第14話 とっても嬉しいお誘い(後半)


 しばし、ぽやっと庭野に見惚れていた加賀だが、やがて我に返ったように咳払いをした。


「こほん! つ、つまり。それほど貴重なものですので、せっかくならお返事を書いてもいいかもしれませんね?」


「お返事って、ファンレターをくれた人にですか?」


「はいっ。先生にもよりますけど、純粋にお礼のお手紙を書いたり、中にはファンレターをくださった方限定のSS(ショートストーリー)を入れる先生もいらっしゃいますよ」


「SSかあ、それいいかも!」


 顔を綻ばせて、庭野は頷いた。


 今回、書籍版の発売に合わせて「転こい」には4本の短編を書いた。ひとつは書籍掲載の書き下ろし用。あとの3本は購入者特典として本屋さんなどで配布されている。


 それとは別にSSを用意するとなると、新たに考えなくてはならない。だが、特典用にネタを考えてはみたもののお蔵入りさせたものもあるし、なにより、転こいを好きで応援してくれている読者さんに何か応えたいのだ。


「読者さん、喜んでくれるといいなあ」


 手紙を送ってくれた誰かのことを想い、庭野はわくわくと胸を高鳴らせる。


(転こいを好きだと思ってくれた人たちに、もっと楽しんでもらえるように。よーし。さっそく、家に帰ったらネタを練り直すぞー!)


 そう気合を入れた時、ふと思いだした。ファンレターという呼び方が適切かは別にして、手紙なら丹原にももらったのだった。


「ねえ、加賀さん。転こいのファンってわけではないんだけど……俺の知り合いも、感想を手紙にして渡してくれた人がいるんだ」


「ほお。直接の知り合いなのに、メールや口頭ではなく、わざわざ手紙をしたためてくださったと。それはまた、律儀な人ですね」


「でしょ? そのひとにも、SSを渡してみようかと思うんだけど、どう思う?」


 試しに聞いてみると、加賀は思ったより食い気味に頷いた。


「大賛成です。どんどん渡しましょう! ファンは大切に、育てる意味も込めて!」


「ファンじゃなくて、同じ会社の先輩だよ。その人、すごく真面目で。偶然、俺が本出したことを知って、わざわざ本を読んで、感想を教えてくれただけなんだけどね」


 庭野は苦笑するが、加賀は力強く断言した。


「だとしてもです。ペンを持たせる気になるくらいには、転こいがその方の心を動かしたんですから。きっとその方も、喜んでくださるはずですよ!」


「そうかな」


 照れくささ半分に、頭の後ろを掻く庭野。


 ちなみに当の丹原は「転こい」及びポニーさんのファンなので、お返しにSSなど貰ったら狂喜乱舞どころか額縁に入れて飾るくらいなのだが、残念ながら庭野は知らない。


(先輩も、楽しんでくれたらいいな)


 SSを渡すときのことを想像して、庭野はつい笑みが漏れてしまう。その様子に、加賀は目敏く気が付いた。


「おやおや~? もしかしてその先輩さんは、ポニー先生の恋人さんなんですか?」


「え?」


 加賀から飛び出した思いもよらない言葉に、庭野は仰天する。すると加賀は、にまにまと子猫のように笑った。


「だって先生、すっごく優しい顔してましたよ? 恋人さんじゃなかったら、片思いの相手さんですかね? どっちにせよ、とってもいいです!」


「そんなんじゃないですって」


 勝手に盛り上がる加賀に、庭野は慌てる。――冷静に考えれば慌てる必要もないのだが、とっさに顔が熱くなるくらいには動揺した庭野は、そのことに気付かない。


「先輩は先輩。ただの同じ会社のひとですよ。そもそも相手、男だし」


「えー? 恋愛に性別は関係ありませんよ?」


「俺が好きなのは女の子!」


 身を乗り出して主張すれば、加賀は「失礼しましたっ」と舌を出して詫びた。


 まったく、と。まだ火照った頬を冷ますために、庭野はアイスコーヒーを飲んだ。


 確かに先輩といると楽しい。話してみれば意外と話も合うし、小説のことも気兼ねなく話題に出来る。ほかの後輩に向ける表情と違うことに得意になってしまうし、呆れた顔をしながらも相手をしてもらうといくらでもちょっかいをかけたくなる。


 そうはいっても、丹原は男だ。そりゃ、へたにその辺の女性を捕まえるより綺麗な顔をしているしスタイルもいいが、がっつり男性である。


(……いやいやいや。ないよね? 俺、先輩を好きとかないよね? 俺が好きなのは、華奢で守ってあげたくなっちゃうような女の子だよね??)


 気を落ち着かせるために手を伸ばしたはずのアイスコーヒーのグラスを握りしめて、庭野は自問自答を繰り返す。


 そんな庭野をよそに、加賀は溜息をついた。


「ですが、残念です。私の経験上、作者さん自身がきゅんきゅん胸をときめかせているときって、とってもムズキュンな恋愛小説が生まれるんですけど」


「え、なんの話?」


 我に返って、庭野は目を瞬かせる。その言いぐさだと、まるでこれからやる創作のためにも、庭野に恋をしていて欲しかったという意味に取れてしまう。


 すると加賀は、両手を机の上で組んでキランと目を輝かせた。


「ポニー先生。私は今日、先生に一つの提案を持ってきたのです」


「と、言うと?」


 ごくりとのどを鳴らしつつ、庭野が問い返す。


 そんな庭野をまっすぐに見据えて、加賀は重々しく告げた。


「ポニー先生。『転こい』、2巻出してみませんか?」


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