第26話
※クリスマスなので2話連続更新で完結! こちらが最終話です。
――――――――――――――――
それからさらに月日が流れ、冬の訪れを感じ始める頃。
光野は、再び旅立とうとしていた。
「光野さん……今まで、本当にありがとうございました」
白い聖衣に身を包んだ佐山が、深々と頭を下げる。同じく聖衣を身にまとった他の面々も、それにならって一礼した。
「いえいえ。私こそ、実に充実した日々をすごせました。これも皆様のおかげです。私こそ、ありがとうございました」
穏やかに笑い、返礼する光野。
祈りの塔を建て、神殿を建立し、コミュニティのほぼ全員が神の光を灯した。そして、皆が光術をある程度使えるようになった今、安心して旅立てる。
新たなコミュニティを探し、神の恩恵を広めるために。
「一ノ瀬さん」
「川中島の守りは任せてください! どんな眷属が来ても、俺の弓でぶち抜いてやります!」
肩に担いだコンパウンドボウをとんとんと叩いて、ニカッと笑う一ノ瀬。浄化の祈りにさらに磨きをかけた彼は、今なら眷属が相手でも対抗できるほどの弓の腕を獲得している。
「ウメさん」
「癒やしの光も、刃の光術も、ばっちりさね。心配せずに、行っといで」
ジャッ! と指先に光の刃を伸ばして見せながら、ウメ婆さんも笑う。癒やしの光だけではなく、その光の刃の冴えはコミュニティ内でも随一だ。
「酒寄さん」
「神の声もバッチリ聞こえます! 本日の出立を祝っておいでですね!」
うっとりとした顔で神の声に耳を傾ける酒寄は、そのままトランス状態に入ってしまった。光野も思わず苦笑する。
そうして、一人ひとり、別れを惜しみながら挨拶していく。
最後に――小牧の番が来た。
「小牧さん……あなたは、本当に私の自慢の弟子です」
「ありがとうございます、光野さん」
慈しむような笑みを向けてくる光野に、小牧も花が咲くような笑顔で答える。
「あなたになら、安心してこの地を任せられます。どうか、神のご加護のあらんことを」
「…………」
「……ところで、一つお聞きしたいのですが」
「はい! なんでも聞いてください」
「あの、小牧さん。なぜそんなフル装備なんですか?」
困惑気味の光野。
それもそのはずだ。眼前の小牧は聖衣をまとった上、背中にギターケースを担ぎ、腰には銃のホルスターとナイフ、さらには水筒、小さなカバンまで持った、文字通りフル装備状態だったのだ。
まるで、「今から旅に出ます!」とでも言わんばかりに。
「はい! それは光野さんについていくからです!」
「…………」
元気に答える小牧。光野は頭痛をこらえるように、頭を押さえた。
「小牧さん。お気持ちは嬉しいです。私もあなたと離れるのは……とてもつらい」
「はい」
「しかし、布教の旅は、生易しいものではありません。食料が何日も見つからないこともありますし、休みなく歩き続けるのは当たり前、さらには不死者の『救済』もあります。そんな、危険な旅路にあなたを連れて行くわけには――」
「光野さん、まず報告なんですけど、わたしここ二週間、何も食べてません!」
ドヤ顔で、胸を張って小牧は宣言した。
「さすがに水は何回か飲みましたけど、エネルギー補給なしですごせてます。あと、起きてる間はここ一週間、呼吸もしてないです」
ある程度信仰を深めれば、生命の維持に呼吸や食事は必要なくなる。小牧はすでにその領域に達しているのだった。そして、それは光野の旅についていくための、最低条件でもあった。
「…………」
「歩き通しも、不死者の救済も、覚悟の上です。みんなのことは心配ですし、心残りでもありますけど……それでも、あなたについていきます」
「……なぜ、そこまでして」
「そりゃあもちろん、光野さんが大好きだからです!」
屈託のない笑顔で、言い切る小牧。
「――あと、神の声も聞きました」
それ以上、光野が何かを言う前に、畳み掛けるようにしてつけ足す。
「わたしの心が、願うように行動すべし――と、神は仰っていました。そして、わたしは光野さんについていきたいのです。だから、ついていきます」
