第25話
※クリスマスなので2話連続更新します。次話で完結です。
――――――――――――
「かはッ」
長く息を止めていたかのように。
あるいは水底から引き上げられたかのように。
鬼塚は息を吸い込んだ。目を開ける。医務室の天井が、視界に飛び込んできた。
「…………え?」
鬼塚は、医務室のベッドに寝かされていた。まさか夢でも見ていたのか? いや、それにしては記憶が生々しい。自分は確かに引き金を引いた。弾丸が、頭の奥を破壊する衝撃まで、鮮明に覚えているというのに。
「目が覚めましたか」
不意に、かたわらから穏やかな声。
弾かれたように見やれば、生真面目な顔をした、あの青年が――
光野が、座っていた。
「ひッ」
神の使徒。諸悪の根源。人外じみた力の持ち主。本能的な恐れから身を引いた。
「なっ、なんっで、あなたが、ここに……!」
半ばパニックになりながら周囲を見回した鬼塚は、気づいてしまう。
自分の背後――医務室の壁に、べっとりと飛び散った血痕に。恐る恐る後頭部に触れる。だが傷一つなかった。
……いやな予感がした。ここに光野がいたという事実に。
「まさか……あなた、わたしを」
「はい。復活させました」
絶句とは、まさにこのことをいうのだろう。
「あ、……あなたは……死者まで、復活させられると、いうの……?」
「死亡直後であれば、はい」
聞き間違いでは、なかった。体に震えが走る。それが恐れによるものか、驚きによるものか鬼塚にはもはやわからなかった。
「危ういところでした。あと少し遅ければ――」
そんな鬼塚をよそに、光野は頭を振る。
「――あと少し遅ければ、あなたの魂は邪神に汚染されていました」
そうなっていたら、復活させることはできなかった、と。
……鬼塚は、口の中がからからに乾いていくのを感じた。
「どういう、こと」
「肉体より解き放たれた無防備な魂を、この世界を包む邪神は見逃しません。この拠点には神のご加護がありましたので、何とかなりましたが――もう少しあなたが遠くへ逝っていたら、間に合わなかったでしょう」
理解したくない。したくないが、聡明な鬼塚は察してしまう。
「それじゃ……わたしたち、人間は。死んだらもれなく邪神に捕らわれてしまうというの?」
「はい、そのとおりです。エファアシーン・ジウラの加護がない限り」
「……エファアシーン・ジウラの加護がある場合は?」
「それは当然、神の御許へと導かれます。邪神に捕らわれた魂が浄化された場合も、同じです」
光野は明瞭に、真実を告げる。
鬼塚は、目の前が真っ暗になったように感じた。
とてつもない、絶望が――のしかかるようにして、やってくる。
「昔のように、ふつうに死ぬことは……できない、の?」
「ふつうに死ぬ、というのがどういう意味か、よくわからないのですが……」
鬼塚の問いに、光野は初めて困惑したように表情を崩した。
「邪神の呪いが降りかかる前に、この世界で亡くなった方の魂がどこへ行っていたのか。それは私にもわかりません。ですがあなたの言う『ふつうの死』がそのことを指すならば――今となっては、不可能です」
そうして、断じる。
「邪神も。そしてエファアシーン・ジウラも。今はこの世界を見ておられるが故に」
鬼塚は、悟った。
もはや、この世界には。
人間には――二通りのゾンビになる末路しか、残されていないのだ……
「…………うぅ」
ぐったりと脱力した鬼塚の両目から、はらはらと涙がこぼれ落ちる。
「うう……うぅぅぅ……」
なぜ泣いているのか、自分でもわからなかった。心はとっくに、麻痺してしまったかのように、何も感じないのに。
「ううー。……うぅぅー……」
壊れた人形のように、ただただ涙を流し続ける鬼塚。底知れぬ絶望。そして嘆き。それでも彼女は、人間だった。ああ、ただひとり、残された人間なのだ――
光野は、そんな彼女に光り輝く手を差し伸べようとして――しばし迷い、やめた。
代わりに、ただ見守った。
憐れむように。
慈しむように。
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