第13話


 鶏小屋は公園の裏手、中洲の一番隅の部分にある。鶏たちが騒いでも周囲は流水に囲まれており、不死者たちが近づきづらい位置だ。


「最初、鶏は三十羽ほど飼っていたんですが、今は二十羽まで減りました。原因不明の衰弱で十羽ほどやられてましてな……今考えると、あれも邪神の呪いだったんでしょうが」


「その可能性は高いですね」


 コケッ、コケッという特有の鳴き声が聞こえてくる。佐山の説明どおり、二十羽の鶏が金網の柵の中で思い思いにすごしているが、どれもあまり元気がない。


「ふむ……邪気がありますね。アウル・エファアシーン・ジウラ!」


 またぞろ光野が錫杖ルイトールを立て、バールのようなものを振り回す。虹色の光を浴びた鶏たちは、先ほどまでの弱った様子が嘘のように、元気に駆け回り始めた。


「邪神の呪いに生命力を奪われていたようです。これで調子を取り戻し、また卵を産んでくれるようになるでしょう」


「ありがたい! アウル・エファアシーン・ジウラ!」


 感謝の祈りを捧げる佐山を尻目に、小牧はふと、大規模感染パンデミック当初からの疑問を思い出して、光野に尋ねてみた。


「そういえば、光野さん。動物とか虫とかは、なんで不死者にならないの?」


「おそらく、つまらないからでしょう」


「……つまらない?」


「邪神は知的な存在が悩み、苦しみながら、理性を失っていく様を見て楽しんでいる節があります。もしくはその過程を経ることで邪悪な力を得ているのか――いずれにせよ、一定以下の知能の持ち主は眷属にしないようです。他に何らかの制約があり、やろうと思ってもできないのかもしれませんが……はっきりとはわかりません」


 そもそも邪神の思考は理解不能なのです、と頭を振る光野。


「なるほどぉ。でもまあ、どっちにしても現状の方がマシかなー」


「違いないわい」


 ただでさえ害虫にはうんざりしているのだろう、佐山が重々しく頷く。仮に虫が不死の怪物になって押し寄せてきたらどうしようもない。まだ『奴ら』の方が対処可能なレベルだ。


