拝啓、隣の作者さま 〜推しの恋愛小説家が、実は会社の後輩(男)だった俺の物語

枢 呂紅

第1話 完璧超人のお楽しみ


 ビルが立ち並ぶ、都内のとある一角。


 オンラインを中心とした宣伝・マーケティングを請け負う会社の、営業部が入る白を基調とした真新しいオフィスにて。


 件のやり取りは、大勢に見守られながら執り行われていた。


「ええ。……ええ。はい。もちろん、仰る通りです」


 ごくりと。緊張に唾を呑みこんだのは誰だっただろうか。


 固唾を呑んで皆が見守る中、男は冷静に、涼しげな切れ長の目でゆっくり瞬きをする。


「ええ。っ、左様ですか。ありがとうございます。では次週月曜日、朝一に」


 タンっと画面を叩き、通話を終える。


 それから男は、はらはらと見守る同僚たちを振り返った。


「問題ない。ONDフーズ、部長が月曜朝一で会ってくださるそうだ」


「ま、マジですか!!」


「丹原さん、さっすがー!」


 わっと歓声が上がる中、一人の社員が半泣きで縋りついた。


「た、丹原さん~! すみません、俺、俺……!」


 申し訳なさと感謝の気持ちで、半泣きの社員は声を詰まらせる。けれども丹原と呼ばれた男は、軽く手で制した。


「誰にでもミスはある。大事なのはどう挽回するかだ。ここから期待しているぞ」


「っ! は、はい!」


 声を詰まらせ、後輩社員はきらきらと尊敬の目を丹原に向ける。


 颯爽と次の仕事にうつる丹原に、少し離れた場所にいる同僚たちは感心した。


「相変わらずだねー……。丹原さん、今日もキレキレ」


「はちゃめちゃ仕事できて、取引先の信頼も高くて。後輩の面倒見もいいし、上の受けも抜群! 加えてあの美形でしょ。ほんと隙がないっていうか、無敵っていうか」


「この間も得意先の社長からお見合いの誘いが入ったって。本人がやんわり断ったみたいだけども」


「受けちゃえばいいのに! どう考えても勝ち組じゃん」


「うまく行かなかった時に遺恨が出来ちゃうのが嫌なんだって。律義だよねえ」


「あー……。すっごい丹原さんっぽい、それ」


 やー、でも、と。噂話に花を咲かせていたふたりは顔を見合わせる。そして、同時に肩をすくめて笑い合った。


「あの人、仕事以外になにか楽しみあるのかね?」





 さて。


 そんな風に同僚に話のネタにされているなど露知らず。


 それから小一時間ほど経った昼休憩。


 社内のカフェにひとり現れた丹原は、お決まりの窓際の席を陣取る。手に持つのは通勤途中に買ってきたサンドイッチと、カフェで購入したホットコーヒー。


 すらりと長い足を組んで、椅子に背を預ける。コーヒーを片手にスマートフォンの画面を眺める涼しげな目は真剣そのもの。


 株価でもチェックしているのでは。世の中の情勢を調べているに違いない。クロスワードパズルをしているのかも。実はネットでお悩み相談でも受けてるのでは……。


 好き勝手に予測しつつ、周囲の共通認識は「昼休憩中の丹原に声をかけるべからず」。それほど彼が熱心に画面を眺めているからだ。


 ――だから、同僚たちは思いもよらなかった。


 クールな仮面の下で丹原が思い切り動揺していることを。マグカップを持つ左手が小刻みに震えていることを。


「うっ……」


 小さく呻いて、顔の下半分をぱっと手で覆い隠す。ごろごろと転げ回りたい衝動を必死に押し込めながら、丹原は内心で叫んでいた。


(ポニーさん、今回の更新も神展開すぎるだろう……!)



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