。

 その、瞬間。

 イカを中心として、俺とちょうど左右対称の位置、左手にいた剣聖が俺と同じように触手を1つ落とした瞬間。


 がばり、と。


 イカの、口が開いた。




「「―――」」



 同じだった。


 取った行動も、息遣いも。




 見ていた、ものも。




 左手にいた剣聖と全く同時に、深く開いたイカの口の中へと投擲した愛刀は、剣聖の厳かな剣と共に、正確にイカの中心を貫いていた。

 だが、まだモンスターは動きを止めない。


 後ろの魔法使い達による、集中攻撃が始まった。馬鹿みたいな乱れ打ち、攻撃魔法の嵐。2人の魔法使いが生み出したとは到底思えないような魔法の弾幕。しかし、それでもイカに対して見れば小さすぎる規模だ。それでも、抉るような炎の嵐に、モンスターの動きが一瞬、鈍る。


「「―――」」


 また、同じ息遣い。無駄を切り詰めすぎて、お互い何も残っていない、そんな中で取った同じ行動。

 失った武器を取り戻すべく、剣聖と俺は同時に、驚くほど直接的に跳躍した。


 スピード特化の俺が、剣聖より先にそこにたどり着き武器を取る。


 はずだった。


「ぐうっ!!」


 びくり、と不規則に痙攣したひとつの触手が、俺達に振り下ろされる。

 このままでは2人して、この階の端まで吹っ飛ばされる。刃すら手に出来ず、ただ魔法使い達を危険に晒す。

 だから、スピード面では剣聖より余裕のあった俺が、先に動いて最後の肉壁としての役割を果たす。体中から嫌な音が響き、音が消えた。それでもこの場から、刃からこれ以上離れることなど許されないと、足に力を入れて耐え抜いた。


「―――っ」


 先にイカの中心にたどり着いた剣聖が、驚くほど冷たい目で武器を手にした。それから、それを。


 刀を。俺の、愛刀を。洗練された動きで、両手で上段に振りかぶった。


 触手が剣聖という脅威に気づき、動き出す。それにより肉壁から解放された俺が遅れてイカの口から武器を引っこ抜き、片手で重い重い剣を左後ろに構える。重く厳かな、輝く剣を。

 腰をため、呼吸が整う一瞬で。


「「―――っ」」


 お互い、少し乱れた呼吸、無駄のある動き。それにより思い描いたのとはほんの少しズレた切っ先を、サッと息絶えたモンスターから引き抜いた。


 そして、剣聖と俺は、モンスターの死骸を見つめながら、なんの合図も無しに、それでもまったく同時にお互いの武器をお互いに向かって放った。

 ぱしっと、愛刀が自分の手に戻ってくる。


「ったく、刃こぼれさせてたら殺すぞ」


「そっちこそ! 13代の剣聖が使ってきた剣にヒビでも入れたら、本当に死刑さ!」


「けっ。大層なもんで」


 イカの死体から飛び降りて、スイとミアの元へ歩く。生身で受け止めたイカの吸盤についた歯で身体中がばっくりと切れ、巨大生物の質量を受け止めた身体は打ち身骨折だらけであった。それでも、気分は悪くない。


「よくやったな、スイ、ミア。ナイスチームワークだ、練習した甲斐があったじゃないか。帰りは抱えてやってもいいぞ!」


「……ろ、ロイ、ロイ凄い! 想像してた5倍かっこいい!」


「はっ、だから見込みが低すぎんだよ! 上書きしとけ!」


「うん! うん!」


 ぎゅうっと抱きついてくる2人を脇に抱え上げ、くるりと後ろを振り返った。


「おい、剣聖」


「なんだい黒髪のルイ! ファーストドロップならこの鉱物だったよ、半分に割って持っていくかい?」


 剣聖は笑顔で、仲間とともにイカの死体の下から両手で抱えるような大きさの真っ赤な鉱物を引っ張りだしていた。


「今回は譲る。ジェラルドウチの財布は傷モンに興味ねえんだ」


「……ま、お釣りは今度払うさ! 何せ、僕は! 誇り高き第13代 剣聖! ルーカ」


「ロイだ。俺の名前はロイ、ルイじゃねえ」


「ス・グレートソードさ!」


「途中ぶった切っても続けんのかよ!」


 もういい、剣の腕にあてられて名乗ってしまったが、やっぱり危険人物に近づくとろくなことがない。主に精神衛生上。

 さっさと床の抜けたダンジョンを上がろうとして。


「じゃあ、また会おう、ロイ!」


 白髪の剣聖の声がかかる。振り返るか悩んでいると。


「ところで黒髪のルイ、君はどうやってここから上がる気なんだい? 長い梯子があるなら使わせてくれよ!」


 やっぱりマジでやべーやつだ、コイツ。

 逃げるように地面を蹴って、壁を走るように蹴って垂直に上へと登る。当然のように途中失速するので、壁に愛刀を突き刺してリスタートを切った。



「刃こぼれさせたら殺すって言ったじゃないかーー!!」


「うるせぇ! 使ってなんぼなんだよ武器ってのは!」



 マイナーダンジョン、踏破クリア

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る