第7話
「……このご時世に勧誘? 新興宗教はお断りよ」
鬼塚が鼻白んだように、冷たく言い放った。青年――光野がふざけていると解釈したのか、気分を害したようだった。
「ちょ、ちょっと鬼塚さん! 気持ちはわかりますけどガチなんですよ!」
険悪な雰囲気を漂わせ始める鬼塚に、小牧が手をわたわたさせながらフォローを入れた。
「光野さんはちょっと変わってるし、胡散臭いオーラも出してますけど! 本当に本当の神の使徒らしいんですよ!」
褒めているのか、けなしてるのか。これには光野も苦笑い。
「レナってちょっと騙されやすいところあるからね……」
「だーかーらー、みっちー! 騙されてないもん!」
心配そうな酒寄に、小牧はぷんすか怒りながら腕を示す。
「『奴ら』に囲まれてても助けてくれる詐欺師なら、喜んでお金払うよ! 第一、騙されてるんだったらこの傷はどうなの! 現に治ってるじゃん!」
佐山たち一同が、ぐうの音も出ないほどの正論だった。どうする? とばかりに、一ノ瀬と鬼塚が目配せしてくる。
「うぅーむ……」
佐山は眉間のあたりを揉みほぐしながらうなった。このような事態は初めてだ。いや、小牧が帰ってきたことは、とても喜ばしいのだが。
「……とりあえず、立ち話もなんだから、二人には入ってもらおう。ただ――その前に一応、身体検査をさせてもらいたい」
佐山たちのコミュニティには、いくつかルールがある。よそ者を受け入れる際に、噛まれていないか検査する、というのもそのうちの一つだ。
小牧はよそ者ではないし、一ノ瀬たちを見る限り、傷が治っているのも本当のようだが、念のためにチェックさせてもらうことにした。
「おっけー、まあ当然ですよね」
「私も構いません」
二人とも気にする風はない。安堵しつつ、佐山はとりあえずバリケードを動かすため指示を出そうとしたが、
「あ、バリケードはそのままで大丈夫ですよ。小牧さん」
光野がそれを押し留め、小牧を手招きする。
「あ、わかった。失礼しまーす。えへへ」
照れながら寄り添う小牧を、そのままひょいと抱き上げる光野。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。何をするつもりなのか、と皆が訝しむ暇もなく、タンッと地を蹴る。
ふわりとひるがえる白い衣。
悠々とバリケードを飛び越えた光野が、とっ、と軽い音を立てて着地した。
「はぁ?!」
「ええっ!?」
ぎょっとする全員。バリケードは工事車両を改造したもので、少なくとも二メートルは高さがある。それを、助走もなく、しかも少女を一人抱えたままで飛び越えるとは――
光野の腕から降りた小牧が、なぜかドヤ顔でうんうんと頷いていた。
「わかる。みんなわかるぞぉーその気持ち! でもこんなの序の口――」
小牧が言い終える前に、その横から飛び出す影。
「うううううレナアアアァァァァァッッ!」
びえええ、と号泣しながら酒寄が小牧に抱きついた。小牧は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、自分がどれだけ心配をかけたか、自覚もあったのだろう。すぐにしんみりした表情で酒寄を抱きしめ返した。
「ごめんねみっちー……心配かけて。でもほら、大丈夫だから」
「ほんと? 本当にレナだよね?」
「うん、本当。どうにか帰ってこれたよ……」
「……うう、うわあああん!」
もはや言葉もなく、小牧に抱きついてわんわんと泣き出す酒寄。まだ検査してないから離れなさい――などと無粋なことを、佐山は言わなかった。鬼塚に目配せしてあとは任せておく。
さて、問題は光野だ。橋のたもとの民家に入り、服を脱いでもらう。検査に立ち会ったのは佐山と一ノ瀬だが、二人とも光野の裸体を目にして絶句することになった。
「すげえ体だな……」