「……さて、光野さん。他になにかご覧になりたいものは」


 拠点はぐるりと回ったし、畑と鶏小屋も視察した。塔を建てる土地も目星はつけてある。他になにか要望は? と尋ねる佐山。


「いえ、視察に関してはもう充分です、ありがとうございます。……ただ、気になることが」


「なんでしょうか」


「子供たちについてです」


 光野が老人ホームの方を見る。今ぐらいの時間帯は、ボードゲームで静かに遊んでいるのではないだろうか。


「子供らがどうかしましたか?」


「私見ですが、少々栄養状態が良くないかと。鶏が卵を産むのを待ってもいいですが、もっとお肉を食べさせてあげたいと思うのです」


 タンパク質が足りません、鶏たちを示しながら光野はそう言った。何も知らないめんどりがコッコッコと鳴きながら近づいてくる。


「それは――〆るということでしょうか?」


 せっかく元気を取り戻したのに? と佐山は面食らったようだ。


「ああ、いえ、もちろん殺しはしません。お肉をわけてもらうのです」


「肉を、わける?」


 佐山がオウム返しにするが、小牧はすぐに察した。


「あっ、もしかして。鶏さんからお肉を取って、治しちゃうみたいな?」


「ご明察です」


 にっこりと笑った光野は、「実践してみましょう」と言って袖をまくった。




「てれれって、てってって♪ てれれって、てってって~♪ 光野三分クッキング~」


「小牧さんノリノリですね。とはいえ今は料理はしません、お肉をわけて頂くだけですから」


 謎な歌を口ずさみ始めた小牧に、光野が苦笑する。


「さてさて。では簡単にやり方を。まず、適当な鶏を選びます」


 しかしどことなく料理番組風な説明口調でしゃがみ込み、足元の鶏を撫でる光野。


「ほら、いい子だ……」


 手から柔らかな光を放ち、鶏の頭を優しくくすぐる。とろん、とした目つきになった鶏が、声も上げずにその場で丸まってしまった。


「はい。このように癒やしの光を当て、眠ってもらいます」


「へえ。光野さん、バールがなくても光を出せるんですね」


「この程度ならセイバーを介する必要もありませんので」


「セイバー?」


「聖なるバールの略です。かっこいいでしょう?」


「あ、ああ。……なるほど?」


「次にお肉をもらう場所の選定です。ここは無難にもも肉にしましょう」


 左手で癒やしの光を放ちながら、右手で鶏をひっくり返し、足のあたりに青色の光を放つ。


「念のため、こうして殺菌しておきます」


「ほほう。そんなこともできるんですなぁ……」


「はい。えーと、お二人とも、ナイフか包丁なんてお持ちじゃないですか」


 ここで、光野が少し困り顔をする。見切り発車感が否めない。


「残念ながら、ワシは何も……」


「わたしも持ってない……。ナイフくらい持ち歩いた方がいいのかな~」


「そうですか。なら仕方がないですね」


「ワシがひとっ走り取ってきましょう」


「ああいえ、その必要はありません。やりようはあるのです」


 老人ホームの方へ走っていこうとする佐山を、光野が呼び止める。


「では失礼して……ァッ!」


 突然、くわっとした表情で叫ぶ光野に、小牧、佐山、眠っていない鶏たちが飛び上がる。


 光野の指先から、ジャッ! と空気の灼ける音を立てて光が伸びた。それはまるで爪のように、十センチほどの長さで止まる。某SF映画の宇宙騎士が操る光の剣のようだ。


「驚かせてすみません、私はこの手の光術こうじゅつが苦手でして。気合を入れないと使えないのです」


「こ、こうじゅつ……ですか」


「光の術、と書いて『光術』です。前世の言葉では『ユーア・リィア』と呼びますが、それを日本語に直訳しました。神の光をより発展的に応用する技術のことです」


 光野が指先に灯した光は、見た目通り、物体を切断する刃なのだという。


「はい、では刃物が用意できたところで、いよいよお肉をわけてもらいます」


 周囲の騒ぎもなんのその、鶏は心地よさそうに眠ったままだ。


「そのまま切り取るのが一番簡単ですが、必要なのは可食部だけですし、再生する際の負担を考えて、皮や骨は残す感じでいきたいと思います」


「ほうほう……」


 佐山も小牧も興味津々だ。


 足の関節の位置を確かめた光野が、手慣れた様子で光の爪を刺し込んでいく。


「まずももを切り取ります。皮は極力つなげておく形で」


 ももの付け根を切断、サッサッと手際よく切れ目を入れていく。解剖実験のようでもあったが、手早さと正確性が尋常ではない。少しばかりの出血があっても癒やしの光で即座に治癒。傷が再生しきる前に、もも肉を骨ごと取り外す。


「で、骨ともも肉を分離して……あ、これ、ちょっとだけ持っておいてください」


「え? あ、はい」


 小牧が困惑しながらも、採れたてホヤホヤのもも肉を指先でつまんで保持する。体温が残った肉に触れるのは初めてだったが――ちょっと気味が悪い。


「その間に手早く再生してしまいましょう。止血していた血管を開き、骨の位置を整えます。そして――アウル・エファアシーン・ジウラ」


 かたわらに立てていた錫杖ルイトールが共鳴し、光野が虹色の光を放つ。メチメチと生々しい音を立てて、鶏の足の筋肉が再生していき、残されていた骨を包み、皮が癒着していく。


 数十秒としないうちに、鶏は傷一つない状態に戻っていた。


「はい、これで終わりです。最後に頂いたお肉を血抜きしましょう。あ、小牧さんの手も消毒しておきますね」


「あ、ありがとうございます……」


 青い光が小牧の手を包む。一瞬で、指先の血も脂もきれいに浄化されていた。


「では失礼して……イェェェアッ!」


 もも肉を片手に再び奇声を発する光野。ヴァンッ! と独特な音を立て、手のひらサイズの光の膜のようなものが発生する。光野がそこにもも肉を突っ込むと、フィルターのように血液だけがこし取られ、ぷるんっと肉が出てきた。


「はい、これで終了です。そろそろこの子も目を覚ましますね」


 光野が微笑むのと同時、足元の鶏が目を覚まし、「あら? なにがあったのかしら」と言わんばかりに、不思議がりながら歩き出す。


「これは……本当にたまげましたな……」


「なんかもう、凄すぎて何も言えないや」


 驚くやら呆れるやら感心するやら。二の句が継げないとはこのことか。


「あの子も元気そうに見えますが……こんなことをしても、平気なのでしょうか?」


 何事もなかったかのように平然と餌をついばむ鶏。佐山が未だ信じられないものを見たような顔で尋ねる。


「負担という意味では、少しあります。餌を多めに食べる必要がありますね。ただそれ以外に悪影響はありません。癒やしの光を浴びたので、他の個体よりもむしろ健康でしょう」


「むしろ健康……」


「光野さんの前世では、これって普通のことだったの?」


 絶句する佐山をよそに、つんつん、と光野の手のもも肉をつつきながら小牧。


「そうですね、我々の世界にも畜産――というか、獣の肉を食べる文化はありましたが、基本的にお肉とはこうやって『わけて』もらうものでした。地球に生まれ変わって、この世界では家畜たちが命を落としていると知ったときは、衝撃を受けたものです……」


 胸に手を当てて瞑目する光野。家畜たちの冥福を祈っているのだろう。


「光野さんの前世にも食肉文化ってあったんだ」


「それは、ありますよ。食事は大切ですからね」


「でも、光野さんは飲食の必要がないって言ってたような……」


 もしかして遠慮しているだけだった……? と小牧が疑いの目を向けると、やや気まずそうに視線をそらした光野は、


「いえ……それなりに信仰を深めれば、生命の維持に食事や呼吸は不要です。ただ、前世でも娯楽という側面がありましたし、成長期の子供や肉体を欠損した戦士、妊婦なども普通に食事を摂っていましたよ。無から有を生み出すより、有から有に転じた方が楽ですからね」


「え、無から有は生み出せるんですか」


「はい。エファアシーン・ジウラは偉大ですので」



 やっぱり神はすごい、という結論に至った。

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