酒と女
「ロイ、私達」
フォークに刺していた肉が、口に入る前にべたりと皿の上に落ちた。
肉のために開けた口をそのままに、目の前で真剣な表情をしている銀髪の女性に目線を向ける。震えるフォークはそっと机に置いた。最近、諸事情により若くなった体の増量のために毎日のように詰め込んでいたステーキが、嫌に重く見えた。
「……ま、まじか」
「?」
「い、いや。すまん、なんでもない」
先週、攻略開始から5ヶ月目にして王都のダンジョンを前人未到の21階層まで踏破した。行きは1ヶ月、帰りは2週間かけて地上に上がってきて、対策を練って体をととのえ、来月さらに下へ潜ることになっていた。
なので、地上にいる今日はミアと久々にデートに来ていたのだ。
俺は、上手くいっていると思っていた。俺は変わらずミアが好きだし、ミアも育った体でよく俺にひっついてくる。
だからまさか、こんなデジャブと共にフラれるなんて、思わなかった。
「ロイ、私達」
「……あぁ。分かってる、大丈夫だ。今から親友にだってなれるさ俺は」
「?」
たとえフラれても、ミアのことは好きだ。彼女は、これから全てに愛され生きるべきなのだ。スイのように真っ直ぐな、愛を伝えられて生きるべきなのだ。なら俺もそうしよう。
たとえ男として捨てられても。
震える手を、久しぶりの酒に手を伸ばそうとして。
「今日一緒に寝よ」
「ぶっふーーーー!!!!!」
椅子から転がり落ちた。酒は頭からかぶった。1人スイみたいなことをしてしまった。
「ロイ、1人スイしてる」
「あぁうんそうだな!」
這うようにして椅子に戻る。もぐもぐと美味しいのか不味いのか分からない表情でサラダを食べているミアは、ん、とハンカチを渡してきた。
「ロイ、ダメ?」
「いや、だめ、とかじゃねえ、けどな……そう言うのは、なんというか」
「私のこと、まだ妹だと思ってる?」
「残念ながら初めから妹だとは思ってない」
「むふふ」
大きくなったミアは、端正な顔をちょっと残念に歪めて笑った。笑うポイントが不明すぎる。
「ロイ」
「なんだ」
「今夜は好きにして。今日は黒」
「ぶっふーーーー!!!!!」
また椅子から転がり落ちた。今度は花瓶を落としかけたが、死ぬ気でキャッチした。店に迷惑はかけられない。俺の反射神経はこういう時のためにあるんだ。
「1人スイ」
「あ、あぁそうだな……って違う! さてはジェラルドだな!? あいつが下世話なことをミアに吹き込んだんだな!?」
「黒って言ったらロイは喜ぶって言ってた」
「コロス……」
あいつの元にある俺の愛刀、あいつの寝首をかけ。ずっと俺と苦楽を共にしたお前ならできるはずだ。宿ってるだろ、魂。
「ロイ、だめ?」
「……ミア、無理しなくていいんだぞ。そういうのは、気持ちが大事なんだ。あの変態貴族がなんて言ったのか知らんが、俺は別に」
「ロイ、まだ、や? あと何年経てばいい?」
「いや……そういうんじゃ……た、ただな! 別に、そういうのだけが、関係だとか気持ちだとかの証明になるとか、そういうのではないと思ってだな!」
「私は好きにしてほしい。せっかく、好きにできる体になった」
「あ、うん。そう、だな……悪い」
無神経だったかもしれない。だが、だからこそきちんと伝えなければならないだろう。
「ミア、俺は別に体目当てでミアといるんじゃない。ミアといるのは、ミアが好きだからだ。その先を目的にはしない」
「むふふ。ロイ、1口あげる」
「そりゃどーも!」
ミアが食べていたパスタを1口もらって、何気なく店員が持ってきた新しいグラスを煽って。
「ロイ!?」
がん、と机に頭をうちつけた。視界がぶれる、頭がふわつく、なんだこれ。
「ロイ、ロイ!今のお酒!」
「……そんなに飲んでな……あ」
俺は、酒に弱い。それを克服しようと、何年もかけてちびちび飲んできた。そのかいあってかなくてか、彼女の前でカッコつけるぐらいは飲めるようになっていた、のだが。
俺は、諸事情により数年分若くなった。俺の涙と胃液と努力の結晶である酒に対する耐性が、ふりだしに戻ったとでもいうのか。
「ぐう……」
「ロイ! 大丈夫? 真っ赤! これ、強いお酒!?」
「んなもん頼んでねぇ……」
「お若いカップル様にサービスです」
通り過ぎざまに店員がそう言った。要らんことを。あとそんなに若くねぇ。
「……ミアぁ……」
「どうしたの、ロイ。気持ち悪い? 大丈夫?」
「帰ろ……」
ふわふわと地面が揺れているようだ。これは、俺の経験上、そろそろ記憶が飛ぶ。吐き散らかす前に帰らねば。
「ん! ロイ、立って!」
「……ゆっくり……」
ミアに手を引かれながら店を出た。外の空気に当たって、少し気分が良くなる。
とでも思ったら大間違いだ。環境の変化に吐き気が倍増するに決まってんだろうが。
それから、俺の記憶は途切れた。
