第21話
一方その頃、川中島老人ホーム。
「逃げて! 子供たちを避難させて――ッ!」
橋の中ほどのバリケードで浄化の光を放ちながら、背後に向かって叫ぶ小牧。
眼前には不死者の群れ。
バリケードの壁に爪を立て、かじりつき、拠点の内側に押し入ろうとしている。
「アウル・エファアシーン・ジウラァ――ッ!」
渾身の力を込め、全力で祈る。小牧の手から溢れた清浄なる光が、不死者たちに降り注ぐ。
おおおお、と絶叫した不死者たちが灰に還っていった。
が、その灰を踏み越えて次なる不死者たちが突撃し、あっという間に穴を埋めてしまう。
「はぁっ、はぁっ……キリがない……」
額の汗を拭いながら、橋の向こうを見やった小牧は、あまりの途方もなさに、その場で膝をつきそうになった。
ぎっしりと、橋から川辺の街まで埋め尽くす――不死者の群れ。
千や二千はくだらない。橋から溢れて、川にこぼれ落ちんばかりの凄まじい数。
始まりは、唐突だった。
光神ごっこの最中、中庭で祈っていた酒寄が悲鳴を上げたのだ。
「みっちー! どうしたの!」
狂気すら滲ませる絶叫に、ただ事ではないと遊びを中断して小牧が駆け寄ると、酒寄は全身から冷や汗を噴き出してガタガタと震えていた。
「こっ、声が……!!」
「神の声が聞こえたの?!」
「ちっ、違うの!! エファアシーン・ジウラじゃない、別の声が……!」
別の、声? いったいなにが聞こえたというのか――
「あがっ、ああッ!?」
と、白目を剥いた酒寄が、髪を振り乱して痙攣し始める。
「なんてこと……! 神よ……!」
とっさに、酒寄の頭に癒やしの光を当てると、苦しみが和らいだようだ。失神しかけていた酒寄はどうにか意識を取り戻した。
「どうしたの。なにが聞こえたの?」
「わからない……なにか、とても恐ろしい声だった。エファアシーン・ジウラとは似ても似つかないような、残忍で、冷酷な声が……」
残忍で、冷酷。頭に響く声――まさか、という想いが小牧を襲う。
「で、でも、今は、神の声が聞こえる。なにか……警告を、発している? うっ」
再び、頭痛をこらえるように頭を押さえる酒寄。
「レナ……なにか……恐ろしいことが、起ころうとしてる……! 来る……こっちに、何かが来る……ッ」
酒寄は声を絞り出すようにそれだけを告げて、とうとうそのまま気を失ってしまった。祈りの限界、精神力を使い果たした状態のようで、癒やしの光を当てても回復しない。
いずれにせよ、備える必要がある。このコミュニティ内で最も『神懸かり』な酒寄が警告を発したのだ。このまま何も起きないということはあるまい。
小牧の行動は早かった。
「誰か! みっちーを運んであげて! ウメばーちゃん! 聞こえるーッ!?」
「はぁーい! 小牧ちゃーん、どうしたのーぉ!?」
屋上からウメ婆さんが顔を出す。
「ベル鳴らして! みんなを集合させて! 緊急事態!!」
「はいよ~~!」
そうして、畑仕事や炊事洗濯をしていた皆を呼び戻し、武装などの確認をしていたところでさらなる異変が起きた。
そして、どこからか地鳴り。周囲の様子を見ようと階段を駆け登り、屋上に出た小牧が目にしたのは――橋向こうからこちらに殺到する、不死者の群れだった。
「小牧ちゃん! ここはもうダメだ、下がろう!」
バリケードを登ってこようとする不死者を、聖別した鎌で切り払いながら、佐山が叫ぶ。
「でも、下がるって言っても!」
このバリケードが破られれば、あとは拠点まで一直線だ。
「祈りの塔の結界がある! あそこで態勢を立て直せば……!」
「この数ですよ!? 耐えられるかどうか――」
それ以上話す前に、大気が震えた。
オオオオオ、と不死者たちが絶叫する。
一斉に苦しみ始めたかのように。まるで魂がすり潰されていくかのような慟哭。濁った瞳を更に白く濁らせながら、不死者たちがバリケードに群がり始める。
それは己の身を弾丸として叩きつけるような、狂気じみた突進だった。見えない何かに追い立てられるかのように。そしてそれから逃れようとするかのように――