思わず呟いたのは一ノ瀬だ。ゆったりとした衣の下には、鋼のような肉体が隠されていた。光野は細身だが、その筋肉は、男から見てもえげつないレベルで鍛え上げられている。
「ええ、体が資本ですからね」
きらりと白い歯を見せて微笑む光野。顔は優男なので、胴体とのギャップが凄い。
「この体を見れば、先ほどの動きも納得だわい」
「いや、爺さん、そうか……? 筋肉の方が重いし、人間には無理な挙動だと思うぞアレ……」
うむうむと頷く佐山に対し、一ノ瀬は釈然としない。人間には無理な挙動をする男を、それでも招き入れたのは、小牧の件があるからだ。そうでなければお引き取り願っている。
「にしても、ろくに荷物も持ってないみたいだが、……どうやって旅してるんだ? この体を維持するだけでも大変だろ、食い物とか」
「ああ、私は食事を摂る必要がありませんので」
「……さいですか」
話半分に聞き流しながら、身体検査は終了した。光野の体には傷一つなかった。
その間に、小牧も手早く終わらせたらしい。酒寄が「隅々までチェックしました!」と晴れやかな顔でサムズアップしていた。その後ろで小牧は、少し赤らんだ渋い顔をしていたが。
†††
老人ホームの前では、子供たちが不安そうに待っていた。
やがて、姿を現した小牧に、「あ、あ……!」とみんなが目を丸くする。
「レナ姉ちゃん……?」
「お姉ちゃんなの……?」
信じられない、とばかりにわなわなと震える子供たち。
そう、――信じられないだろう。
こんな奇跡、今までどんなに願ったって、一度も起きなかったのだから。
「うん……そうだよ! みんな、お姉ちゃん帰ってきたよ!」
ほら元気だよ! と飛び跳ねる小牧に、子供たちが顔をくしゃくしゃにした。
「ううう……お姉ちゃあああん!」
わーん、と泣きながら、一斉に小牧に群がる。よろめきながらも小牧はそれを受け止めた。
「みんな、ごめんねえ、心配かけたねえ」
もらい泣きしながら、一人ひとり抱きしめてあげる小牧。
「本当に小牧ちゃんなのかえ?」
「あ、ウメばーちゃん。そうだよ! なんとか生きて帰ってこれた!」
「は~あああ! 良かったねえ~! ありがたやありがたや……」
お年寄り特有のビブラートがきいた高音で感嘆の声を上げ、天を拝み始めるウメ婆さん。
子供たちの頭を撫でながら微笑んでいた小牧だったが、しかしふと、老人ホームの庭に目を向けて、その笑みがこわばった。
庭に鎮座する白いテーブル。
山のように飾り付けられた折り紙の花。
そして、その真ん中で笑顔を見せる、小牧の額入り写真。
「……えっと、あれってもしかして……」
水を向けられた一ノ瀬が、気まずそうに頬をかきながら答えた。
「あ……うん。お前の葬式」
「えぇ……」
複雑な表情を浮かべる小牧。そんな彼女を見て、ハッとしたように、子供の一人が祭壇の方へと駆けていった。
「お姉ちゃん! これあげる!」
持ってきたのは、供えられていた桃缶だ。
「あっ、これ……」
「お姉ちゃんの大好物なんでしょ! 食べて!」
甘いものは自分も大好きだろうに。それでも「ん!」と桃缶を差し出す。
「そうだよ! それお姉ちゃんのね!」
「うん! ぼくたちもう、お腹いっぱいだから!」
「ぜんぶ食べていいんだよ! ぜんぶ食べていいから……」
ぐすっ、と再びべそをかく子供たち。
「食べていいから……もうどこにも行かないで……」
うっ、うっ、と嗚咽しながら。
「みんな……」
感極まったように、小牧は子供たちを一度に抱きしめる。
「わかった、お姉ちゃん、もうどこにも行かない! ずっと一緒だからね!」
約束するよ。そうささやいて――。
結局、桃缶はみんなで一緒に食べた。
全員で分けたので、量はとても少なくなったけれど。
それでも、今までに食べたことがないくらい、美味しい美味しい桃缶だった。
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