おまけ:エピローグ
2021年12月。都内某所のマンションの一室にて。
「うわー! やっぱランキング落ちてるー!」
「こら! 夜中に大声だすなっ」
リビングで頭を抱えて騒ぎ出した庭野を、丹原は台所から戻りながら叱りつける。
けれども庭野は「ライバルが手強い!」とか「やっぱ、もっと更新しなきゃダメか!」と、PC画面の睨めっこしながらぶつぶつ呟くばかりだ。
さっきまで集中してカタカタとキーボードを叩いていたというのに、急にどうしたっていうんだ。そう思いながら二人分のマグカップを手にソファに座った丹原は、庭野のPC画面を覗き込んで納得した。
「あー。これか。この間話してたWEBコンテストって」
「そう! 読者さんに応援してもらったり、ポイントを入れてもらうとランキングに反映されるんだけど。うーん。思ってた以上に、熾烈な争いだ……!」
口では嘆きながらも、庭野はどこか楽しんでいるようだ。その証拠に、目をキラキラさせながらランキング画面をスクロールしていく。その横で、丹原はティーパックで淹れた緑茶をずずっと飲んだ。
(相変わらず、こいつは楽しそうだな)
丹原はあまり詳しくないが、庭野が現在参加しているコンテストは、庭野が「ポニーさん」名義で登録しているWEB小説サイトのうちのひとつで開催されているらしい。
かなり大規模なコンテストらしく、応募小説の数も星の数ほど。前にその話題になったとき、庭野は「なんだか小説甲子園って感じだよね!」とはしゃいでいた。
ちなみに庭野は、いまも変わらずモノ書きを精力的に取り組んでいる。
先月は転こいとは別の作品を出版したし、転こいは転こいでコミカライズの話が進みつつあるらしい。こちらも変わらずポニーさんの大ファンな丹原にとっては、大変ありがたい限りだ。
そんなポニーさんだから、丹原としては「コンテスト出るんだ?」と少し不思議に思うが、庭野によれば「それはそれ。これはこれ」だそうだ。
むしろ「こんな楽しいお祭り騒ぎ、乗らない手はないよね!」と新作を生み出していたから、さすがとしか言いようがない。
(まあ、けど。今夜も創作熱が燃えてそうだな)
ふふっと笑いながら、丹原はマグカップに口をつける。
今日は二人でゆっくり過ごせる、ひさしぶりの週末だ。そういう意味では少し残念ではあるけれど、自分は世界一のポニーさんファンだという自負が丹原にはある。
ここは大人に、邪魔者はしずかに退散しよう。そうだ。納得いくところまで執筆した庭野が気持ちよく眠れるように、先に寝室に行ってベッド周りを快適に整えてやるのも悪くない。
そんな風にひとり微笑み、丹原は温かい緑茶を飲み干す。そして、とっくの昔にリラックスウェアを着込んでいるからだを伸ばしてほぐしてから、空のマグカップを手に立ち上がろうとした。
「じゃ。俺、先にふとん入ってるから。お前もあんまり、こん詰めて遅くなるなよ」
――けれども丹原の腰がソファから浮きかけたとき、庭野の大きな手がぱしりと丹原の手首を掴んだ。
「待って、待って。どこいくつもり、
驚いて横を見ると、庭野の明るい茶色の瞳が、じぃーっと自分を見つめている。とりあえず座りなおして、丹原は小首を傾げた。
「いや、だから先にベッドに入ってようかと」
「まさか寝ないよね? 俺、今夜はアキを寝かしてあげるつもりないんだけど?」
「えっ」
思わず固まると、庭野は唇を尖らせて主張した。
「だって、だって。先週は俺が締切で死んでたでしょ? その前はアキが実家に帰ってたでしょ? 俺、アキ不足で電池切れ起こしそうなんだもん」
「あ、いや。でもさ。コンテストが厳しいんだろ? 更新分を書かなきゃいけないんじゃ……」
「それなら問題なし! 俺、今晩アキとゆっくり過ごすために、今週頑張ってたくさん書き溜めておいたから。――だから、ね?」
ノートパソコンを前にずらし、庭野が身を乗り出してくる。甘く整った庭野の『白王子フェイス』が近づき、丹原はどぎまぎとした。
庭野と
「でも! ほんとに俺、拓馬の邪魔したくなくて……」
「邪魔なんかしてないよ。それともアキ。俺といちゃいちゃするの、いや?」
「ばっ、嫌なわけ!」
ないだろ!と叫ぼうとして、にんまりと笑う庭野に「しまった!」と言葉を飲み込んだ。
ほら。自分はなんて、彼に弱いのだろう。甘い空気を出されると、簡単に絆され流されてしまう自分がいる。
見えない尻尾をぶんぶん振り、上目遣いに笑いながら、庭野はさらに身を乗り出した。
「ベッド行く? それともたまには、ここでする?」
「え、ここ!?」
「えー。いいじゃん。俺、ちょっと興味ある」
すでに暴走を始めつつある庭野に丹原が慌てたとき、――ピロン、と。庭野のパソコンに通知が来た。
「た、拓馬! お前のサイト、なにか通知が来てるぞ!」
「ダメだよ、アキくん。そんな嘘で、俺の注意を逸らそうとしちゃ」
「嘘じゃないって! ほら、ちゃんと印も出てるし」
「あれ、ほんとだ」
丹原がパソコンを指さすと、庭野がぱちくりと瞬きして画面を覗き込む。いまだドキドキと主張する胸を撫で下ろしつつ、丹原も庭野にならってパソコンを覗いた。
「なんだろー? 誰か応援してくれたのかな?」
「そうみたいだな。ほら、ハートマークついてる」
「あれ、また通知来た!」
「なんだ? コメントか? レビューか?」
「あ、これ!」
「「おぉ〜〜〜〜っ!!」」
――物語は加速する。そこに読み手がいる限り。
拝啓、隣の作者さま 〜推しの恋愛小説家が、実は会社の後輩(男)だった俺の物語 枢 呂紅 @kaname_roku
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