第9話 推し作家に抱く夢

「へー! じゃあ、庭野くん、高校生の時から小説書いてるんだー」


 いくつか肉を追加したり、庭野の希望で石焼ビビンバも追加したりして、ほどよく腹も膨れた頃。


 レモンサワーを片手に夏美が身を乗り出す。


 それに、庭野は照れくさそうに笑った。


「二次創作だったし、はじめは小説と言えるような分量じゃなかったですけどね。けど、仲間に誘われて同人誌作ったり、展示会に出してみたり、色々と楽しかったですよ」


「すごいじゃん! 行ったことはないけど、毎年熱気やばいっていうもんね」


「ですです! 初めて行った年なんか、俺、目を回しちゃったりして!」


 楽しげに声を弾ませる庭野たちを横目に、丹原は頬杖をついていた。


(結構、色々と話を聞いた気でいたけど、まだ知らないことだらけだったんだな)


 庭野とすっかり意気投合した夏美のおかげで、先ほどからポニーさんの新情報がぽんぽん舞い込んでくる。


一.ポニーさんは、サイトにアップする以前から小説を書いていたということ。


二.もともとは学園青春アニメが好きで二次創作をしていたこと。


三.サイトに登録した時も現代青春モノをアップするつもりだったけれども、サイトの流行りに合わせて異世界恋愛モノを書いてみたら思いのほかハマったということ。


 特に三つ目については驚いた。誰に頼まれたわけでもなしに、せっせと書いてサイトにアップするのだから、皆がみな好き勝手に書きたいものを書いているのだと思っていた。


 そう思ったのは丹原だけではなかったらしく、夏美も首を傾げた。


「もう現代ジャンルは書かないの? そりゃ、私は異世界恋愛ジャンルが好きだし、ポニーさんにはこれからも新作を書いてもらいたいと思っているけど」


「いつか書きますよ! ネタのストックはたくさんあるし。だけど自分の書きたいものを書くためには、俺の作品を好きだって言ってくれるひとを増やさなくちゃかなって」


「何を書くかは個人の自由じゃないのか?」


 不思議に思って丹原も口を挟んでしまう。それに対し、庭野は苦笑をした。


「もちろんそうなんですけど。サイトにアップするからには、たくさんの人に読んでもらいたいじゃないですか。――そんなの関係ない。俺は、俺の書きたいものを書く!って作家さんに、憧れる気持ちもあるんですけど」


 そう言って、庭野は赤い舌を出して笑った。


(作者の側にも、色々と事情があるんだな)


 なんとなく本人の根っから明るい性格も相まって、好きなことを好きなように、ただ楽しく創作をしているのだと思っていた。けれども庭野は庭野で、色々と考えながら小説を書いているらしい。


 けど。それじゃ、まるで。


(まるで、『仕事』みたいじゃないか)


 唐突に押し寄せる不安に、丹原は思わずジョッキの持ち手をぎゅっと握った。


 創作活動は趣味だし、気分転換になる。以前庭野は、笑いながらそう話していた。


 だけど今の話を聞く限り、小説を公開するのも楽しい話ばかりではないのかもしれない。むしろ読者の感想に一喜一憂したり、それこそ反応をもらえないと落ち込んだり、モチベーションをぐらぐらと揺さぶられそうである。


 ――本当に書きたいものはお蔵入りさせて、読者の反応を窺いながら「ウケる物語」を書いて。そんなの、疲れてしまわないのだろうか。嫌になってしまわないのだろうか。


 筆をおいてしまおうと、思ってしまうことはないんだろうか。


「それ、楽しいのか?」


 思わず零れ落ちた言葉に、庭野と夏美が揃って「え?」とこっちを見た。不思議そうなふたりに取り繕う余裕もなく、丹原は身を乗り出した。


「もう書きたくないって、嫌になったりしないのか?」


 ――丹原は所詮読む側の人間だ。軽く先の展開を予想したり、妄想をすることはあっても、ゼロから物語を生み出すパワーはないし、そのモチベーションもない。


 だからこそ、庭野を凄いと思う。彼が生み出す物語も、キャラクターたちも、すごくイキイキとしてきらきらと輝いていて。ずっとずっと、その世界に浸っていたいと思う。


庭野の物語は、当然、彼だけが生み出せるものだ。庭野が背を向けてしまった途端、物語もキャラクターも、永遠にこの世界から消えてしまう。


 それが、丹原にはたまらなく恐ろしく感じた。


「無理をして、書きたいものとは別の作品を書くこともないんじゃないか? 今だって、ポニーさんのファンはたくさんいるわけだし……。本当に苦しくなる前に、ちゃんと書きたい作品に手を出した方が」


「俺、嫌々なんて書いてないですよ」


 あまりにあっけらかんと。当たり前のように告げられた言葉に、丹原は言葉を呑みこんだ。


 口調と同じく、庭野は丹原の不安を丸ごと吹き飛ばすような笑顔で、軽く肩を竦めた。


「そりゃ、疲れたーとか。眠いーとか。あとは『思ったより反応薄いじゃん!』とかで、更新やめちゃおうかなって思うこともあるけど。根本的に俺、小説書くの好きだからさ」


「でも……」


「それにね、先輩。たしかに俺、もともとは別ジャンルの物書きだったけど、『転こい』もほかの作品も、すっごく好きなんだ。自分の作品は世界一面白い。すっごく親バカだけど、たぶん作者ってそう思うものなんだよ」


 はっとして、丹原は庭野を見た。その表情は、本屋で遭遇した時と同じくきらきらと輝いている。


 少年のように無邪気に笑って、庭野は白い歯を見せた。


「どんなジャンルであれ、俺は自分が読みたい物語を書いているし、出来上がった物語には愛着を持っているよ。だから、つらいことなんかない。心配してくれてありがとね、先輩」


「庭野……」


 じぃんと感動して、丹原は声を詰まらせる。けれども次の瞬間、盛大にむせかえった。


「それに俺には、いつも作品を応援してくれる『あっきーさん』がいるし」


「ごふっ」


 見覚えしかないアイコンのSNSアカウントを見せつけられ、丹原は思いっきり咳き込んだ。なんですぐに画面表示ができるのか。もしや、定期的に『あっきー』のアカウントを覗いているのだろうか。


「せ、先輩??」


「……――っひー。だめ、苦しい、死ぬ……」


 おろおろとする庭野をよそに、夏美は夏美ですっかり笑いのツボに入って、息も絶え絶えになっている。夏美め。まさかアカウントの中身が丹原とは知らず、庭野が『あっきー』のアカウントをロックオンしていることを、完全に他人事として楽しんでいるらしい。


「~~~~っ! 手洗いに行ってくる!」


 完全にいたたまれなくなって、丹原は勢いよく掘りごたつから立ち上がったのだった。

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