◆◇◆◇
ロイが寝た。立ったまま寝た。
「ロイ? 本当に寝た? ねえ、ロイ」
揺すっても起きない。顔色は悪いのにすやすやと気持ち良さそうに寝ている。前にロイが酔っているのを見た時は、やけにぺらぺら話すのは可愛いかったのだが、呂律が怪しいとおもったらニコラとアイナに抱えられて辛そうに吐いていたので、今日は苦しくないのなら良かった。明日はどうなるのだろう。
「……」
若い顔。私のせいで戻してしまった、ロイの時間。
そっと、ロイの目にかかる黒髪を払った。その手を、ぱし、と掴まれる。
「ロイ、起きた?」
のぞき込んたロイの表情は、どこかとろんと眠そうだった。可愛いと思うのだが、目が据わっている。危ない感じだ。
「ロイ、帰ろ。ニコラ呼ぼ」
「……ん」
いきなり、肩を抱かれた。そのままロイが、ふらふらと歩き出す。
「ふんふー……麦をー……まくー、ふんふーん」
「ぷふ」
どこか焦点が合わない目で、鼻歌を歌いながら、それでもしっかり私の肩を抱いて歩くロイ。可愛い。
「ミア」
「なに?」
「好きだよ」
「!?」
にっこり、とロイが私を見て笑った。だれ、誰、だれこの人。可愛い。
「うぃー……ひっく。うっ、気持ち悪……」
と思ったらよろよろと道端に歩いていった。しゃがみ込んだロイをのぞけば、真っ青な顔で口を押さえ辛そうに目を瞑っていた。
「ロイ! ニコラ連れてくる! 待ってて!」
「……やだ」
「なんで? お水いる?」
「……吐く……」
「ロイ!」
びくん、とロイの背中が跳ねた。よしよしとさすってしばらく経てば、ロイがすん、と鼻をすすった。
「……ロイ?」
「……」
まさか、泣いているのか、あのロイが。ダンジョンで怪我をしても、どんなモンスターと会った時でも、スイのドジに巻き込まれても泣かないロイが。本当の本当に、初めて見た。
「ロイ、そんなに気持ち悪い? 治療魔法、効かないけどかける?」
「……ミアは、いい子だ」
「ん。魔法かける」
これが支離滅裂というやつだ。会話してくれない。
あんなに速くて強いのに、こんなにお酒に弱いなんて不思議でしかない。
「間に合わなくて、行けなくて、ごめん、ミア」
「……え?」
「これからは、幸せにする」
真っ青な顔で涙を拭って、目が据わっているロイは、そう言ったが最後がくんと後ろに倒れて意識を失った。
ロイを支える、と言うより半ばロイに押しつぶされて困っていたら、通りすがりの剣聖が宿まで運んでくれた。この人いい人なのだがどうしてこうも危ないんだろう。
ベットに沈んだロイを、ちょんと指でつついた。
「……ロイは間に合う。だって、ロイは1番速いから」
なんでロイは、間に合わないなんて思ったのだろう。間に合わなかったのなら、私もジェラルドも、ここには居ないのに。
ロイが私のために泣くのは、嫌だ。どうせなら、笑ってほしい。
そっと、ロイの髪の毛に指を絡めた。
◆◇◆◇
「うぅ……」
頭が痛い。気分が悪い。体が重い。ぐるぐるする。
完全に、二日酔いだ。
「……うぅ」
とりあえず水を飲もうと、布団をめくって。
すぐに元に戻した。
「……」
だらだらと冷や汗が止まらない。とりあえず、次の行動の選択肢は3つだ。割腹、腹切り、切腹。よし、好きなの選べ俺。
スカートを乱しながら俺にへばりついて寝息を立てているミアの横で、そっと2代目愛刀に手を伸ばした。
まさか、昨日あんだけ言っておいて、酒の勢いに飲まれるとは。
「さよなら世界……」
静かに刀を抜いた。
「んぅ……」
びくん、と肩がはねる。ミアの寝言に、ドキドキと心臓が暴れ出す。冷や汗、吐き気、動機、吐き気の症状が酷い。ものすごく吐きそう。
「……ん、ロイ、おはよ」
「……おはよう、ございます」
「ん。……刀、なんで?」
「すまんミア! 俺は理性の飛んだクソ野郎だ!」
「?」
「今ここで責任……うっ」
咄嗟に口元をおさえる。吐きそうだ。
「ロイ! 水!」
ミアがベットから飛び降りて、コップに水を入れて持ってきた。それからよしよしと背中を撫でられる。
「……大丈夫?」
「……あぁ」
段々正常な思考が戻ってきて、着衣の乱れシーツの乱れ自身の乱れなど総合的な判断から、昨夜は何も無かったのだろうと結論づける。ほっとして、ちびちび水を口に含んだ。
「ロイ、かわいかった」
「記憶がねぇ……」
「ロイは1番速い。間に合ってるよ、ロイ」
「は?」
「むふふ。今日は白のレースにする!」
「あんのド変態貴族ーーー!!!」
ガン、と頭に響いて、トイレに駆け込んだ。
俺とミア(腹黒ド変態貴族とペア)との攻防は、これからもう少し続くこととなる。
フラれて始まるダンジョン踏破 藍依青糸 @aonanishio
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