第15話


 翌朝、光野が戻ってきた。大型ダンプカーを運転して。


「わー光野さん! 大型運転できるんだぁ!」


 拠点につながる橋の上。思わぬ登場の仕方に、小牧ははしゃいで声をかける。


「ええ、成人してから真っ先に運転免許を取りに行きましたよ。まあ今は、燃料や路面の関係で、結局は徒歩のことが多いですが」


 このダンプカーは燃料が余っていて良かった、と運転席から降りながら光野。荷台には鉄骨やアルミサッシなどの資材が山積みになっていた。


「これ、全部一人で集めたのか?」


 一ノ瀬が呆れたように尋ねる。野次馬のように集まってきた若者たちも、積み込まれた資材の量にやや引き気味だ。


「ええ、もちろんです」


「……凄いな。しかも昨晩にだろう? 『奴ら』を相手にしながら暗い中で、と考えると……うーん、やっぱ頭おかしいわ」


「唐突なディスり」


「いえ、私の心は常に神とともにあります。頭がおかしくなる前に、神が治してくださるので平気ですよ」


「からのマジ返し!」


 二人の会話を引っ掻き回すように、からからと笑いながら茶々を入れる小牧だったが、不意に真顔で光野にささやきかけた。


「昨日は……やっぱり、人々も解放したんですか」


「ええ。五百人ほど」


「そう……ですか。良かった」


 じわ、と目元に滲んだ涙を、皆に気づかれないようにと小牧は慌てて拭った。


「……小牧さん。あなたが彼らのために、そうも心を痛めてくれていた。……それだけのことで、私もまた救われた気分です」


「そんな……わたしなんて、何もできなくて。ただ、祈ることしか」


「私もほぼ同じです。結局は、祈ることしかできませんでした。彼らの魂の安寧を」


 二人して、空を見上げる。


 今日は美しい青空だ。


「祈りましょう。彼らのために」


「……はい」


 胸に手を当てて祈りを捧げる光野と小牧。


「俺も祈っといた方がいいのかな……」


 取り残され、頭をかく一ノ瀬。何やら小声でゴニョゴニョ話しだしたかと思えば、突然祈りだすのだから、ちょっとついていけない。


「俺が敬虔な信徒になるのは、当分先の話だなこりゃ」


 っていうか小牧順応早くね、などと思いながら、一ノ瀬は拠点に戻るのだった。




 さて、祈りの塔ルイトールの建設だ。


 祈りの塔は不死者相手の結界としても機能することから、建設地は中洲の中心が望ましい。というわけで、場所は老人ホームと芋畑の中間あたりになった。


「それにしても、塔は木と金属の複合って言ってませんでしたっけ?」


 資材をかついで歩く光野に、トコトコとついていきながら質問を浴びせる小牧。本当は手伝おうとしたのだが、「全部自分でやるから」と光野に断られたのだ。


 祈りの塔は他でもない、自分たちのためでもあるのに、光野に投げっぱなしは気が引ける。が、数百キロの資材を軽々と持ち上げる光野の怪力ぶりを見ていると、「自分が手伝っても邪魔になるだけかも」と思えてきたので、小牧は内心複雑だ。


「ええ、そうですよ。木多め、金属そこそこ、といった風にするつもりです」


 鉄筋の束をまとめて肩にかつぎながら、しかし一切の負担を感じさせない穏やかな声で光野。


「その割には、今んとこ、金属しか見ない気がするんですけど」


「ふふ。小牧さん、『木材と金属の複合』とは言っていませんよ、私は」


 小牧の素朴な疑問に、どこかいたずらっ子のような笑みを浮かべて答える光野。あ、こんな顔もするんだ、と小牧は少し驚いて、ちょっとだけ嬉しくも感じた。


「ん~? 木材と金属の複合、とは言っていない? ……あ」


 そしてピンときた。思い出すのは、昨日の鶏の治療と、畑を復活させた光だ。


「小牧さんは察しが良いですね。きっと、面白い光景が見られると思いますよ」


「子供たちも呼ぼうかな?」


「良いアイディアだと思います……いや、呼ぶまでもないですね」


 建設予定地には、すでに子供たちの姿があった。他、佐山や手すきの若者たち、酒寄を始めとした女性たちの姿もある。鬼塚は――いないようだ。小牧は残念なような、ホッとしたような、何とも言えない気分を味わった。


「それでは、今から建てますので、皆様は少しだけ離れていてください」


 バーベキューのために火を起こしますよ、くらいの気軽さで、光野は塔の建設を宣言する。野次馬たちを遠ざけつつ、そっと錫杖ルイトールを立てた。


 りぃぃぃん、と涼やかな音とともに直立する錫杖。見慣れていない面々はそれだけでも感心したような声を上げた。


「では……」


 ごそごそと胸元を探り、光野がなにやら木の枝を取り出す。まだ青い葉っぱがついている、生木のようだった。それを、建設予定地の真ん中にサクッと挿す。


「いきます。アウル・エファアシーン・ジウラ!」


 バールのようなものを掲げ、呼び起こす、極彩色の光。虹色の奔流が辺りを包み込んだ。


「すげえ……!」


「きれい……!」


 皆が驚嘆の声を上げる。美しい――まるでオーロラが地上に降りてきたかのようだ。


 風が渦を巻く。光野の衣がばたばたとはためく。変化はすぐに起きた。地面に挿された生木から、ぽつぽつと新たな芽が伸び始める。その枝はみるみる膨らんでいき、地面に根を張って太い幹へと変わっていく。