肉が潰れ、骨が砕けてもなお、手足でバリケードを滅多打ちにする。ガンッドンッと轟音が鳴り響き、鉄板がひしゃげていく――
「ダメだ! もうもたない!」
早々に弾切れになった猟銃を握ったまま、若者の一人が悲鳴を上げる。
「……下がろう! アウル・エファアシーン・ジウラ!」
最後にもう一度、渾身の祈りをぶつけてから、小牧たちは引き下がった。
まさにその瞬間、バリケードが決壊し、不死者たちが怒涛の波となって迫る。
「急いで!」
橋を抜け、中洲に踏み込む。
不死者たちもそれに続こうとしたが、突如として可視化した、半透明の光の膜に阻まれた。
「ヴォオオオオオ!」
「アアアアアァァ!」
絶叫を上げた先頭の不死者たちが、一瞬で灰に還った。後ろから止めどなく溢れてくる後続も次々に光に灼かれていく。
拠点中央、祈りの塔が光り輝きながら、かつてない重低音とともに震えていた。
「た、助かった……」
「とりあえず一息つけた、って感じね。まだ安心はできそうにないけど」
腰を抜かす若者の横で、小牧は全く油断していなかった。いや、むしろ――これがいつまでもつのか。それだけを考えていた。
神の力は無限大だが、この世にもたらされる奇跡は有限だ。特に時間あたりに引き起こせる奇跡には限界がある。光野の渾身の作とも言える
「お姉ちゃん……」
「あっ! なんでこっちまで来ちゃったの! 戻って!」
小牧が厳しい顔で不死者たちを睨んでいると、後ろから子供たちがやってきた。
「ぼっ、ぼくたちも手伝うよ!」
「お祈り、がんばったもん!」
エファアシーン・ジウラの光を灯しながら、勇気を振り絞る子供たち。だが絶叫とともに灰に還っていく不死者たちを前に、気の毒なほどその小さな体は震えていた。
「みんな……」
困り顔で、しかしそれをすぐに笑顔に塗り替えて、小牧は子供たちを抱きしめた。
「大丈夫だから。ここはお姉ちゃんたちに任せて、みんなは下がってて」
「いやだよ! そんなこと言って!」
「またお姉ちゃんが死んじゃったらいやだもん!」
「もうあんなことはいやだから、ぼくたち頑張ったんだよ!」
子供たちの必死さは、小牧だけではなく、周囲の大人たちの胸をも打った。
「……ありがとう、みんな。でもね」
小牧は心の底から感謝しつつも、真剣な顔で、子供たちと向き合う。
「みんながここにいると、お姉ちゃんたち、祈りに集中できないの。心配だから」
言外に、足手まといだと言われた子供たちが、傷ついたような顔をする。
「でもね、みんなにしかできないこともあるの。見て、あの祈りの塔」
背後、全力を振り絞るように光を放つ塔を、小牧は示す。
「光野さんが建てた塔が、ああやって頑張ってくれてるでしょ? だからみんなには神殿で、エファアシーン・ジウラに祈ってほしいの。塔が少しでも長くもってくれますように、って。お姉ちゃんたちは、ここにいる不死者を相手にするので精一杯だから――それはみんなにしかできないことなの」
嘘でも、ごまかしでもなかった。祈りの塔はリソースを消耗しつつある。直接的な戦闘力の低い子供たちがそれを補ってくれれば、小牧たちはより長く戦えるのだ。
「それに、こんなことが起きてるんだもの。すぐに街から、光野さんと一ノ瀬たちが戻ってきてくれるよ。それまでの辛抱だから――みんなに、お願いしていい?」
「…………わかった」
「ありがとう。塔のために祈ってあげて。急いでね!」
最後に全員を一度ずつ抱きしめてから、小牧は子供たちを送り出した。
「……うまく言ったなぁ」
「本心ですよ」
感心したような佐山に、短く答える小牧。
子供たちの後ろ姿から視線を引き剥がして、不死者たちに向き直る。
腰のナイフを抜く。
今度は忘れてこなかった。頑張って、自力で聖別した刃。
「少しでも、減らしときましょ。結界越しでも私たちの攻撃は届くはずだから」
「うむ」
佐山も、鎌を構え直す。
そして、長い長い防戦が始まった。
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