そう告げた小牧は、穏やかな笑顔で子供たちの方を振り返った。
「だから――みんな、ごめんね。お姉ちゃん、一緒にいるって約束したけど。神の声が聞こえちゃったから」
「エファアシーン・ジウラの声が聞こえたんなら、しかたないね!」
「しかたないよ!」
どこかおませな笑みを浮かべて、応じる子供たち。
だが、その笑顔も長くはもたなかった。うっ、と子供たちの目尻に涙が浮かぶ。
「……おねえちゃ~ん!」
「……ごめんね」
駆け寄ってきた子供たちを抱きとめる。
「みんな、元気でね……」
ぎゅ~っと、ありったけの力を込めて抱きしめてから、小牧は立ち上がった。
「……さあ、お別れの挨拶も済んだので、行きましょう! 光野さん!」
「……。私の意志は、聞かないのですか?」
不意に、硬く、冷たい声で光野が問う。氷の手で心臓を掴まれたかのようだった。はっと息を呑んだ小牧は、弾かれたように光野を見やる。
――そして気づいた。光野が、いたずらっ子のような笑みを浮かべていることに。
「……一応、聞いときますけど?」
自分が見事、引っかけられたことに気づき、ぷっくりと頬を膨らませながら小牧。
「もちろん、とっても嬉しいですよ」
光野は忍び笑いを漏らしていた。サプライズへの意趣返し、とでも言わんばかりに。
「レナ! 頑張ってね!」
憮然とする小牧に、後ろから酒寄が抱きついてくる。
「小牧! 光野さんに迷惑かけんなよ!」
わしゃわしゃと頭を撫でてくる一ノ瀬。
「小牧ちゃん、気をつけてねえ」
「小牧ちゃん、応援しとるぞ!」
にこにこと、微笑ましげに笑うウメ婆さんに佐山。
それ以上、湿っぽい別れにはならなかった。
なんといっても、心は常に神と一緒なのだから。
「さようなら! みんな、行ってきまーす!」
「いってらっしゃ~い!」
「気をつけてな~!」
「アウル・エファアシーン・ジウラ!」
皆の穏やかな笑みに見送られながら、二人は出発する。
橋を渡り、川を越えて、それでも手を振り続ける皆を振り返った小牧は、ふと表情を曇らせて、拠点に目を凝らす。
どこかの窓から、鬼塚がこちらを見ているのではないか、と思ったからだ。
だが――彼女の姿は見当たらなかった。
「鬼塚さんが心配ですか」
小牧の胸の内を読み取った光野が、声をかける。
「はい……。最後まで、お話できませんでした」
鬼塚の拳銃自殺は、皆に衝撃を与えた。『救済』から戻ってきた光野が、蘇生させてしまったのにも驚いたが。
復活した鬼塚は――完全に、心を閉ざしてしまった。食事は摂るが、話しかけても答えないし、自分からは何もしない。ただ日中、ぼんやりと過ごすだけ。癒やしの光を当てようとすると泣きじゃくって拒絶する。
光野は、鬼塚は決して邪神には汚染されていない、と断じた。邪神のせいではなく精神的な問題なのだと。皆の振る舞いが、知らず識らずのうち、そこまで鬼塚を追い詰めてしまった――と、コミュニティの全員が居た堪れない気持ちになった。
「見守るしかありません」
光野は言っていた。
「確かに、強い光で心を癒やすことは可能です。しかし」
それをしてはならぬと。
「心をこじ開けて神の愛を教え、無理やり信徒と化しても。捧げられる祈りは、非常に質が低いのです。そのような祈りは、神もお喜びにならない」
故に、信仰を無理強いしてはならない。
彼女が、鬼塚自身が、神を受け入れるその日を待つしかない――
「大丈夫ですよ、小牧さん」
思いつめたような顔の小牧に、光野は優しく告げる。
「時間は私たちの味方です。いつか彼女も、心を開いてくれますよ」
「光野さん……」
「彼女は素晴らしく意志の強い人です。だから大丈夫」
光野は、穏やかな笑みで拠点を振り返る。
「――きっと彼女は、良い信徒になります」
この地に神の恩恵を広げる旅は、始まったばかりだ。
武装宣教師ヒカリノ 彼岸のユートピア 完
武装宣教師ヒカリノ 甘木智彬 @AmagiTomoaki
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