第6話 次の稼ぎへ
慎重に慎重にと、第5階層の一角で丸一日休んでから油断と食糧不足のないよう、なるべく丁寧に上がったダンジョンの外。久しぶりの陽の下で。
「ロイ兄、どこ行くの。まだ消毒終わってない」
「換金! よっしゃー!! 金だー!!!」
「……やな元気」
最高の気分で換金所へ駆け込めば、なぜか悲鳴とともに距離を取られ憲兵を呼ばれた。
今は集まった数人の憲兵に取り囲まれ、さらにジリジリと距離を詰められている。
「なぜだ!? 俺は何もしていない! ただ換金しにきただけだ!!」
「君! 動くな、ひどい怪我だぞ!」
「それは知ってる! それは知ってるからとりあえず換金してくれ!」
「医者を呼べ! 錯乱状態だ!」
この時、俺の精神状態は異常だった。
全身の至る所の骨は折れ、流しすぎた血は全くと言っていいほど足りていない。しかし、命の危険と隣り合わせで戦い、未踏破ダンジョンクリアという目的を達成しこれ以上無いほど気分は昂っていた。
とりあえず、ハイになり狭まった視野には、金のことしか映っていなかった。
「ボスの素材だ!! 買ってくれ!!」
「錯乱状態だ!」
「怪我は後回しでいい! パーティメンバーにヒーラーがいる!」
「錯乱状態だ!!」
ざわざわと、野次馬達が集まってくる。そこから、見覚えのある制服を着た新聞記者が飛び出してきた。
「ルイさん! また取材させてください! 今回は丸4日このダンジョンに潜られていたそうですが、踏破の目処は立ったのですか!? 前回の高レベルダンジョンは、なんと3日で踏破したそうですが、今回はどれくら」
「もうクリアしたんだーーーー!! 金をくれえーー!!!」
今回のダンジョンのファーストドロップ、謎の剣を掲げて叫んだ。
一瞬の静寂。
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
次の瞬間響き渡った、地面が揺れるような雄叫び、歓声、叫び声。未踏破ダンジョンがクリアされたことに対する、冒険者達の様々な感情が熱となってうねっていた。
「と、踏破が早い……! 早すぎる! 最速のブラックブレイブ……いやダサいな、流星の如く現れた期待の最速
ぱしゃり、とシャッターを切る音ととともに、あまりにダサい見出し文句を聞いた。その見出しで新聞が売っていたら絶対に買わないし新聞社の黒歴史として回収騒ぎになると思う。
結局次の日の新聞には、白目をむいてファーストドロップの剣を掲げる俺が、『最速踏破!! 黒髪の未踏破ダンジョン荒らし、誕生か!?』の見出しとともに一面に載った。
あの記者のネーミングセンスは封じられたようで安心したし、世の中やっぱり常識人の方が多いよな、と心にじんときてしまった。
「ロイ兄、ロイ兄起きて」
「うぅ……ジェラルドぉ……! 金くれぇ……!」
「やな寝言」
これまた安宿で泥のように眠って満身創痍の体を休めていたら、ミアが揺すり起こしてきた。揺すると怪我に響く、やめろ怪我を癒してくれるはずのヒーラー。
仕方なく目を開いて起き上がり、腹に置かれたミアの手をやんわりとどける。
「どうしたミア、あの腹黒貴族から連絡が来たか? 昨日、ちゃんとあのダンジョンは踏破したしファーストドロップならくれてやるって手紙を出したんだ」
ちなみに、最深部にいたヘビモンスターから取ってきた素材は高く売れた。と言っても、俺が背負う借金である4人分の報酬の半分にも満たない。ジェラルドめ、いつも報酬になんて額を出してんだ。冒険者に優しい貴族かよ。ありがとな。
「連絡ない。お兄ちゃん、また新聞で名前間違えられてる」
「そんなことより、新聞って載ったら出演料発生しないのか?」
「有名人だね、ロイ兄」
「……不本意だけどな。黒髪ってのが珍しいんだろ、今だけだ、騒がれるのも」
ちょい、と自分の髪をひと房摘む。なんの変哲もない、少しざらつく黒い髪。ミアのように艶やかで、光るような銀髪とは全然違う。
「これで故郷で威張れる。見返せるね。だって、お兄ちゃんは1番速い」
「おい、なんで俺が故郷で見下されてた前提なんだ。俺1度もそんな話してないよな」
「……私が見返したい」
「……すまん」
また勘違いした。ミアとはたまに噛み合わないな、と思ったところで、まず俺は兄ではないので1年間1度も噛み合ったことが無かったと思い出した。そうだ危険人物だった。
何食わぬ顔でベッドの上に上がってきた危ない人ミアは、ぽすんと俺の膝の上に座った。だから痛い、傷に響くんだってこのぽんこつヒーラー。
「……今回の新聞には、ミアのことも載ってたな」
「ん」
故郷の話など初めてした、小さく丸い後頭部を見ていたら、なんだか無性に撫でてやりたくなった。それでも、ぐっと堪えて。
「まあ、なんだ。ミアが故郷に行くなら、送ってってもいいぞ。もうこの辺に未踏破ダンジョンは無いしな」
「別にいい。お兄ちゃんとダンジョン行く」
「そーかい……ってダメだダメだ! 俺にはヒーラーに払える報酬なんてないんだ!」
「お兄ちゃんは故郷行きたい?」
俺の話は完全に無視された。都合の悪いことは聞こえないとは、やっぱり危険人物だな。
「俺も、別にいいかな。勝手に家を飛び出してきちまったようなもんだし」
「……やっぱり見下されてた?」
「ちげーよ! 実家継いだ農家じゃなくて冒険者になりたかったんだよ! 親父と喧嘩してそのままなんだ! 大体俺のどこに見下されてた感が出てるんだよ!? 顔か!? 顔なのか!?」
自分は一般的な顔立ちだと信じてるぞ。
また無視してきたミアが俺の膝の上で、ガサゴソと新聞を広げた。デカデカと一面を飾る白目の俺と、その後ろで消毒液を持って立っているミアの写真を見て、むふふと笑っている。俺はもうため息しか出ない。
「新聞見たら、きっとお兄ちゃんのお父さんは目が落っこちるね。ロイ兄が冒険者になって、よかったって言うね」
「親父の目玉は割と大事にしたいぜ息子としては」
「むふ」
満足そうに笑ったミアは、ぴょい、と膝をおりた。だから痛い、傷に響いてるから。
「お兄ちゃん、次はどこのダンジョン行くの?」
「ジェラルドが金出してくれるとこだな……」
「なら、王都のダンジョン。一番大きくて、未踏破」
「考えとく」
「ん!」
それから、なぜかジェラルドから手紙の返事を貰えないまま、次の稼ぎのために別のダンジョンへ向かって街を出た。
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