第4話 歓声と剣聖

 目玉を売った金で取った安宿で、泥のように眠って丸2日。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん起きて。起きて」


「うぅ……金ぇ……!」


「やな寝言」


 ぺちん、と頬を叩かれて、仕方なく目を開けて起き上がる。安く硬いベッドで寝た割に、満身創痍気味だった疲れた体は大分軽くなっていた。これが貧乏人の強さか悲しさか。


「お兄ちゃん、剣聖のパーティが踏破に来た。今日から潜る」


「なに!?」


 剣聖。つまり、めちゃくちゃ強いやつ。

 この国では知らぬ者はいない、襲名制の強者の称号。この国で誰より剣を極めたものしか名乗れないその名を名乗ることが許された、真の強者。そんなやつが、仲間を引連れこのダンジョンに潜るということは。


「急げミア! 踏破の先を越されちゃ金が入らねぇ!」


「……やな理由」


 急いで安物の防具を付け、非常食やその他諸々を持ち愛刀を腰にさす。

 既にダンジョンへ向かう準備していたミアと一緒に、走って宿を出た。

 そのままの勢いでダンジョンに入ろうとした、にも関わらず。


「きゃあーーー!!」


「っ!?」


 ダンジョン名物、断末魔。それがなぜかダンジョンの外で聞こえて、思わず立ち止まった。


「る、る、」


 断末魔(未遂)を上げていた女冒険者は、顔を真っ赤に染めて、両手で口を覆って俺とミアを凝視していた。周りの冒険者達も、ざわざわと騒ぎこちらを見つめている。

 まさか唐突にイチャモンでも付けられるのか。これだから冒険者は。


「ルイ様あああああ!!」


 誰だそいつ。


「ほ、本物! 本物よ! 私三日前に助けてもらったんだから! すごく強かったんだから!」


「高レベルダンジョンソロクリアよ! 本物よ!」


 そう言えば。

 俺が精神異常をきたし自殺未遂の結果高レベルダンジョンを踏破した時に載った新聞に、間違いで俺の名前がルイだと載っていたような。むしろ本名が載らなくて良かった、と安心したのを覚えている。


「ほ、本当に黒髪! 農夫の血なのに……冒険者で成功するなんて!」


「きゃあ! 素敵ー!!」


 黒髪。新聞に載ったゆえの騒ぎはともかく、髪の色で騒がれたのはこれが初めてではない。

 この国での農業従事者の9割が黒髪で、黒髪の冒険者は1割もいないからだ。


 黒髪は、戦いに向かない。


 これが性格や体質ゆえなのか、違うものゆえなのかは不明だが、冒険者だけでなく、政治家や貴族にさえ、黒髪は少ない。おおらかに畑を耕すことが得意で心穏やか、それでも感情の起伏が少なくて本心が見えない不気味な人種と言われる黒髪の中で、俺のようにちょっと性格が荒っぽいいやつは珍しいのだ。


「……ねえ、ちょっと。誰か剣聖様のことも見てあげなさいよ」


「え? なに、剣聖? もう来てんの? でも別に……今はルイ様じゃない?」


「きゃあ! こっち見た! 目があった! ルイ様ーー!」


 そりゃあ、女の子にきゃあきゃあ言われるのはいくつになっても悪い気はしない。それに俺は絶賛失恋中だ。この歓声は活力剤になる。ミアがげしげしと俺の脛を蹴ってきても、全然余裕で耐えられる。

 しかし、今は金だ。女の子のきゃあきゃあで金が発生しない以上、俺は涙を飲んでダンジョンに潜らなければならない。ああ、名残惜しい。


「……くっ! 行くぞミア!」


「は、や、く!」


 丸2日眠って大分回復した俺は、未練を断ち切るようにミアを小脇に抱えてダンジョンに入り、走った。モンスターと出会うより速く、刀を抜く暇もなく1階層を駆け抜ける。2階層も同様に、モンスターが増えた3階層はより早く。


「……ロイ兄、凄い。速い、楽しい」


「はっ! 百姓は足が速いんだ、覚えとけ!」


「ロイ兄は農家さん、向いてない。冒険者だから」


「そーかい」


 俺はスピード特化の剣士だ。正面からやり合う前に仕留めるのが俺の戦い方で、ダンジョンではできることならモンスターとはやり合わないで済ませるのがベストではある。

 なのでまた戦わずにモンスターの脇を走り抜け、先にある曲がり角を見た時、ふと思考が乱れた。


「……ん? そういや」


 ジェラルドが、このダンジョンの4階の角を曲がると呪われるだとか、言っていたような。


「っ!?」


 咄嗟に、ぐっと背中を仰け反らせてを避けた。

 元々俺の頭があった場所をひゅんと貫き、壁に突き刺さったのは。


「……おもちゃの矢?」


 単純なトラップだ。人を傷つけるつもりがないのか、鏃ではなく吸盤がついている。しかし一体誰が、なんのためにこんなことを。


「ふ、ふはははは! 大したことないな、黒髪のルイ!」


 後ろから聞こえた声に、脇に抱えたミアがぴくりと反応した。


「そんなトラップも見破れないとは! このダンジョンはまだ君には早い! 早く帰るといいさ!……そう!」


 ぱっと、ダンジョン内に不自然な明かりが灯る。よく見たら2人の冒険者が魔法で辺りを照らしていた。その行動に一体なんの意味が。


「この、僕! 13代目 剣聖! ルーカス・グレートソードに任せてね!」


 毎回思うんだが、剣聖の襲名ダサくね。


「……ところで黒髪のルイ、僕の愛称はルカと言ってね」


「……」


 突然アンニュイに目を伏せた剣聖が、ふうとため息をついた。


「結構かぶってるんだよ、名前。その上なんだか僕より目立ってるみたいだし、ちょっと一言言っておこうかと思うんだ」


「……」


 剣聖は、ふっと笑いをこぼしてからサラサラの白髪をかきあげて。いきなりビシッと、とんでもないドヤ顔とともに俺に向かって指をさした。


「絶対僕のほうが強くてかっこいい!」


 走った。さっきよりも早く。


「あ! ちょ、ちょっと待ってくれ黒髪のルイ! そんな無茶なスピード、持たないぞ! 僕のいるダンジョンで死人は出したくないんだ!」


 背筋がぞくぞくする。あの剣聖、一年前にミア達パーティメンバーと初めて会った時と同じにおいがした。

 つまり。


 危ない人だ、あの剣聖。


 絶対に関わらないようにしよう。

 剣聖に追いつかれないよう、少し速度をあげて走っていたにもかかわらず。


「ロイ兄、モンスター来るよ」


「そろそろ誤魔化せなくなってきたな」


 辿り着いた7階層。

 目の前に現れた狼に似たモンスターの首を、走り抜きざまに落とす。それを、何度か繰り返していた。


「ミア、7階層でこの地図は切れてる。休憩するか?」


「ロイ兄がいいなら、休まない。お兄ちゃんの好きにして」


 この時、俺の精神状態は異常だった。

 新たな危険人物剣聖と鉢合わせしたくないばかりに気を取られ、ダンジョンの怖さを忘れていた。


「……行くぞミア!最速踏破だ!」


「ん!」


 この間のダンジョン踏破はまぐれだったということを、俺はきちんと自覚すべきだった。

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