「アウル・エファアシーン・ジウラ、ファラリアル・ユーア・マーリニヤ――」


 まるで騎士のように、眼前にバールのようなものを構え、光野は一心に祈りを捧げている。


 足元から新たな光が溢れ、魔法陣のように広がっていった。魚のように飛び跳ねる光の泡が、周囲の資材に降り注ぐ。パチバチッ、バチッと鋭い音を立て紫電が弾けた。光を帯びた資材がふわりと空中に浮き上がり、生き物のようにくねりながらその形を変えていく。


 嵐のように大気がうなり、宙を踊る資材が中心へと収束する。


 もはや木の枝は大樹に成長しつつあった。その幹に金属部品が潜り込み、互いに互いを補完しながら美しい装飾に姿を変えていく。幹が伸びていく。ぐんぐんと高く。色とりどりの光を振りまきながら、緑の葉を茂らせる。


 見上げんばかりの『塔』が、産声を上げていた。


 樹上にいくつもの円環をそなえ、大気に共鳴しルゥゥンと穏やかな音を響かせる。光り輝くその姿は、奇しくも光野が手にする錫杖とそっくりだった。


 ――いや、違う。あれこそが、祈りの塔ルイトールの本来あるべき姿なのだ。


 周囲の面々は、ぽかんと口を開けて、もはや言葉もなかった。


 小牧もまた、絶句している。しかしただ感激していたのではない。光野が実現させた奇跡、その高度さにひたすら圧倒されていたのだ。


 小牧も、エファアシーン・ジウラの光に触れた。まだ手を光らせるのがせいぜいだが、だからこそ、『光術』の奥深さと難しさを垣間見た。


 それが、この『塔』はどうだろう。今の、たった数十秒の間に、光野はいくつの『奇跡』を呼び起こした? 祈りの塔は奇跡の質を高め、不死者を寄せつけなくなるという。つまり、いくつもの機能を内包した神具だ。それを創り出す業が、簡単であるはずがない――


 やはり光野はすごい。もちろんエファアシーン・ジウラも偉大だが、その偉大なる奇跡を、この規模で実現させる光野も、只者ではない。


 小牧は改めて、光野の背に尊敬の眼差しを向けた。この人に出会えて良かった――と心の底からそう思う。


 しかしその背中が、ぐらりと揺れた。


「ッ!? 光野さん!?」


 フラッとたたらを踏んだ光野に、小牧は慌てて駆け寄った。


「いえ、大丈夫です。少しばかり目眩が……」


 すぐに立ち直った光野が、照れたような笑みを浮かべる。だが小牧はごまかされなかった。


「もう! 無理ばっかりしてるからですよ! だから言ったじゃないですか、ちょっと休んだ方がいいって……!」


 休みも取らず一人旅を続け、昨夜だって資材を集めながら、不死者たちの救済まで同時並行で行っていたのだ。光野がどんな完璧聖人でも、たとえ神の癒やしの力があっても、精神的な疲れは抜けないだろう。


「ですが……」


「わかります、犠牲になった人々のことを、光野さんが放っておけないのも! でも……」


 この人は優しすぎる。光野の手を握って、小牧は涙ながらに訴えた。


「でも、もう少し自分のことも労って……!」


 そんな小牧を前に、流石の光野も、それ以上は抗弁できなかった。


「……そう、ですね。少し休んでもいいかもしれません」


 ははは、と気の抜けた笑みを浮かべて、光野。ホッと一息つく小牧だったが、不意に自分が光野の手を握りっぱなしであることに気づき、急に気恥ずかしくなって手を離した。


「……さて、皆様、これで建設完了です」


 未だ茫然としている見物人ギャラリーたちに、光野が改めて宣言する。それを皮切りに、心が宇宙までぶっ飛んでいた皆も、ようやく再起動して歓声を上げた。


「うおおお! すげえええ!」


「お兄ちゃんかっこいいー!」


「なに今の!? やばくない!? レナ、この人やばくない!?」


「俺、今日から入信するわ」


 老若男女かかわらず、全員が感動している。酒寄は「最初騙してるとか言ってすいませんでしたぁ!」と土下座しかねない勢いだったし、一ノ瀬に至っては、すでにその場で「アウル・エファアシーン・ジウラ、アウル・エファアシーン・ジウラ……」と念仏のように唱え始めていた。


「はああ~~これは本当にすごいねえ! お疲れ様、これでもお飲み」


「あ、ありがとうございます……」


 どこからともなく現れたウメ婆さんが、謎の手際の良さで光野に湯呑を渡す。もはや無抵抗で受け取り、茶を楽しみ始める光野。周囲を圧倒する彼が、唯一勝てない相手――それがウメ婆さんだった。


 いずれにせよ、その日を境に、川中島コミュニティには一大信仰ブームが起き、皆が熱心に祈りを捧げるようになっていった――

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