第8話


 再会の喜びが一段落してから、主だった面々が老人ホームの一室に集まっていた。


 佐山、一ノ瀬、鬼塚にウメ婆さん。


 そして小牧と光野だ。改めて自己紹介を終え、それぞれ席に着く。


「それで、詳しく話を聞きたいのだが……」


「おっけー。どこから話したものかな」


 小牧が順を追って話し始める。


 大型ショッピングセンターで『奴ら』に噛まれたこと。囮になって、極力騒音を立てながら走って逃げたこと。追い詰められ、鉄塔に逃げたこと。自殺を図ったが失敗したこと――


 特に、自決のくだりでは皆が痛ましい表情をした。小牧は終始淡々と話していたが、言葉の裏に隠れた彼女の壮絶な覚悟が、ひしひしと伝わってきたからだ。


 が、その後、話に光野が登場したあたりで、皆が混乱し始める。


「ま、待ってくれ」


 眉間のあたりを揉みほぐしながら、佐山が待ったをかけた。


「……もう一度言ってくれないか」


「え? えーと、光野さんがバールを光らせて、それで……『奴ら』を三百人? いや四百人くらいかな?」


「六百十三人でした」


「あ、そんなにいたんだ。ってか数えてたんだ光野さん……まあともかく、『奴ら』をバールでぶん殴って、ドババッ! て感じで、灰にしちゃいました」


「…………」


 顔を見合わせる面々。


「なんでバールで殴ったら灰になるんだ……」


「そんなことありえないわよ、バカバカしい……」


「小牧ちゃん大変だったねぇ~」


 一ノ瀬、鬼塚、ウメ婆さんと三者三様の反応だ。佐山は頭痛をこらえるように黙っている。


「それで……『奴ら』を全滅させた光野さんが、バールからオーロラみたいな光を出して、傷を治してくれました。そのあとは日が暮れちゃったんで、近くの民家に避難して、夜が明けてからこうして戻ってきたわけです」


「……うぅ~む」


 佐山はうなり、ズズッと茶をすすってから、結論を出した。


「信じがたい」


「ええっ。でも嘘みたいですけど、本当のことなんですよ~!」


「いや、うむ、それもわかる。現にこうして帰ってきたわけだからなぁ」


 小牧の腕――特に、食い破られたあとがはっきり残るジャケットの袖を見て、佐山は溜息をつく。ちらっと一ノ瀬に視線を向けると、彼は頷いて、


「傷が治ってるのは本当だ。噛まれたところは、俺も……見たからな」


 苦しげにそう言った一ノ瀬は、姿勢を正し、小牧に頭を下げた。


「すまなかった、小牧。俺たちがもっとしっかりしておけば……。お前を囮にして逃げるしかなかった俺たちを、許してくれ」


「いやいやいや! むしろわたしの不注意だよ。扉に近づきすぎて噛まれたわけだし。それに気にしてないって! あれは……本当に仕方がないもん。他にどうしようもなかった」


 地下倉庫で大群が出てきて、慌てて地上へ逃げたらさらに大群がいたのだ。包囲されたときはおそらく全員が死を覚悟しただろう。


「それに、結果論だけどさ。こうして生きて帰れたわけだし……だから謝らないで」


「……だからこそ、さ。謝りたかったんだ」


 小牧が笑いかけても、一ノ瀬は神妙な顔をしたままだった。


「本当に後悔したんだ。申し訳なくて、できることなら一度だけでも謝りたいって、みんな、そう思ってたんだ……」


「一ノ瀬……」


「だから、その機会を――本当に奇跡みたいな機会を、俺たちにくれて、ありがとう。小牧を助けてくれてありがとう」


 今度は光野に向き直り、再び頭を下げる。


「当然のことをしたまでです」


 優しく微笑みながら、頷く光野。


「……でも、悪いけどやっぱり信じられないわ」


 どこか不機嫌そうに口を開いたのは、鬼塚だ。


「百歩譲って、『奴ら』から小牧ちゃんを助けたのはいいとしても、傷まで治したってのがどうしてもわからないわ。いや、現実に治ってるからには、なにか理由があるんでしょうけど」


 腕を組んだまま、じろりと光野を、そしてかたわらの錫杖とバールのようなものを見る。


「そのバールが特別なものなのかしら。それとも、あなたは特殊能力でも持っているの?」


「そのとおりです。このバールは特別ですし、私は皆様から見た場合、特殊能力を扱えます」


「えっ」


 光野があまりにもすんなりと肯定したので、鬼塚がぱちぱちと目をしばたかせる。しかし、それ以上鬼塚が尋ねる前に、「ただ、」と光野が言葉を続けた。


「最初に断っておきたいのは、この力は私のものではない、ということです」


「……というと?」


「私の祈りに伴う『超常現象』は全て、光の神エファアシーン・ジウラによってもたらされる奇跡です。私自身はただ、その恩恵に与っているにすぎないのです」


「……神、ねえ」


 とんとん、と机を指で叩きながら鬼塚は呟く。光野の論旨がどうしても気に食わないようだった。そういえば無神論者だって言ってたっけ、と小牧は不意に思い出す。


「その奇跡とやらを、お目にかかることはできるのかしら」


「お望みとあらば」


 やおら席を立った光野が、まず錫杖を手に取る。


 それを軽く、床の上に立てた。りぃぃぃん、と静かに澄んだ音とともに薄く発光しながら、支えもなしに錫杖が自立する。小牧はもはや見慣れつつある光景だったが、皆はそれだけでも驚いたようだ。


「……ジャイロでも仕込まれてるのかしら」


 鬼塚が皮肉げに笑おうとしたが、口の端が引きつっている。


「これは『ルイトール』という神具です。杖というよりは持ち運び可能な『塔』、あるいは……そうですね、トーテムポールみたいなものです」


「トーテムポール」


「はい。こうして立てることにより、その地におけるエファアシーン・ジウラの恩恵を一時的に高めることが可能です」


 昨夜、民家で一夜を過ごすときも、光野はあの杖を立てていた。いわく、家の周辺を聖域とすることで『奴ら』を遠ざけた、とのことだった。


「そんなもの、どうやって手に入れたんだ」


「自作しました」


 一ノ瀬の質問にこともなげに答えながら、続いて、バールのようなものを手に取る光野。


「こちらは、元々は普通のバールでしたが、十年近く祈りを捧げて聖別したものです。いわば聖なるバールですね」


「聖なるバール」


「はい。このバールを介することによって、より効果的に祈りを捧げられるのです。それでは……たしか、ウメさんでしたよね」


 ウメ婆さんに向き直る光野。


「右肩を痛められているのではないでしょうか」


「あら、まあ。よくわかったねえ」


 光野の指摘に、ウメ婆さんが目を見開く。


「そうなんだよ、実は昨日、高いところのものを取ろうとして、変にひねっちゃってねえ」


「やはり。よろしければ、治療いたします」


「はあ~。治るなら、そりゃありがたいけど」


「では失礼して……アウル・エファアシーン・ジウラ!」



 光野がバールのようなものを掲げた。



 そして、オーロラのような虹色の光が、ウメ婆さんに降り注いだ。

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